アートに生きる

或るとき、わたしは父のことを回想している。
そのメモに書き出されてくる人間の姿は
そのまま子どもに受け継がれたのではないか
とわたしは考える。

即ち、父の遺した人物像はそのまま「わたし伝」にもなり得る。

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(メモ書き写し)

あの人は何かを書き残したいと考えたのではないか。

あの人は、書くことにおいては何も足跡を残さなかった。
誰にもいわなかったのか、いえなかったのかは不明なままだ。

ほんとうは詩人のように何かを書くのが好きだったのではないだろうか。
または、そういうものを書かずにはいられない自分をどこかに秘めていたのではないか。

そのようなことをこのごろ想像することが増えた。それも年齢が近づいてきたからだろう。

一枚の紙切れも残さなかったから、当然のこと、作品も残っていない。

しかし、ある日の夜に日記の片隅におよそ日々の出来事とは思えないような思いや物語が書いてあるのを見つけた。
それが意図的な作品だったと断言はできないし、わたしの記憶も曖昧である。

だから、今となってはわたしがこうして掘り起こそうとすること自体が既に物語りじみてしまうのであるが、あのとき のノートの端くれに細かい字でびっしりと書かれていたのは、あの人の叫びであり夢であったのではなかろうかと思う。

日記は、十数年あるいは二十数年かもしれず書き続けていたはずだし、どっしりと分厚い日記帳が枕元や押し入れとか屋根裏の倉庫とかに積んであっ たのを見た記憶がある。

ただ、母は父の日記にはほとんど関心を示さなかったようで、家を建て替えたときか、父の身体の具合が悪くなってしまったころに、ガラクタと混じって棄てられてしまったのかもしれない。

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父の物語にはオンナの影は出てこない。

そこだけが大きな相違点になるのである。深く調べると宝が隠れされていた時期もあっただろう。今は掘り起こす物的なものさえも残っていない。

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誰にも言えずに

父は鶴さんのことについてほとんど喋りませんでした。

  • バス停で出会って手紙を書いたら返事が来たこと
  • 手紙の宛名は「北海道中央バス終点余別駅の前のバス停でアルバイトをしていた女の子様」だったこと
  • 返事が来たこと
  • 文通が続いたこと
  • 四年後に東京で再会したこと
  • その後も何度か食事に連れて行ってもらったこと
  • 京都に住んで間もなくの頃に再会したこと

そのような出来事を話したくらいで、どう思っていたかとか、どんなふうになって欲しかったのかなどは話さなかった。

ですが、東京を離れる最後の日に鎌倉へ行ったときの写真は大事に置いていて、誰がみてもといってもお母さんかわたししかいませんけど、勝手に見ても何も言いませんでした。

棄てようともせず押入れの箱に入れたまま放ったらかしにしていました。

鶴さんを読むと激しい思いがこもっているのがわかります。しかし、誰にも言えずにいたのでしょう。

紙切れメモ

[走り書き]
一枚の紙切れの端くれに走り書きがありました。

あのときに心の奥深くから
目がしらのあたりを通って
頭のなかのすべての隙間に
いきわたるほどに
スパークする衝動が走ったのでした

そんなものが
自分の感情のなかに
隠れてでも存在していたことに
ある種の違和感のようなものと驚きを感じながら
仕方ないじゃなか湧き出てくるんだ
と素直に湧き上がってくる思いに従っていたのです

冷静な一面が自分のなかにあって
こんなことをやらかしてしまって
取り返しがつかなくなったら
大変なことになると思っている自分が
滑稽なほどに冷静に行動を起こしているのです

あとになって考えれば
そういう突発現象は普段でもときどき起こっていて
判断する知性のようなモノを無視して
行動していることはあったのでしょうが
あのときに
心の奥深くから飛び出したのが
それまで長い間生きてきていながら
一度も経験したことがなかったような
揺さぶりであったのは間違いなく
長い人生には似たようなことが何度か有りながら
激しく動揺するものがたった今起こっているのだと知る
初めての経験でもあったのでした

つまりわたしは
そこにいたひとりの女の人に
釘付けにされてしまうようなことは
かつて一度も経験したことがなく
腰が抜けたように
そこから動けなくなっていたのでした

