感謝をする − 穀雨篇 【裏窓から】

穀雨の季節を迎えた
田んぼに水がはられ弱々しい苗が揺れている
少し移動すると麦畑があって穂が出始めているのが分かる
刺々しい穂を見ると背中がはしかいような錯覚に襲われるものの
これから麦は色づき緑の水田と黄金色の麦穂の競演が始まる

先日ベビーベッドを従兄弟の家に借りにでかけ御礼のメールを打ったら返事に
「私たちを支えてくれる子供を育ててくれる若い二人に感謝します」
と書き添えられていた

夫婦が二人共にガンを患いこれからを手さぐりでありながらもしっかりと見つめて生きてゆくのだという揺るぎない姿勢が感じられる言葉だ

未来に引き継いでいくもの残さねばならないものをしっかりと見つめているのがわかる

♣♣

人は感謝をすることを誰からどのように教わるのだろう
教科書に書いておき教義をすることではない

人々が暮らす社会が豊かになり
経済的に不自由もなく成長してきた二十一世紀に
私たち二十世紀世代がかつて夢見た理想のような幸せな社会が待っていたのだが
それはとてもアブナイものもたくさん孕んでいる不安定な側面も持っていた

むかしの科学には存在しなかったかもしれないような概念で心が解析されてゆく

幸せが目指して来たものは豊かさとともに1つの理想を築き上げ手に入れるのだが
悲しい話ややり切れないことも幾つも起こり
新しい世紀の人達はさらにまた新しい理想を描きながらそれを求めてゆくことになる

せいぜい私たちが知り得るだろう二三十年先の暮しに続いている未来は
予期せぬことと想定通りの筋書きを縺れる糸をほぐして再び編むように続くのだろう

そのような誰もが当たり前すぎてじっくりとは考えもしないようなことを
実は見つめ続けることで未来を築く人への感謝の念が生まれるのではないか

誰も言葉にしない
今やそんな哲学者や詩人は姿を潜めてしまった社会であるだけに

歯がゆい思いをしている方々も多かろう
それが今なのだ

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