続・千夜一夜 その234まで

プラットホーム  続・千夜一夜 その234

淋しい静けさはホンモノの静寂だった。物音さえしない時間と空間に自分が置かれている圧迫感がしんしんと漂う。昔に出会った静寂は偽物だったのかもしれない。ざわめく人の声と雑音に埋もれて自分だけが孤立してゆく時空のなかで深い深い穴のなかへと閉じ込められるような圧迫感と淋しさ。相互に解け合うことのできない苛立った感情が衝突している。それでも頭のなかは無音で、わたしはひとりで、目の前にいたあの人もひとりぼっちだったのだ。
プラットホーム。
それは別れの舞台には月並みなものでしかなく、ありふれたドラマのエンディングのように人の動きは冷たくスローモーションで、ガラス瓶が砕け散るようにばらばらになってゆくのだった。あの人とわたしは見つめ合い手を取り合い、心を揺すりあいながら別れを惜しむように風景のなかへと溶けていった。もう逢わないつもりでいるのだと固く決心しているあの人と、その人を無理矢理でも連れ去りたいと企む悪党のようなわたしがそのシーンのなかで無言の対決をしていたのだった。


偶然の記憶  続・千夜一夜 その233
半時間ほど前にケータイにメールが届きその人が上り特急で都会へ行くのでたぶん海の方に向かってくる私とどこかのの駅で行き違うだろうと知らせてきていた。7時ちょうどにその人の特急は町を出ている。それが今さっき私が見送った特急だったのだろう。走り去る列車の窓にその人の姿を探そうと密かに心に決めていたしその人もメールの雰囲気で私を見つけてと伝えるような書き方をしている。でも、私はその人は私のことなどもうこの駅を過ぎるころには忘れていることなど簡単にわかった。だからその人の姿を見つけたとしても無駄なことも知っていた。
私は昔のある光景を思い出していた。偶然のことで知り合いになってちょっとした仲になった女性が一人いた。その人との出会いは、すれ違う列車の中で目があって知り合いになり何度も繰り返すうちに頭の片隅に記憶に残りそれがあるときに街で出会い話をする機会になったという、ドラマのようなものだった。私たち何か赤い糸のようなもので結ばれていたのだわ、といつも口癖のように言い合いお互いに頷き合って楽しい日々を過ごした。しかしその人とは、その暮らしぶりを風の便りとして何度か聞き、手応えのない手掛かりにそっと声を投げ掛けてみるチャンスがあっただけで、生存の感触があっても音信がなかった。それ以上は人として押してはいけないというところまで来て途絶えている。
停車駅で列車の出発を待つ間、子どもたちの歓声をぼんやりと聞いていると、不思議なほどに忘れているその昔のほかにもあった対話が蘇ってきた。淋しい静けさが私の記憶を掘り起こすのだろう。
2014年11月10日(月曜日)


ぬけがら  続・千夜一夜 その232
ディーゼルカーのブレーキの音が頭の奥まで突き刺さるのを怖れて両手で耳をおおっていた子どもたちが、止まった列車を見届けてから万歳をするように両手を挙げて再び遊び始めた。子どもたちは色とりどりの服を着て駅のホームから駅前の広場を使い尽くして駆けずり回っている。ホームには柵もなければ警報機もない。古ぼけた昔からの駅舎が残っているもののもう20年も30年も前から無人化されてしまったのだろう抜け殻のような建物が、ここは列車が止まる駅なのだ、と主張するように居座っている。栄えたころはさぞかし威風堂々としていてモダンな建物であったのだろう。
列車が駅に止まっても乗る人も降りる人もなく、車内放送もされない静かな時間に、子どもたちのはしゃぐ声を聞いてぼんやりとしていると、駅構内の上りホームを特急列車が警笛を鳴らしながら通り抜けていった。
2014年11月 2日(日曜日)


海のくにへ  続・千夜一夜 その231
車窓が里山の雑木林の中から、トンネルを抜けて緩やかな下りのカーブを走り終えたときに、海景色に変わった。隣の客席の少し年老いた夫婦らしき二人が歓声をあげながら大急ぎで鞄のカメラを出している。列車は小さな入江をゆっくりと回り込むように走ってゆく。ディーゼルカーのゴーという音も断続的にやんで、真っ青な海のほとりに民家が見え始めると線路は束の間だけまっすぐになって、赤茶けたコンクリートのホームにゆっくりと止まる。そのスローに息が途絶えるような一時的な静けさが入り江のまわりにそっと佇む集落の美しさを一段と引き立てている。
2014年10月31日 (金曜日)


