秋の田の刈り穂の匂いや処暑の風 裏窓から・処暑篇

もうそろそろ夏のお野菜とかが終わって
お鍋の季節になるなあ
と二人で話していたのですが

まだまだ暑さは続きますが
気温が高い割には
風は爽やかです

散歩をすると
秋の田の刈り穂の匂いがします


二十四節気にあわせて
【裏窓から】シリーズをもう何年も書いてきて
これも下書き感覚で書き始めましたが

できごとの少ないころであるとか
思いの湧き上がる激しさの緩やかなころとか
感情に凸凹のない自分がいるときなどをみてきて
いかにも私は周囲の人とともに歩んでいるのだなと痛感する。

お盆が過ぎてヒグラシやミンミンゼミの声が
ひときわ遠くから届いてくるような気がするのは
セミが増えたとか風が吹いているからという理由ではなく
私が秋を待っているからなのだと思い直している。

夏バテをするわけでもなく
痩せることもなく
胃腸もしっかり暮らしておれることに感謝する。

この夏になってから二人も
癌に罹っていたので…と知らせが届いてきて
返事のしようのない無力を感じている。

母はオウム事件のころに大腸癌を切除した。
その切除片は途轍もなく大きなもので
全部の腸を切ってもこれほど大きくないのではないかというほどの塊が
褐色の血まみれでトレーの上に置いてあったのを憶えている。
6人部屋の5人が数ヶ月の間に次々と死んでしまったあのときに
母は自分が癌だとは知らずに手術を受け
あれから現在も生きながらえている。

癌は不治だという時代は過ぎたのだが
どうしても、ハイと素直に頷けない。

暑さは次第に緩やかになってくるだろう。
焦げ付いたコンクリートの蜃気楼とも
サヨウナラをしたい。

人生も第四コーナーを回ったら
粗食を続けるに限ります。

と言いながら、お酒はやめてないのよね。

機嫌が良くて気分も爽快で
酒が旨いときしか飲まない
という人生哲学で生きているのです

毎日飲める暮らしに感謝しています。

▶ 処暑もすぎ焦げ付いたコンクリートの蜃気楼ともサヨウナラをしたい

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堀川惠子 原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年

(読後日記)

堀川惠子さんとは永山裁判の作品で出会い、そのあとはしばらく文芸作品を読んでいました。
直木賞作品や本屋大賞受賞作品を読んだりして、緩やかな気持ちになっていたのです。

ふと、ヒロシマの被爆の日の読売新聞の社説であった。


♠2016年08月06日 06時00分 広島は6日、長崎は9日に、それぞれ71回目の原爆忌を迎える。♠非人道的な悲劇を、二度と繰り返してはなるまい。より多くの世界の指導者に被爆の実相を伝え、核軍縮の機運 を高めることが大切だ。♠広島市の松井一実市長はきょう発表する平和宣言で、5月にオバマ米大統領が広島を初訪問した際の声明を引用 する。「核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければならない」という一節だ。♠松井氏は、オバマ氏が声明で示した「情熱」を「あの『絶対悪』を許さないというヒロシマの思いが届いた証 し」と評価する。♠広島平和記念資料館は、オバマ氏自作の折り鶴4羽が展示された後、入館者が前年同期比で4割も増えた。オバ マ氏の歴史的な被爆地訪問は、日本人が原爆と平和を改めて考える機会にもなった。♠オバマ氏の訪問を一回限りのものにしてはならない。今後も、様々な核保有国の首脳らに対し、広島や長崎で原 爆の惨禍に直接触れるよう働きかけ続けたい。♠核軍縮交渉が停滞する中、その努力が、核廃絶という究極の目標への長い道程の一歩となろう。 米国社会でも、原爆投下への評価は着実に変化している。 「戦争終結を早めた」と正当化する人の比率は、終戦時の85%から昨年は56%にまで減少した。♠今春には米国で、ドキュメンタリー映画「ペーパー・ランタンズ(灯籠流し)」が制作された。米兵捕虜12人 が被爆死した事実を発掘した広島在住の森重昭さん(79)と、現地を昨年訪れた米国人遺族らの心の交流を描い た作品だ。♠森さんと遺族が灯籠流しで死者を弔う場面は、平和への思いを静かに訴える。森さんは、オバマ氏と広島で抱き 合った被爆者だ。♠年々、風化しがちな被爆体験を継承することも重要である。♠広島市は昨年度、「被爆体験伝承者」による講話事業を始めた。伝承者が被爆者から聞き取った話を、次代の 人々に語り続ける。♠平和記念資料館は2018年度から、遺品や日記など、実物中心の展示に切り替える。被爆者の人形や模型では なく、「実物の力」を最大限生かす狙いだという。♠今年の大宅壮一ノンフィクション賞は、堀川惠子さんの「原爆供養塔」に贈られた。原爆犠牲者の遺骨約7万柱 を納めた平和記念公園内の塚と、その塚を長年守り続けた女性の物語だ。♠貴重な被爆体験を正確に記録して、世界へ発信する。日本人が忘れてはならない責務である。 2016年08月06日 06時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun


社説を読み堀川恵子さんの名前を思い出しここで紹介された作品をもう一度じっくりと読みたいと思った。

このようなルポは、誰でもが書けるものではない。この人がこのテーマに遭遇したことが幸運だったと言って良いだろう。誰が書いても、誰が調べても、こんな作品ができあがるわけではないことを考えると、読ませてもらった私たちも幸運だった。

だからこそ、堀川さんの書いた物語を読んで欲しい。

堀川惠子 原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年


(私の感想)

堀川惠子 原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年

堀川惠子さんに出会えたのは、とても幸運であったと思う。それは、 ちょっとした書評の何かに閃きがあって手にした
●永山則夫 死刑の基準 「永山裁判」が遺したもの
●永山則夫 封印された鑑定記録
という二冊を読んだのが2年ほど前で、あのときの出会いがなければこの作品は間違いなく読まなかった。

原爆供養塔は、広島平和記念公園の片隅にある小さな塚で、そこの地下にはおよそ七万人の遺骨が眠っている。この物語は、この原爆供養塔に毎日通い世話をしていた佐伯敏子さんという女性がヒロシマで闘った歳月を、堀川さんが取材をして、さらにこの人のやってきたこととやり残してきたことを受け継いで、遺骨の家族を訪ねて歩き、話を聞き纏め上げたたものだ。だがしかし、それでも見えているものはヒロシマのほんの一部であり、終わりのないことなのだということを知ることも大事なことだと思う。

取材の中で語られる一言一言の想像を絶する出来事や地獄のような風景、佐伯さんの半生から語られる壮絶な事実は、ヒロシマから経験者が消えてゆくけれども、次の世代へと受け継ぐ貴重な言葉だとして絶やしてはならない。

ヒロシマを語った人もそれを聞いた人も、消えてしまった形で登場した人たちも、七十年というあれからの年月に言葉に出来ないモノを滲ませている。作品を読むとそれが伝わってくる。

その堀川さんは、まずその佐伯さんを訪ねたのだった。序章はそこから始まる。

テレビは周知の通り映像で勝負をするドキュメントを提供するメディアである。そして、その正反対の方向から「活字」や「写真」で迫るが書籍によるルポルタージュである。

テレビならば無駄になるような些細なことや面白くないこと、だらだらと長すぎること、細かいことなど、 さらにはゴミのネタもみんな活字にして積み上げて(それでも涙をのんで削るのであろうが)私たちに提供してくれる。 しかも、一過性のモノではなく、文字として残って自由に読み返せる。 声に出しても読める。 (この作品もぜひ声にだして読んでもらいたい)

今の時代、何もかもがデジタル化になり、テレビのような映像ドキュメントは、接しやすく入り易いため人気があることもあって、 予備知識や興味と無関係に、誰もが目に飛び込むモノを深く考えずに見て触ることができる。

映像の刺激が強烈であれば簡単に食いついてしまうこともあるだろう。

確かに映像(動画)は、美しいモノを美しく醜いものもありのままの姿で確実に伝えることが比較的容易だ。音も伝える。 匂いもやり方次第ではかなりリアルに近い形で伝える工夫ができるかもしれない。

しかし、活字のルポはそうは行かない。 膨大な調査・取材をする点ではどちらも同じでも、 活字メディアでは、資料の吟味を怠ってホイホイと積み上げてしまったら途轍もなく不出来な作品になってしまう。 読者に伝えたいことの肝心な部分さえ伝わらなかったら、ルポが死んでしまう。

堀川さんはテレビの報道の人であったのだが、 活字のドキュメントを書く人に姿を変えている。しかしながら、 どこかしらに映像のセンスが流れているのが読んでいて伝わってくる。 一字一句を絵に描くように綴ってゆく。

