311 もうひとつの日記

311 もうひとつの日記(mixi から)

5年前の3月10日にわたしは次のような巻頭言の書き出しでメールマガジンを考えていた。


サクラサク。春の空をこんな電文が飛び交ったのは昔のことです。
そんな時代があったことを知る人も今は少なくなりました。

しかし、情報通信技術が夜明けを迎えるのは、1830年代にイギリス人のミシェル・ファラデーが電磁誘導理論を考え出したころのことで、それ以前の通信はとても原始的でした。
飛脚が街道を駆けたり、さらには狼煙をあげて情報を伝達したりしていました。

サクラサク、という言葉と、世間を騒がせたひとつのできごとの記事を見て、科学技術の賜物である携帯電話がもしもこの世になかったならば、不正を働いた子はサクラを咲かせようと頑張れたのかもしれません。


不正というのは携帯電話で入学試験中に不正を働こうとした受験生のニュースが話題になっていたからだ。

東日本を大地震が襲い、原発が惨事を起こすのはあくる日のことである。

科学技術の賜物という表現をしている。これは、原発事故の後であったならば、原子力エネルギーを指すように置き換えられるのだろう。

人類は一度手中に収めた快楽や利便を、欲望という善にでも悪にでも力を働かせることができるもののせいで、簡単には捨てたり諦めたりできない。

既得権という都合のいい宝物にしても、便利さ、豊かさ、満足度、更には長い歴史で積み上げてきたご褒美のような今日の暮らしスタイルにしても、一 度どこかに置いて大局的に見なおさねばならないのではないか。そうここで何度も書いてきたが、社会の大勢がそう思っていても政治はいっこうに方向を大きく 変える気配はない。

5年という昔を振り返りながら5年先10年先の構想を考えるとき、わたしたちは、経済社会のことだけではなく、もっと大局を見つめねばならないのは言うまでもない。

不安と期待が交錯する311である。

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