夏になる  続・千夜一夜 その230
三篇を書いて置いたままにしている。それには理由があってないようなものだ。わかりやすく考えればわたしはもう恋文などを書く必要が失くなったのであり書く気力がなくなったともいえようし書いても無意味になってしまったわけだ。しかし、人の心などそう簡単に変えることなどできるわけもないから、あの人のあらゆるところを嫌いだと感じようが、野に咲く花のように忘れたころに姿を見せてくれると何もかも忘れてぼんやりと見つめる。
2014年5月28日 (水曜日)


冬から春へ  続・千夜一夜 その229
いや、気力も情熱もなくなったなんて悲しすぎる日記だね。あの秋はそんな哀愁に包まれ、もう会えないかもしれないとまで思ったのだろう。もう一度、高台の深い森のなかの木立の間から海が見下ろせるベンチで、あの人と向かい合わせに座りヤマモモのジュースを飲みながら、交わす言葉が浮かばなくとも風に吹かれてみたい。そう!今度は薄目を開けてじっと見つめておくことにする。照れてばかりでじっと見ることすらできなかったあの日。
2014年3月14日 (金曜日)


秋のはじまりに 続・千夜一夜 その228
私にはもうあの人を追いかける勇気も気力も情熱もなくなったのだと、あのときは確かに思った。そう。あのときがいつの季節であったかさえも忘れているのに、今、秋の風が吹いて、あららっと思ったのは気のせいではないのだ。心を空っぽにしてしまい、恋もできなくなった私に、もう一度好きになろうと誰かが何処かで囁いたのだ。もはや春も夏も忘れていても、今から新しい秋を旅をはじめよう。端末がお知らせのチャイムを鳴らすから。
2013年9月 8日 (日曜日)


さがしもの 続・千夜一夜 その227
ああ、あのときふらりふらりとさまよいこんだ夢のなかのようなところに戻ってきた錯覚に今でもときどき襲われることがある。すぐにそれが幻想的なイメージだと気付くのだが、そのやり切れない余韻の波に少し浸っていたい気持ちも出てくる。追いかけても一向に追いつかないし、探しまわっても貴方は見つからない。確か以前にもここで貴方を見つけたのだから、こんどもきっとこのあたりにいそうだと思いながら探すのだが届かないのだ。
2013年6月 5日 (水曜日)


ざわめき (千夜一夜・その226)
鳥が鳴きやんで、ざわめく森が息をひそめようとしたとき、貴方の影が私に近づいてくるような予感がした。やがてそれが、気配に変わって、激しい息づかいになり、ときめきが私に襲い掛かる。抱きしめたい。その衝動が言葉になったか、それとも風を震わせながら伝わったのか。突きとめることもできないままに、夢の中で見る夢の幻を私は掴もうとしたのかもしれない。強く抱きしめて離さない。更に私には激しい情熱が沸き起こった。
2013年5月 9日 (木曜日)


回想 (千夜一夜・その225)
あの人は小さな峠になった切通しの向こうにある入り江に囲まれた数軒しか家のない小さな集落に住んでいた。わたしはただそれだけで、それは内緒の話だけれど、その人を好きになってしまった。沖には鯛の養殖筏が点々とあって、その間を漁船がときどき行き交うのが見えるどこにでもあるような漁村がその人の住まいだった。一本道を行き止まりまで突き当たってしまってオロオロしていると、どこかからか彼女が現れて小さく手を振ってくれた。
2013年5月 2日 (木曜日)


溜息 (千夜一夜・その224)
いったいどれほどの時間が過ぎればあの人のことを忘れることができるのだろうか。どれだけ哀しく思い出しても、また切なく苦しく恨らやんでも、その涙の量を秤で測って、はいはい一杯になりましたからお待ちどおさまでしたというような、笑話でも済ませてくれない。どこまでもいつまでも、気持ちに逆らって記憶の中にいるのは嬉しいけれど、叶わぬ想いが憎くなることもある。ああ、私とは全く別世界の人だったのだ、と溜息をつく。
2013年4月 4日 (木曜日)