活字出身の映像作家がいいのか、映像出身の活字作家がいいのか。 ぼーっと頭の片隅で考えながら作品を追い続ける。

取材に何の甘えも手抜きもないヒロシマの物語にグイグイと引き込まれいていってしまう。

いったい誰に読んでもらいたいのか。
今の我が国の人たちのどのような人々、年齢層に読んでもらいたいか。

必要性として、誰が読むべきだろうか。
何故、これをルポとして伝えなくてはならないのか。
伝える意義や意味とは何なのか。
ひとつひとつをここで紹介したいが、それをすれば1冊丸ごとになる。無駄のない1ページ1ページは淡々と語り続ける。

作者は焦ることも気負うこと無く、この膨大な(分厚い)本を、五倍も十倍あった資料から纏め上げている。

作品は静かに事実を語り続け、読者はそれを堀川さんの魔術のような構成や記述により映像に変換してイメージを膨らませる。だからこそ一人でも多くの人の目に届けたいと思う。

現実をぶち壊した残忍なこのような事実を書いた作品が書店に並び、 大勢の人が想像を超越した事実に触れる。

読んだ人だけが知っていればいいことなのか。
知らない人があれば届けて皆が隈無く読むべきなのか。

70年という歳月が過ぎてゆくなかで 作品に書かれた事実や実情が歴史の1ページに変化してゆくのを嘆くことは必然としても、埋もれた事実がまだまだあることへの歯がゆさのようなものが湧く。

人の心に触れながら、その生きざまを真正面で受けとめて、 決して揺るがずに事実を地道に掘り起こしてゆく。 余韻のような問題提起が続く。

感情を限りなく高ぶらせないで、事実をきちんと正確に伝えているのだろう。 その感性や技術を図り知ることは到底できないが、 ルポルタージュとしての完成度の高さが波の揺らぎを受けるように伝わってくる。 そこに、しっかりとした強烈で熱く煮えたぎるものも感じる。 読者は、目を背けずにそれらを受けて、見つめる。

ヒロシマに関わった、あるいは反戦に関わった日本中の多くの人々が、 切実に願ったことを叶えるために、改めて一歩進み出そうとしなくてはならない。

焼け焦げて融けて消滅してしまった数々を蘇えらせてやるためにも、出来事や足跡を遺すルポルタージュという活字の力で国民はヒロシマと向き合わねばならない。

平成28年8月10日 (水)〜平成28年8月18日、読了

一流と二流とホンモノ(裏窓から) ─ 立秋篇

8月7日は立秋だった。
最高気温の記録を塗り替えながら秋になってゆく。
立秋篇を考えながらトントン拍子に時間がすぎる。


随分と昔からホンモノ(本物)のことを考え続けている。
なかなかそういうモノ(物や者)には出会わない。

これだと思ってもどこかニセモノが混じることがあり
邪心や嘘が隠れていることがある。
そのことを知るとがっかりする。

しかし、神様のようなカリスマ的な人が登場すればホンモノと呼べるかもしれない。
信頼をかけるということは、たとえ間違っていてもそれで押してゆく決意のようなものだ。
そこには意志があって誠意があって力がこもっている。

残念ながら今の時代は
確かに一流であるかもしれないもののニセモノが多くてホンモノは減少している。

ニセモノであるからといって悪意に満ちているとは限らない。
真面目で真剣で表裏のない信頼できるヒトや技や手法である事も多く
ニセモノをホンモノと信頼して成功をおさめる人もあるかもしれない。

何もかもが高品質で実現できる時代だからニセモノも立派だ。
死ぬまでニセモノと付き合ってもいいだろう。
しかし、ホンモノをしっかりと見据えた人であればあるほど
ニセモノなどで世を渡ろうなどと思えば透かさずに失敗を招く事になる。

やはり、ホンモノってなんだろうか、となるのである。

良質の完成品が出来上がり世に出回る。
行き届いたソフトウェアが搭載され、それを多くの人が認めて、高い専有率占めることになる。
烏合の衆がポチッといいねボタンを押し、人気指数が上位を独占し続ける。
それでもまだ、心からホンモノだと思って讃える事ができるかどうか、迷ってしまう。

人気商品、人気者、一流、二流と考えてゆくと
わたしが思っているホンモノは漠然ともっと違う形であるようだ。

<米大リーグ、マーリンズのイチロー外野手が2016年8月7日、米コロラド州デンバーで行われたロッキーズ戦で大リーグ史上30人目の通算3000安打を達成した。2001年に米大リーグへ移籍して16年目。2452試合、9567打数目で偉業を打ち立てた>