鶴さんの物語の
バスを見送ってからヒッチハイクで帰るシーンは
このように
激しい心の葛藤があったということなのでしょう。

鶴さんとの出会い

[人生のトビラ]

人生を歩んでゆくうちに開けてみたくなるような扉(トビラ)がいくつもある。開けなくとも人生は滞ることはない。どれだけの人がトビラを開けることを試みて、そこへ踏み込んでゆくのだろうか。出てこられなくなるかもしれないのに。

トビラの存在に気がつかないことだってあろう。トビラではなく路傍の石であるかもしれない。いったん腰掛けて休まれば今まで歩み生きてきた道が違って見えてくる。これから行く道が明るく見えるかもしれない。

[旅とバイク]

1987年に北海道に旅立ったときのことを「小さな旅」と「旅の軌跡」のなかに書いてい る。ふと立ち寄った本屋で手にする北海道の観光ガイドブックがきっかけだった。無鉄砲に急行銀河に乗って北海道まで行っている。中学時代から文通友達だっ た裕ちゃんという女の子が天塩町にいたが、訪ねる意思があったわけでもなかった。ただ、頭の片隅に置いて北海道を選択していることは間違いない。

後にバイクでも行っている。最果ての場所への憧れがあったし、高校時代に仲良しだった友人が二人とも先を越して裕ちゃんを訪ねて行っていることもあったのかもしれない。だから、大学1年の夏に北海道周遊券で行くことを思い立ち、迷いもなく実行している。

しかし、学生時代には長い旅には出ていない。これは貧乏だったことが理由であるため、社会人になって爆発したかのようにバイクに乗ってあちらこちらへと出かける。オートバイとのつながりは子どものころにまで遡ると不自然ではなく、根っから二輪が好きなんだろう。

[旅で出会った女性]

1987年の汽車の旅で鶴さんと出会う。余別という町の行き止まりのバス停で一人の女の 子と言葉を交わすところから「鶴さん」の物語は始まる。きちんと書いてないので、断片から二人の関係や気持ちを想像して読むことになる。この人は鶴さんが 好きだった。おそらく、人生で最も好きだった人ではないか。大学時代には手紙のやり取りが続き、それがダンボールいっぱいになる。写真を送ったことは1度もなかった。

東京で再会をするのが4年後のことだった。高田馬場の駅前で待ち合わせるが、互いに向かい合うように歩いてきて一旦は行き違っている。それほど面影が記憶になかったのだ。

遺された膨大な日記を隈なく読んでいくとそのことを始めいろいろなことがわかってくる。この人とはもう会えない絶望の時を迎えてもまだ、もう一度会いたい、と強く激しく思い続けていたこともわかる。

おとう

わたしは日常会話では父のことを「おとうさん」と呼ぶかまたは「おとう」と省略して呼んだ。父もそれに応答しているので周囲から見れば滑稽な掛け合いだったかもしれないが、わたしたちにとっては自然体であった。

メールで父に呼びかけるときは父と書いた。「父、今日の予定は?」という具合だ。

これから4人の女の人を軸にして、あの人とはどんな人間であったのかを考察しようとしている。登場人物である父のことを「父」と書くか「あの人」と書くか「彼」と書くか「おとう」と書くか。さてどうしようか。

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[照れ屋]

あの人は、自分でもよく言ったのだが、照れ屋であったらしい。それは一見してはとても想像できないことだったのに、しばらく付き合いをしてみると成 る程と納得させられた。自分に自信を持った一面ともう一面で大きな劣等感を持っていたのだった。自信と劣等感が背中合わせになっているところへ褒め言葉で も投げかけてもらえれば照れるしかなかったのだろう。

[ウソツキ]

もう一点、あの人は時々出任せの嘘を言うことがあった。出任せとか嘘という表現は曖昧だが、ズバリと質問を投げかけて「4人の女に惚れましたか」な どというような打ち込みのような質問をすると咄嗟に首を横に振りシラを切るような出任せをついて一旦はその場をしのいだ。たいていは訂正をするのだが、照 れ屋の性格が存分にそうさせたのだろう。

[秘密]