潔く (千夜一夜・その223)
これまでに何度も同じようなことや情景を書いてきたが、そろそろ終楽章を書かねばならないと思う。私には未練があった。しかし、それは決して美しいものではなく、叶うことのない儚く無残で、淫らに乱れたものであったかもしれない。私たちは清くて美しかったよと、かつてどこかで讃えあった、あの偽りのドラマを演じたのとはまったく違う。だから、潔く切り上げて、私はキョトンとしていたいのだろう。あの人を訪ねたいと思った。
2013年2月 6日 (水曜日)


苦しさ (千夜一夜・その222)
散る花と国の峠でわかれたり。この句を思いたったのは、人生で一番切実にその人を想い心を焦がしていたときではないだろうか。片思いがこれほどまでに焦れったく儚く哀しいものだとは後になって感じるのだが、このときは、あの人のところへと続く峠に佇んで集落を見下ろしては、溢れ上がる想いを噛み殺していた。あの人は私の気持ちを知っていながら、固くその扉を閉じている。それが私にはよくわかった。好きだと言えない苦しさ。
2013年2月 5日 (火曜日)


貴方はいない (千夜一夜・その221)
昔々に出会った小さな子が話してくれた海のロマンの物語を思い出している。白く眩しい光が世界で一番大きな海を横切ってその子の部屋の中に横一直線に差し込む。ウチの窓の下には高い高い断崖があってその下に大きな海があってお日様はウチにまっすぐ差してくる。確かそんなふうに話してくれた。時間が過ぎ行き再び原風景に還ってきた。銀色の衣の様に輝く海原に天使の羽衣のようなしなやかさで波が揺れて流ている。貴方はいない。
2013年1月28日 (月曜日)


侘助 (千夜一夜・その220)
初めて貴方と歩いた石畳の坂道をお別れする日にもう一度だけ歩きたいと思いました。でもそれは我儘だとわかっていながら、貴方に手紙を書き綴ったのでした。そう、ひと冬に幾度も雪の降り積もることのないその坂道で侘助が凍える様に私たちを見つめている。そこでもう一回貴方に一言を伝えようと思ったのです。しかし侘助は、振り返る直前にポタリと雪の上に落ちた。ほんのまばたきほどの時間差で二つの想いがすれ違ったのでした。
2013年1月25日 (金曜日)


突然に (千夜一夜・その219)
この恋文の200字ノートは「千夜一夜」ではなく「200夜」にすればあっさりと終われたろうにどうしてアラビアンナイトのように千夜一夜も私は書こうとしたのだろうか。しかしその理由は明らかすぎる。千日以上になってもさらに幾らでもあの人に恋文を綴り続ける確信が私にはあったから。そしてさらにドラマとして綴り続ける予感もあった。物語が突然終わりしかも悲劇的なほどドラマは面白いのだと嘗て自分で話したようになってゆく。
2013年1月11日 (金曜日)


坂道  (千夜一夜・その218)
何度ももう嫌いになったと思い込もうとしたのだけれど、ふとしたことでその人を思い出すと締め付けられるような胸の痛みを感じるのだった。遮断機が鳴って、その向こうにあの人に似た姿を見つけたとき、はっとして、見つめようとすると特急列車が私を遮る。立ち止まって踏切のこちら側でその人を待つこともできず、後ろを振り返ることも我慢をして私は坂道を上ってゆく。朝日が白くさわやかな輝きで10階建てのビルを照らしているのに。
2012年12月15日 (土曜日)


恋文  (千夜一夜・その217)
恋文を幾ら綴り続けてもあの人は読んでもくれないことを知っていた。それでも、気持ちを投げつけるモノが欲しくて、ペンを持てば湧き上がる感情を断片的に書き残してみたりした。届いたとしてもそこで終わり、その先に道筋などなかったのに、その行き止まりまで来て私はそこが行き止まりなのだと確認している。歯痒かった。でも、それで良かったのだ。あの人は私の綴る恋文の波動とは全く違った羽ばたきをしている人なのだから。
2012年10月22日 (月曜日)


満月  (千夜一夜・その216)
月は十五夜で満月になり同じ時間をかけて新月に戻ってゆく。新しい月が始まる、などといつの時代の人がどういう手がかりで考え出したのだろう。今の時代をゆく私にとってこの呼吸を忘れまいとする気持ちが襲ってくるときがある。それはあの人を思い出しあの人の面影に再会しようとするときだ。お呪いやお祈りを頼りにするわけでもないのだが、満月が空に浮かぶと高ぶりは頂点に達する。深呼吸をする。▼満月をまっている呼吸の谷間
2012年9月23日 (日曜日)