ニュースが報じたときにちょうどオリンピックと高校野球も注目されていて、わたしの視線はピンボケになっていた。

<前日に代打で12打席ぶりとなる2999本目をマークし、この日は6番センターで先発出場。3打席凡退で迎えた七回の第4打席で右翼フェンス直撃の三塁打を放ち>

<メジャー16年目、プロ生活25年目。10月で43歳になるベテラン>

と記事にある。

ホンモノのことを考えていたらイチローのインタビュー記事が飛び込んできた。
予てから努力家で真面目な人間であると評価されているので、すこしじっくりと読んでみた。

(2013年8月、日米通算4千安打記録時)
<4千の安打を打つには、8千回以上は悔しい思いをしてきた。それと常に向き合ってきた。誇れるとしたら、そこじゃないかな>

(8月8日の朝日新聞記事から)
<プロの世界でやっていて記憶に残るのは、うまくいかなかったこと。その記憶が強く残るから、ストレスを抱える。その中で瞬間的に喜びが訪れる。それがプロのだいご味 >

という言葉を多くの人が引用している。

彼はわたしが描いているようなホンモノの姿にかなり近いのかもしれない。

田中角栄(元総理大臣)という人物もホンモノの政治家だったのではないかと思う。

ホンモノは、一流や二流と違う座標軸にあって、正しいとか悪いとか、強いとか弱いとかの話ではないのだ。

イチロー、3000安打達成の会見全文 「これからは感情を少しだけ見せられるように」

マーリンズのイチロー外野手が7日(日本時間8日)の敵地ロッキーズ戦でメジャー史上30人目の3000安打を達成した。試合後には記者会見を行い、穏やかな表情で偉業について振り返った。


史上30人目の偉業達成、イチローが試合後の会見で語ったこととは…

マーリンズのイチロー外野手が7日(日本時間8日)の敵地ロッキーズ戦でメジャー史上30人目の3000安打を達成した。試合後には記者会見を行い、穏やかな表情で偉業について振り返った。

3000安打到達までの苦悩や、恩師の故・仰木彬元オリックス監督への思い、そしてチームメートやファンへの感謝の気持ち。イチローは3000安打という金字塔に到達して何を感じたのか。

――3000安打を達成した率直な気持ちから。

「この2週間強、ずいぶん犬みたいに年取ったんじゃないかと思うんですけど、あんなに達成した瞬間にチームメートたちが喜んでくれて、ファンの人たちが喜んでくれた。僕にとって3000という数字よりも僕が何かをすることで僕以外の人たちが喜んくれることが、今の僕にとって何より大事なことだということを再認識した瞬間でした」

――高く上がった打球。本塁打を狙ったのか?

「いやいや、全く狙ってないですよ。そりゃイメージでは、ホームランになったらいいなとかね、考えますけど、そんなに甘いもんではないというのも分かっていますし、ただ打球が上がった瞬間は越えてほしいと思いました。ただ、結果的には、三塁打で決めたというのはポール・モリターと僕ということだったので、結果的にはそのほうが良かったなというふうに思いました」

――116本目の三塁打で、福本豊さんの日本記録を抜く一打となった。

「そうでしたか。あぁ。まぁ福本さんですからね。ごめんなさい、としか言えないですよ」

「2年くらい遅いですよね。感触としては。ずいぶん時間がかかったな」

――三塁にベンチからチームメートが少しずつ近づいていった。どんな気持ちだったのか?

「どういう形になるのかっていうのは僕にも全く想像できなかったわけですから、おそらく一塁の上で達成するなと。達成するなら多分シングルヒットだろうなという風に確率としては思っていたので、チームメートに労力をかけなくてよかったなと思います」

――27歳でのデビューは3000安打到達者でも最も遅い。そこからここにたどり着いたことについては?

「そのことはそんなに僕の中では大きなことではないんですけれども、2年くらい遅いですよね。感触としては。ずいぶん時間がかかったなという感触です」

――2998安打になってから、9日間進められない状況。でも、いつも敵地でも素晴らしい迎えられ方をした。どんな気持ちで毎日を過ごしていたのか?