しかし、3人ではなくそれ以上の女性が日記には登場する。結婚をしてからも2人登場し、それ以前に1人登場する。そして日記には一切顔を出さなかった人が1人いる。手紙と資料に隠されていた。

大体において秘密を持たない人であったので、シラを切ったり嘘を突き通すことは日常でもいかなる場合でも有り得ず、この人はどこかで誰かに必ず言えない事実を漏らしている。

[日記]

秘密を隠し通せないところは、日記を書くことで、自分の迷い事を知り整頓している面がでも現れている。誰かに読まれるかもしれないことでも日記に書 き残している。だが、系統だてて書いているわけではないので、奥深く知るためにはしっかりと読まねばならない。ものごとによりけりだが、日記のどこかに自 分だけがわかる記録をしている事も有り得る。照れた気持ちで書いているその顔を想像しながら読み進むと、隠れたものが見えてくるような気がする。

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[結婚前後]

結婚を区切りにそれまでとその後を「前期・後期」と呼んでもいいだろう。

女性に架ける希望の夢が、前と後では違ってくるのだ。年齢的な変化でもあろうし、社会経験の深さも加算されよう。子どもから大人へと変身をするし、人間の生きざまに白と黒があることも知る。

[惚れる]

女に惚れてしまい、騙されて裏切られて陥れられて、落ちぶれる。アホな男が立派に愚かを繰り返すドラマだ。くるくると旋回をしながらどん底に落ちてゆく。大目に見てくれる人がいたから生きてこれたのだとヤクザ映画のようなことを思いながら、どこまでもどん底を彷徨うのだ。

[ビョーキの人間像]

それでも女に惚れる。こういう愚かさをビョーキといって笑ったことがある。ご先祖さんには立派な方々があったのに、ビョーキならば受け継いだ資質でもあるかもしれない。人間像とはどんなものであったのか、そのあたりも調べて掘り起こしてみる。

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[A型]

血液型はA型だった。そのこともあって周囲の人はA型人間らしいところが多かったと感じているようで、細かいところにも気が利き几帳面であった。し かし、それはこの人の一般的な面であって、しっかりとつきあうとその反面も多かった。部屋は片付いていそうで片付かない。身の回りのモノも几帳面に扱いそ うで大事に手入れが行き届いていたわけではない。金銭面ではケチで節約家であったが、欲しいモノを買うときはぱーっと買ってしまうことが多い。

[おしゃべり]

よくしゃべる。くどい。自分の理屈で勝手にモノゴトを考えて、自己完結している面がある。そのくせ常に自分に不安と自信と劣等感と自尊心を持ってい た。ナルシストな面は一切持たなかったというより、そのような人を見るととても嫌った。そして、酒を飲むとよくしゃべった。しゃべる時間長くなると必然的 にそれを嫌がる人もいたので、この人の酒は特段嫌われるのもでもなければ歓迎されたりするようなモノでもなかった。

[オンナ]

大事な面がある。オンナ好きであった。嫌われているかもしれないのによくしゃべった。簡単に友達になってくる。もちろん平気で話しかけるのだから迷 惑でもいったんは友だちのようになったのかもしれない。そして、気に入ったオンナの子から連絡先やメールを聞き出すのが上手だとみんなが言う。本当に上手 であったのかも何とも言えないが、どういう手段を講じるのか、まさかあの人から聞き出したとは神業的な…というような人のメールを知っていることがあっ た。害がないと思われていたのかもしれない。

[夢追い人]

オンナ好きな人には遊び人も多い。しかしこの人は遊び人ではなかった。オンナと井戸端会でしゃべっているか、過去を回想しているか、夢を語っているか。社会の仕組みにケチをつけているか、何かに理屈をつけているか、そういったことをしゃべっていれば満足な人だった。

[ブス選]

面食いではなかったですね。人を直ぐに好きになるのですが、片っ端からべっぴんさんは居なかったし、テレビの女優さんの話をしても、大勢が美人を好むものなのにこの人はちょっと変わった女優さんが好きだったようです。

[幸せを食べる虫]

突き詰めてゆくと、好奇心の赴くままに行動して感動を味わって、それは旅などで少し叶えたりして幸せを味わって、酒を飲んでしゃべってオンナに惚れ て夢を膨らませて追いかけて、浮き世をさまよっていたのでしょう。ブログの中で自称しているように「夢を追い幸せを食べる虫」だったのだと思います。