さざなみ (千夜一夜・その215)
かつて、ベートーベンの月光を聴いては悲しみに耽った夜があった。しかしやがて、それもすべて忘れてしまう日が来るのだろう。幻のような出来事だったとか天使のような人だったと私は振り返るのだろうか。魔術にかかっていたのだとすれば思い出しもしないのかもしれない。そう、物語は入江の見渡せる小高い丘に続く石畳の坂道で始まったのだった。森の中に迷い込み、夕日に赤く染まる海を見下ろし、裸足をさざなみで漱いだひととき。
2012年8月14日 (火曜日)


白い街 (千夜一夜・その214)
あの人はかつて私が描こうとした物語の倫子と銀子を思い出せた。銀子はプチハネ茶髪のショートカット。倫子は真っ黒で長く肩まであるサラサラ の髪だった。私は現実では倫子や銀子のような人には出会っていない。だが、倫子のモデルにしたいと考えた人はあった。そして、銀子にもそんな人がいたものの、もっと知ろうとすればするほど銀子から遠ざかってしまい私の空想はバラバラになっていってしまった。▼酔いどれてあなたを想う白い街
2012年7月18日 (水曜日)


出口へ (千夜一夜・その213)
もう、私の物語は出口を失っている。書きかけてそのままに放置したメモが散らかって、取り返しがつかなくなっている。もう一度拾い上げて、あのとき、私が何を感じてその言葉を書き残したのかを考えて、できることならその場にいたあらゆる人の情景も手繰り寄せて、ふたたびじっと見つめて、あのときのように激しく想いをぶつけたいと願ってみる。しかしながら、そこには出口などなく、出口への道のりもさえも見あたらないのだった
2012年7月11日 (水曜日)


海が嫌い (千夜一夜・その212)
冷たい風の吹いたある朝にもう冬など懲り懲りだと弱音を吐きつつ坂道を黙々と登る。鉛色の空から冷たい物が落ちてくるのに気づく。▼初雪と思わせぶりの霙かな-何を見てもあなたのことを思い浮かべてしまう自分から早く抜け出して、私は私の新しいブルースを作ろうと決めているのに、落ちてすぐに舗装道路で儚く融けてゆく霙を見つめながら、またしても雪国生まれの人のことを思い出す。あの子はあなたと違って海は嫌いが口癖だった。
2012年6月26日 (火曜日)


対岸 (千夜一夜・その211)
私は臆病でありながら無鉄砲なこともしました。声が聞きたい衝動であの人の入り江が見える対岸を幾度も訪ねたこともあります。同じ町から突然電話をしたことが一度だけあったし手紙を出したこともあった。よせばいいのに衝動的にそんなことをして返事がなかったことを当然だと自分に言い聞かせて、自分の愚かな部分を責め続けていたのかもしれない。でも、あの人は優しい人だったのです。どんなときでも一瞬に見せる笑顔が大好きでした。
2012年6月 1日 (金曜日)


ひととき (千夜一夜・その210)
200文字の手紙を毎夜書きました。その手紙にはいつも同じことばかりを書きました。しかしこの手紙は届かない手紙です。告げられない苦しさを書く夜はいつも静かな夜で、丸い月を見あげてはその人を思い出し、月のない夜にはまぶたに精一杯笑顔を蘇らせました。花屋の店先に季節の花が並ぶのを見ては、生け終わった花台の花をいつも静かにじっと眺めているあの人の姿を思いました。柱の陰から見ているだけだったひとときが過ぎ去る。
2012年6月 1日 (金曜日)


千回の恋文 (千夜一夜・その209)
叶わなくとも千回の恋文を書き続けよう。果てることなく書き続けてゆこう。私は、そんな風に心に決めて想い続けることにしました。何の疑いも迷いも持たずにこの決心ができたのは、その人を好きになってはいけなかったからです。それゆえにこの恋が叶わぬともあの人をこっそりと見続けることの空しさを痛く感じることがあってもそれは私の覚悟のうえでした。向こう岸にいるあの人をこちらから静かに見ているだけの幸せと苦しみ。
2012年5月23日 (水曜日)