「セントルイスから球場の雰囲気、ファンの人たちが特別な空気を作ってくれて迎えてくれたことから始まったんですけど、ずいぶん長い時間、まぁホームで決めるというのがなんとなく人が描いたイメージだったと思うんですけど、なかなかそんなうまくいくわけもなく、それも分かっていたことですし。でも、これだけ長い時間、特別な時間を僕にプレゼントしてくれたっていう風に考えれば、この使われ方もよかったなというふうに今は思います」

――その時はそういう風に思えないこともあったと思いますが。

「人に会いたくない時間もたくさんありましたね。誰にも会いたくない、しゃべりたくない。僕はこれまで自分の感情をなるべく殺してプレーをしてきたつもりなんですけども、なかなかそれもうまく行かずという、という苦しい時間でしたね」

「3000を打ってから思い出したことは、このきっかけを作ってくれた仰木監督」

――イチローさんのヒットには全て意味がある。ただ打ってきただけでないと感じているが、そのことについては?

「ただバットを振って……まぁバットを振ること、それ以外もそうですよね。走ること、投げること。全てがそうですけれども、ただそれをして3000本はおそらく無理だと思いますね。瞬間的に成果を出すことはそれでも出来る可能性はありますけども、それなりに長い時間、数字を残そうと思えば、当然、脳みそを使わなくてはいけない。まぁ使いすぎて疲れたり、考えてない人にあっさりやられることもたくさんあるんですけど、でも、それなりに自分なりに説明はできるプレーをしたいというのは僕の根底にありますから、それを見ている人に感じていただけるなら、とても幸せですね」

――イチローさんはよく感謝という言葉を使います。この3000本を打ったこの日に、感謝という言葉をどなたに伝えたいか?

「それはありきたりになってしまいますよね。これだけ長い時間いろんな場所から集まってくれて、それはもう今さら言うまでもないですよね。でも、3000を打ってから思い出したことは、このきっかけを作ってくれた仰木監督ですね。神戸で2000年の秋に、お酒の力を使ってですね、僕が口説いたんですけど、その仰木さんの決断がなければ何も始まらなかったことなので、そのことは頭に浮かびました」

――イチローさんほど野球を好きな選手はいないんじゃないかと感じる。どうしてそんなに野球を好きでいられるのか。

「そんなこと僕に聞かれても困りますけどねぇ。どうでしょう……うまくいかないことが多いからじゃないですか。これはもし成功率が7割を超えなくてはいけない競技であったら、辛いと思いますね。3割で良しとされる技術なんで、まぁ打つことに関しては。これはもういくらでも自分の『志』と言ったらちょっと重いですけども、それさえあればその気持ちが失われることはないような気がしますけどね」

「もう少し感情を無にしてきたところを少しだけ見せられるようになったらいいな」

――3000安打は通過点。これから何を大事にしながら野球を続けていくのか?

「けっこうしんどかったですからね。特にこの何日かは。その僕の中でまだまだこれから、という気持ちがあったら、それは残念なことだと思うんですよね。まぁこの先は、子供の時のようにとは、そこまではもちろん行くことは出来ない。プロである以上。それは不可能なことですけども、その時の立場というのも影響しますけども。今まぁ4番目の外野手というポジションなので。もう少し感情を無にしてきたところをなるべく嬉しかったらそれなりの感情、悔しかったら悔しい感情を少しだけ見せられるようになったらいいなというふうに思います」

――アメリカでは3000安打は偉大なレジェンドの仲間入りを意味する……。

「レジェンドって何か変な感じですよね。よく最近聞きますけどね。レジェンドって何か馬鹿にされたみたいでね」

――イチロー選手にとって3000本達成はどういう意味を持つものなのか?

「これはみなさんもそうですけど、これだけたくさんの経費を使っていただいて、ここまで引っ張ってしまったわけですから、本当に申し訳なく思っていますよ。そりゃもうファンの方たちの中にもたくさんいたでしょうし。そのことから開放された思いの方が……思いのほうがとは言わないですけど、そのこともたいへん大きなことですね。僕の中では。普段そこにあった空気がなんとなく乱れていたっていうのも感じていましたし、明日から平穏な日々が戻ることを望んでいます」

―― 一般の人間には達成感が今後の目標に向けての邪魔になる。3000本の達成感をどうやって消化して次の目標に進んでいくのか?

