頑張る

4月10日の朝日新聞「折々のことば」から


まわりから「頑張って、頑張って」って言われ続けるよりも……ほかの人に「頑張って」って言うほうが力になったのかもしれない。

火野正平

テレビ番組で全国、自転車の旅を続ける俳優は、震災後2年経って東北の被災地を回った。応援するはずが反対に応援されて「逆やんけー」ととまどう。ひとは誰かに見守られていることで力をふりしぼることができるが、見守られてという受け身ではなく、誰かのことを案じ、支えることでもっと力を得る。「人生下り坂最高!」から。(鷲田清一)


それを読んで

「頑張れ」 という言葉は良くないという人がいて、賛同する人が集まっていかにもそうだというようになっているけど、「頑張れ」という言葉は何も悪くないのではないかと常々思っている。

言われたら頑張ればいいのだし、頑張れないときは頑張らなくてもいい。

「頑張れ」と心から暖かく声援を送る人の心は、否定する人の言っている意味とはかけ離れていて、そんなに反発しなっくてもいいと思う。

温かい言葉に励まされて、素直に頑張ればいい。
そしたらパワーが漲ってくる。
ダメなときは諦めればいい。
泣かずに頑張る、でも泣いてもいい、またチャレンジする。

「頑張る」とは本当は素敵な言葉で(美しい姿で)、その声援もとても素敵だとわたしは思っている。


と書いた(mixi)の日記であるが、コメントが付いたのでまたコメント返しを書いている。

それが

Kさん

このことを考えると頭のなかの思考が絡まって結ぼってしまうのですが、人それぞれの受け取り方はあるのだなと言ってしまえばそれまでだとも思って、またもう一回考え直し始める。

つまりは、何でもかんでも簡単な言葉で済ませてしまっているのがこの「頑張れ」という言葉なのではないかというところに向かう。

言っている人の心に表裏はないのだから、「頑張れ」と言ったことを否定されることもなかろうにと思う人も多いはずだ。

頑張れでも気持ちは通じるが、(例えば)大切な人を亡くして沈んでいるときなどは、「頑張れ」という言葉が気に入らなかったりふさわしくないこともあろうから、だったら「元気を出して」でもいいだろうし「しっかり見送って代わりに音返しをしよう」みたいな言い方もあるだろう。(ガンバレの言葉選択ミス)

頑張らねばならないことは、自分が一番良く知っているんだから、何も言ってあげないという人もいました。最近は逃げていいんだよというような言葉の選択もありで、一種の褒めて育てる式の流れなのでしょうが。(それでいいのか、という話もしたいところだが省略)

しかしながら、物事を大局的に見ることは大事です。

だから「頑張れ」と厳しく言われるべきときにその言葉が飛んで来ることの意味はとても大きい。
「バカモン(あほんだら)そんなことしとってはアカンやろ!」と叱られることも大事で、「上手や」「綺麗や」などと長所ばかりを並べ立てても、アカンときはアカンものです。

「頑張れ」には目的語が伴えないようになっているのかもしれないが、例えば失意で沈んでいる人には、浮かび上がる手段やポイントを指摘しながら、そういう点で頑張れといえばいいのだということを伝えればいいのだ思う。

言葉が軽々しくなり、しっかりと意味を伝えきれていない、というケースは他にもたくさんある。
(貧弱ボキャブラリーの現代人達が増産されている。ネット社会の功罪か)

Kさん

よく読み返すと Kさんとわたしは同じようなことを言っているみたい。

それで Kさんは「あまり言われたくない」と付け足している。
わたしは何も書いてないけど。
(言われるべき人から言われたらすごい力になるだろうと考えているのだった)

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