叶える (千夜一夜・その208)
もしや時間は止まってくれるかもしれない。あの人は立ち止まって別れの言葉をひとことでもくれるかもしれない。そんな甘ったれた幻想をいつまでも棄てられずにエンドレスの悲しみに沈んでゆくところが私の最も私らしい姿でした。ほんとうは独り占めしてしまいたいと切実だった。だけどそんなことはできるわけがない。そもそもこのときの願いは、ハナから叶うものではなく、願いを抱くことで自分のなかの何かを癒していたのでした。
2012年5月23日 (水曜日)


時間をとめる (千夜一夜・その207)
闇を一手に吸い込むように目の前に広がる静かな海原を部屋の窓から見下ろしている。そこには時間の動く気配などはなく、生き物が呼吸をする音さえもない。 風にも依らないエネルギーが生み出す大きな息づかいのなかにあって、太陽がそそいでくれる瞬きの揺らぎにも満たないほどの僅かな波が小さな筏を揺らし続けている。私の心は揺れていた。あの日、大好きだと言ってしまった私が嫌いだった。時間を止めるためにも無言がよかった。
2012年4月30日 (月曜日)


消滅する直前の炎 (千夜一夜・その206)
貴方のメールはいつも気まぐれでペンを持って言葉が浮かばないままインクが乾いてしまうほどに考えて考えて手紙を書いた私とは違って言葉をテニスボールやバトミントンの羽根のように打ち出してメールにしているみたいだっただけに、もうラケットは片付けましたとばかりに音沙汰もないときが幾らでも平気で続いたりご機嫌のときは道端の四葉のクローバほどの感動でさえ便りをくれた。あれは消滅する直前の炎のようなものだったのだろうか
2012年4月29日 (日曜日)


ヤマモモのジュースを (千夜一夜・その205)
丸い月貴方を想う白い夜。だんだんと月が大きくなってゆくのを見あげながら、貴方が出かけて行った旅を考えていた。偶然に貴方は、一人旅にゆく列車の中からメールをくれた。驚くことにそれがちょうど私とすれ違う列車だった。貴方とは凪の入り江に一筋の波跡を描きつつ沖に出てゆく漁船を見ながらヤマモモのジュースを飲んでいたあの日の午後に逢ったのが最後だった。もう会えないだろうという、よからぬ不安が脳裏から離れない。
2012年4月29日 (日曜日)


消えてゆく (千夜一夜・その204)
夢は、諦めることはあっても棄てないで心の片隅をいつまでも痺れさせていて欲しい。私はそう願い続けて、あの人のことを想い続けた。想いながらたびたび、もう一度、山霧の晴れゆく谷間に差し込む朝日を二人で見ることができるだろうかと考えることがあった。幻を追いかけて夢をみることができるのだろうか。幻とわかっていながら夢を追えるのだろうか。やがてあの人は私の手の届かないところに消えて行ってしまう日が必ず来るのに。
2012年4月24日 (火曜日)


ささやく (千夜一夜・その203)
シェヘラザードが千夜一夜にわたって物語を囁いたように私もあの人に手紙を届けようと考えた。それは投函しない手紙で、あの人を想い続ける夜を忘れずに心にとどめておく大切な記憶だと私は思っていた。届かない手紙は千夜を超えて綴りゆけるような気がした。永遠に止まることのない振り子時計のように刻々と ペン走らせあの人をまぶたに蘇らせるのだ。夢がいつか破れることはわかっていても、その夢は棄てないで胸に秘めておく。
2012年4月24日 (火曜日)


無言の (千夜一夜・その202)
あの人はほんとうは見栄っ張りで意地っ張りだったのかもしれない。誰にでも好かれている自分を偽り続けていたのかもしれない。でも私はそんな疑いの想像をすぐにかき消す。窮地に追いやられても、弱みなど見せずにいつまでも美しく舞い続けようとするあの人を見続ける私は涙さえも出さず手を差し伸べることもできずにただ見守った。無言の私に気づいているのかも確かめられず泣かないあの人を遠くから見ていた。あの人が蘇るときを待つ。
2012年4月15日 (日曜日)


泣かない (千夜一夜・その201)
あの人はたやすく泣いたりするような人ではなかった。負けてへこたれそうになっても弱音も吐かない姿が私の印象だった。泣かないでと私は言った。もっとも私の心配などよそにあの人はたやすく泣いたりするような人ではなかった。負けてへこたれそうになっても弱音も吐かない姿をいつも見せた。だからこそ泣かないでと言いたかったのかもしれない。ほんとうは脆く崩れ落ちるような弱さを何処かに持ち合わせているのを知っていたから。
2012年3月20日 (火曜日)


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