「え、達成感って感じてしまうと前に進めないんですか。そこが僕にはそもそも疑問ですけど、達成感とか満足感っていうのは僕は味わえば味わうほど前に進めると思っているので、小さなことでも満足感、満足することっていうのはすごく大事なことだと思うんですよね。だから、僕は今日のこの瞬間とても満足ですし、それは味わうとまた次へのやる気、モチベーションが生まれてくると僕はこれまでの経験上信じているので、これからもそうでありたいと思っています」

――4年後の東京オリンピックに野球が復活したが、野球人としてどう思うか?

「どういう形で復活するのか、ということによるんじゃないですか。オリンピックは、これは僕の意見っていうことですけど、昔から変わらないことですね。アマチュアの最高の大会であるべきだ、っていうふうに僕は思っているので。WBCという大会が世界大会としてもう一つあるんですけど、これはプロがベストのチームですね、プロを含んだベストのチームで戦うべきっていうのが僕の考え方ですね。オリンピックはやっぱりアマチュアの最高の大会であってほしいなっていうふうに思います」

「次こういう状況が生まれるとしたら、4000(安打)しかないですからね」

――到達までに苦しんだ印象があるが、それは何が影響したか?

「代打じゃないですか? 代打。それはしんどいですよ。ただでさえ代打ってしんどいですからね。この状況で代打で結果が出ないっていうのは、ダメージ大きいですよ」

――代打で結果が出ないということは、精神的にダメージが倍加するか?

「倍かどうかわからないですけど、重いですね。それなりに僕も、切ったら赤い血が流れますから。緑の血が流れてる人間ではないですから。感情ももちろんあるし、しんどいですよ」

――3000安打は通過点だと思うが……。

「僕は通過点とは言ってないですよ。ゴールとも言ってないけど」

――この次はどういったことをゴールに置いて進んでいくか?

「どうかなあ? 次こういう状況が生まれるとしたら、4000(安打)しかないですからね。そこまではなかなかですから。まあでも200本を5年やればね。なっちゃいますからね。どうっすかねえ? 3000っていうとみんな、ホール・オブ・フェイム(野球殿堂)とつなげることが多いと思うんですけども、僕にとっては将来そんな、いつの日のことか分からないことよりも、まあ明日の試合に出たいっていうことが大事なことだということですね」

――昨年と今年と残っている数字に違いがあると思うが、オフの期間にどういったことを変えたのか?

「わかりやすい数字の目標があったので、それはいつの段階でかっていうのはわからないですけども、今シーズン中にやりたいというふうには思ってました。あのローズおじさんの記録と、この3000っていうのはわかりやすい数字だったので。でも、春の段階ではどういう起用のされ方か、まったくわからない状況でしたから。ざっくりとそういうものがあったという程度ですね」

「ヒットをがむしゃらに打とうとすることがいけないことなんじゃないかって混乱した時期があった」

――技術の見直しなどということも?

「技術は毎年、特に打つことに関しては変えることはあって、それがうまくいくこともあるし、そうじゃないこともあるし。すごく繊細な技術ですから、打撃というのは。ただ、例えば走ることとか投げることっていうのはわかりやすく計ることができますよね。それを見た時に、例えば走ることとかっていうのは明らかに速くなってしまっているので、その諦めることはできないですよね。これはスピードも落ちてしまったとかっていうのなら、なんとなくそれなりにあの人も時間が経ったんだなとかっていう、それはわからなくもないですけど。残念ながらスピードは上がってしまっているので、打つことだけが能力が落ちるっていうことも考えにくいというふうに僕の中ではつなげていましたけどね」

――肉体的な部分が変わらないとして、年齢を重ねることで精神的な部分と一致することも多くなってくると思うが?

「若くないとは言ってないですけどね。今も」

――その状況が一致してくるということに関してはどう思うか?

「一致してることもあるし、してないことも多いですよ。だってしてないから、こんなに経費を使わせてしまったわけですからね」

――16年間、これだけの変化があった中で、その中でこれだけは変えなかったという軸となるものはなんだったのか?

「ある時から、先ほども言いましたけど、感情を殺すことですね。このことはずっと続けてきたつもりです。今日、達成の瞬間もすごくうれしかったんですけど、途中ヒットをがむしゃらに打とうとすることがいけないことなんじゃないかって僕は混乱した時期があったんですよね。そのことを思うと、今日のこの瞬間、当たり前のことなんですけど、いい結果を出そうとすることがみんなも当たり前のように受け入れてくれていることが、こんなことが特別に感じることはおかしいと思うんですけど、僕はそう思いました」

――しんどいという中で、久しぶりの先発を告げられた時の気持ちは?

