宮下奈都 はじめからその話をすればよかった(その2)

昨日あたりに文庫が出ているみたいです。
お安くてお買い得。
買ってもいいなと思っています。

何度でも読めます。
同年代の人ならなおさらに。

宮下奈都
はじめからその話をすればよかった


はじめからその話をすればよかった

惹かれるタイトルだと思う。

小説なのかエッセイなのか無意識で手に取れば見当もつかない。
エッセイだとどこかに書いてあったからそのつもりで読み始めるけれども小説だと思って読み始める人も多いかも。
あり触れたエッセイ集よりは随分とライトな感じで読ませてもらえる。
もちろん作者は見た目ほどライトには書いていないことは分かる。
むしろ、作家でありそれをプロとしている以上、ライトであっても心を込めて真剣勝負で書いていることも伝わってくる。

羊と鋼の森を図書館で予約してみた。
面白半分で予約ボタンを押したら40番目と出たのでさらにおもしろがっている。

40人×2週間も待ってこの本を読もうとしている人の感覚を疑う。
そんなに待ってでも読みたいってのは本当にこの作品が読みたいのではないのではないか。
と同時に図書館のあり方も考えさせられる。

そんなことや他にももっと様々なことを考えながら宮下奈都の本を探してみて待ち時間がゼロの本を借りてきたのがこの1冊だった。
この本が待ち時間ゼロなのは発刊後の時間が過ぎていることもあろうが、図書館の借り手のレベルが新刊に馬鹿みたいにとりつく程度の人々で構成されているからかもしれない。
コンスタントに借り出されて然りというような作品であると思う。

この作品をエッセイというジャンルでそんなに簡単にひと括りにしてしまってはイケナイ。
この作家さんの人柄はもちろんのこと、環境や作風も混じってくるととても温かみのある優しい1冊になっているのだから。

生活のこと、家族のこと、生い立ちのことなどに軽く触れながら、色んなことを考え喜んだり悲しんだりしながら生きていく。
そこにプラスされてこの作家固有の文体が味をつけてくれる。

作風というものはそう簡単には変化もしないし自分の意志でも変えることができないだろう。
それだけに人柄に触れあえたような気持ちになれて、人を好きになってゆくように本も好きになってゆく。

WEBでメッセージを書く欄があったので次のように書いた。

—-

正直WEBで立ち読みさせてもらっているだけです。 すみません。
早く本屋に行きたいけど田舎町には本屋がないしネットじゃ嫌だし手にとって買いたいしと考えてそわそわしながら「はじめからその話をすればよかった」を半分ほども読み進んでしまった。
友だちがメールで「神様たちの遊ぶ庭」がよかったと教えてくれて高校の国語の先生なんですけどこんな先生に現代文を教われる生徒は羨ましいなと思いつつ、宮下奈都さんと先生を重ね合わせて勝手に活字の世界で生きている人に憧れてゆく。
しばらく、不思議でありながらもどこか似ているような感じのするこの人を読みます。
短いツイートが好きですね。短いほどいいわ。スカートみたいに

—-

「羊と鋼の森」の順番を待つつもりは今や全くない。

友だちが教えてくれた「神様たちの遊ぶ庭」を読み終えるころには買いに行こうかということになっているはずだとウキウキしている。

スクリーンショット 2016-04-19 午後1.50.57
宮下奈都
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