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[4人のオンナ]

学生時代に2人も好きな人がいた。そして、結婚後期にもう1人で惚れてしまったオンナがいるので、ツマとで4人。

学生時代の女性は、大人の世界でいう「オンナ」ではなく情熱的で淡い恋をする女性だった。実らぬ恋を必死になってつかもうとするのだ。ブログにある 「鶴さん」はこのひとりの女性を書いたものだ。もうひとりの淡い女性は、日記にもブログにもどこにも出てこない隠されたままの女性だ。1枚の写真と大封筒 に雑然と詰め込んだ手紙の束だけが残っている。

この人が残した手紙をよく読むと、残存する手紙は一部分で有ることが分かってくる。2人の女性と交わした手紙は、元々、段ボール箱に溢れるほどあっ たという。ある時期に病的豹変でその束を始末しているらしい。手紙に書いた文面をなくすことを悔やまないほどの確信と自信をその女性に抱いていたのか。は たまた、きっぱりと記憶を絶とうとしたのか。不明だ。

そして最後4人目のオンナとは黒い歴史のなかにあって、本人も日記に明確には書いていない。きちんと伝えるために書いたモノではない日記、すなわち自分に語りかけるような日記が残るほか、鳥のひろちゃんのブログでも脚色をつけて書いている。事実は不明のままの物語だ。

いつか二人が

クルマのステレオがユーミンをシャッフルして流し始めた。咄嗟には題名が浮かばない。
思い出せなくてイライラする。

でもそれはほんのいっときで、気にかけないでアクセルを踏みこむ。
ターボチャージャーがエンジンを軋ませるように唸っている。

クルマは快適にスピードを上げてゆく。

埠頭を渡る風。
歌の題名が頭にフラッシュのように甦る。

青いとばりが道の果てに続いてる
悲しい夜は私をとなりに乗せて
街の灯りは遠くなびくほうき星
何もいわずに 私のそばにいて

埠頭を渡る風を見たのは
いつか二人がただの友達だった日ね
今のあなたはひとり傷つき
忘れた景色探しにここへ来たの
もうそれ以上 もうそれ以上
やさしくなんてしなくていいのよ
いつでも強がる姿うそになる

セメント積んだ倉庫のかげで
ひざをかかえる あなたは急に幼い
だから短いキスをあげるよ
それは失くした写真にするみたいに
もうそれ以上 もうそれ以上
やさしくなんてしなくていいのよ
いつでも強がる姿好きだから

白いと息が闇の中へ消えてゆく
凍える夜は 私をとなりに乗せて
ゆるいカーヴであなたへたおれてみたら
何もきかずに横顔で笑って

青いとばりが道の果てに続いてる
悲しい夜は私をとなりに乗せて
街の灯りは遠くなびくほうき星
何もいわずに 私のそばにいて

魔法にかかったように情熱を注いで惚れてしまった人のことを父は日記の片隅に書き残している。でもそれはほんとうのことを知っていないと間違いなく見逃してしまう。
詰まらない日記しか書けない人だったから、もしもあとで誰かが読んだとしてもどこの何が大事だったのかとか一番主張したかったのがどこかなどがわからないままだ。
けれども、わたしは他にも残された資料とふだんから口癖のようにつぶやいていた言葉から、あの人が何を言いたかったのかを斜めの視線で考察してみようと考えた。

あの人が、ほんとうに心から惚れていた人は一人だけでそれはツマだけだった。そのことを最初にきちんと明確にしどんなことがあっても疑いを持たないように頭に入れておく。
その点に揺らぎや疑いを持ってしまうと、数々の日記の言葉が一人歩きをするおそれが生じるので、くれぐれも気をつけて考察を進めてゆく。
ツマだけであったと書いたのだが、この人の心を揺るがした人は、何名かあった。3人とも5人とも推察できる。
たしかに気の多い人であったためにそのあたりを誰にも特定されまいと考えたのかもしれない。だが、きちんと読み進むと、大きく影響を与えたのは3人、いや4人であったといえようか。