「昨日のゲームの直後ですね。伝えられたのは。ただ何番かは伝えられなかったので、そこも教えてよと思いました」

――そのことを伝えられて。

「ひょっとしたら1番じゃないかなって思ってたんですよね。ディートリックが昨日途中で出ましたけど、休んでいたので、ディー(ゴードン)を休ませてひょっとしたら僕が1番、そんな粋なことをやってくれるのかなと思ったら、そうではなくて。まあ粋という概念がないですからね。それはちょっと期待しすぎたということでしょ」

達成後の打席は「できればホームランを打とうと思いました」

――モリター監督が3000安打に近づくにつれて今までとは違う重圧を感じて、その先にはとてつもない快感があったと話していたが、これまで達成してきた記録と比べて違うものは感じたか?

「それはあるんですけど、そもそも毎日先発で出て、5打席、毎日立った中で、じゃあ10試合結果が出ないことと、その代打で1打席ずつ、同じ10日間でもまったく意味が違うことなので、実はそのこれくらいのことはあるよねっていう感じだったんですよね。僕の中では。まあしんどいですけど。当然、普段とは違う精神状態に追い込まれて、勝手に自分で追い込むんですけど、追い込んだ中で結果を出すことが難しいのはわかっていますから、まあ当たり前のことが起きた、考えられることが起きたということなんですよね。明日からのことわからないです。ただ、そうなるんだろうという推測はしますけど」

――今日の試合で感情の振れ幅というのは大きかったと思うが、一番振れた瞬間というのはどういうものだったか。

「この国には、さっきも言いましたけど、粋という概念がない中で、でも察するという概念はあるんだなというふうに感じていて、みんな察してくれてるんだって。1打席、2打席、3打席と終わった時に誰も何も言わないんですよ。それがうれしかったですね。みんな口にしなくても、言葉にしなくてみんなわかってくれてる。だからこそ結果を出したいという気持ちがもっと強くなるし、まあでも誰も声をかけなかったというのは本当にうれしかったです。だからまあ、あのヒットが出た時は、当然そのギャップがあるわけですから、みんなのあの顔を見た時はすごく安心しました」

――これまで記録を達成してきた時は、必ずその試合か次の打席で次の1本というのを放ってきたと思うが、3000安打を達成した次の打席の気持ちというのはどういうものだったのか?

「仰るとおりです。打ちにいきました。できればホームランを打とうと思いました。(カウント)3-1から狙いにいきました。で、3-2のカウントになって、おそらく3000を達成していなければ、体が反応して打ちにいったと思います。それで凡打になったと思います。ファウルもしくは凡打です。あれを打ちにいくのをやめたことっていうのは、3000を打ったことによってそうさせたんだと言えると思います」

――3001本目が持ち越されたが、それはマイアミのファンの前で打つことになるが、そこについては?

「それは3001本も3002本もそうなんですけど、これはもし今日3001本を打ったとしても、3002本目はそうなるわけで、そこにあまり大きな意味はないかもしれないですね。その数に」

――マイアミのファンに向けたメッセージと。

「次のヒットがそういうメッセージであるということは想像していますけれども、それもごくごく普通のことといえば普通のことですよね。ロードで達成して、ホームに帰って。次どういう起用のされ方かわからないですけど、次に立つ1打席というのはまた違う意味で特別なものになるというふうに想像はしています」

【了】

ピンチはチャンス

ピンチはチャンスだ、って誰かがいっていた。何かで読んだんだったか。だとしたら、たぶん、私は今、チャンスの近くにいるんだろう。もしかしたら、目の前にいるのかもしれない。ピンチには気づくのに、チャンスには気づかないなんて不公平だと思う。どうせピンチに気づいたって打てる手などない。黙ってピンチに打たれるだけなのだ。チャンスに打つ手がないのも同じかもしれないけど、気づくことができたら楽しい気分が身体じゅうをぽかぽか温めてくれるはずだ。


いろんなことを誰かが決めている。算数の式では、足し算と引き算よりも掛け算と割り算を先にやる。加減乗除の法則を知ったときのあの驚き。英語でhaveは「持っている」なのにtoをつけると「しなければならない」に変わると教えられたときもうろたえた。世の中は後出しジャンケンに満ちている。


宮下奈都 窓の向こうのガーシュウィン
切り抜いてきたものが二つあったのでここに残しておきます