忘れる

平成22年(2010年)の年末に「遺す言葉」を書き始めている。

忘れようとすることとはどういうことかをあのときは考え続けていたのかもしれない。

忘れてしまうには覚悟が必要だ。
そのことを薄々感じ始めいるようだ。

恩返しをしないままですべてを忘れてしまっていいのか。
何も残さずに命を絶やしていいのか。
そんなことを考えたのではないか。

許すということは忘れるということだ。
そのことが言葉になって迫ってきたときにこれまでの許せない数々の出来事を次々と思い出してゆく。
しかし、次々と出てくるはずのものがそう長くは続かなかったから慌てた。
こんなに少なくはないはずだ。
もっと憎しみや恨みに満ちていたはずだ。
だから、許せないアイツらのことは必ず山のようにあるはずだ。

そう考えたのだろう。

ところが、あたかも許したように出てこないのが悔しい。
許すということは忘れるということ
その言葉を何度も頭のなかで反芻した。
忘れてしまっては許したも同然だ。

怒りも湧き上がりながら
万事休すなのかと悲しくなる。
諦めもどこからか忍び寄る。

けれども、ゆるさないために思い出さねばならないのだ。
ペンを置いてはいけないと誓おう。

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