林檎がぶりと囓って人生を回想す (裏窓から)− 霜降篇

▼何故になかなか言いたいことが言い出せないのだろうか

いいえ 違う
言いたいことは言っているけど
本質に到達するまで
相手がそっぽを向いてるか
その逆で
わかったような気分になるかで
「オレのいうことをきちんと聞いてほしい」
と叫んでいるのさえ届いていない状態なのだ

つまり分かり合えていないという不満ばかりが募っているのだ

▼言いたいことがいくつかあっても

都合のいいこととか
直感的に理解できることを
物分かりのいいやつになりきって
理解したようにウンウンと頷いてくれて
納得をしてくれているようにも思えるのだが
真意が伝わってゆく過程のどこかで減衰している
結局のところ上手く伝わらないのだ

と言うように 今のところ私は思っている

▼それでも そう簡単には理解し合えないと思う

昔も今も変わらないように思っていたのであるが
小中学校時代の友人に声をかけて少し話し込んで見ると
その後の人生の何かが影響して私の想像している人と違っていたりすることがある
まさかの人が社長になっていればサクセスストーリで
私が話し込む前の一種の想定のあるかもしれない
しかし
まさかの社長のような話とは正反対であったら
どうしたらいいのだろうか
私に引き止められた方が迷惑と思うかもしれない

同じ学校を出て
それぞれの希望を持って高校に進み
夢と志を持って大学へ進む人もいる
同じ環境で学び
順風満帆な人生の始まりのように
社会に羽ばたいたはずだ

だけれども足跡が筋書きと違っていたことで生まれる
無意識の中の凹みのようなものが
確実にあるのを感じる

▼ものさしはそれぞれ違ってもいいのだと
わかっているように喋るけれども

自分と違う暮らしぶりなんてのは
机上の理論なのだとつくづく思う
だから
幸せであっても
不幸であっても
苦しみでも
痛みでも
悩みでも
辛さでも
わかったふりをしてくれる友だちは
とても優しい親友であることには変わりがないが
実際のところは
理解し合えないのだということも
きちんと理解していなくてはならないと思う

▼儚いよね
それじゃあ

そう言いたくなるのだが
そこに現実がある

▼でもそんなものなんだよ
社会はそんなもの
だから
そこから考えることを始める

▼考え始めると
止まってしまう

* 子育てに行き詰まって虐待や殺人に至る人の話
* 貧困で家庭までもが崩壊してしまうような現実の存在
* そういう人々とそうでない人との格差
* その格差を解決しようとする行政サイドの現実認識レベル
* 社会の一部だけが華やかに進化してゆき取り残されてしまっている面があること
* 現代社会が実は安定しているように見えるけれど結構ガタがきているのではないかということ
* その泥が吹き出さないこと

▼ほんとうはもっと自然に打ち解けあえる仲間だったはずだ

イデオロギーの違いは
何の壁にもならず
お互いに理解し尊重し合えたはずだった
今の社会が仲良しクラブ的になり
思想や思考が軽薄になって
金太郎飴的になっているのを見て憂いながら
考察は無限ループのように続く

そんな中でかれこれ思うのだが
あまりこう思いたくはないのだが
それぞれがいわゆる金持ちになり
社会的な地位も名誉も得ることができて
それなりに不自由なく暮らせるようになり
出世はしないが安定した暮らしが得られて
人によっては出世もして
付き合いもそれなりで
仕事も順調で失速の予想もなく
困ったこともないし
悩みもないんだ

というような友だちに発展して行けば
ホイホイと声をかけても
なかなか応じてもらえなくなってきたように感じる
僻みじゃないの?言われるけど
ニンゲンって僻まずともそういうものだと切実に感じる
でも
そうじゃない友だちもたくさんいるから
ちょっと救われて生きてゆけるわけだが

▼純粋に損得ない時代の仲間たち

それはそれで本当の友だちであるし大切な人だが
こちらがそう思っていてもそう思ってくれてもいない人もいるし
ちょっとショックですが
新しく築き上げてきた社会のつながりの中で新しいものを獲得して
古いものを捨ててしまったのか
忘れてしまったかのように冷たい人もいた
人間が冷たいとは思わないものの
でも僕には無愛想にみえたのだ

そういう意味でも
あの頃の友達ならば分かりあるだろうと
損得ない時代の友だちを思ったこともあったが
なかなかそうも行かなかったし行かないらしい

▼新しい時代には新しい船が出て新しい時代の水夫が乗るのだ

僕は残念な気持ちでしたが
新しい時代を生き抜いている友は
古い時代の人は不要だったのだ
それでいいのだと思ったと同時にそれでいいのか
瓦解が待っているぞ
とも考える

気持ちの真の部分では
昔を忘れて欲しくはなかったのだ
しかし…と諦めざるを得ない

▼私には私の道しかない

それは貧しいながらも
格差の最低ランクの中で生きていく
僻みとしか思ってもらえないような
屈折したところで生きていく

そうだそこには
健康な私がいて
孫がいて
その子の親はしっかりとした展望を抱いていて
何も心配がなければいいのだ

▼自分の大きな夢を叶えるために無心に努力をしてきた
間違いとは言わないけど

自分の次の世代や
さらに自分の見ることのできない次の世代を
見つめて生き抜くことが大事なんだと思う

自分が成功して地位や名誉、お金を得ることも大事だが
言葉は難しいけど
受け継ぐことがもっと大事だと思う

優秀な思想を
理想の行動力を
次の世代に伝授して
長い歴史の
永遠ある発展に役立てるための一役を果たすことが
人間としての使命であり
親としての今の時代の務めなのだと思うようになったこのごろだ

私はそれほど社会に貢献できなかったけど
私の祖父や父が社会において
果たしてきたことを
復活させて
私の子孫にも受け継がせて
歴史を曲げてはいけないのだと思う

そのためにも
自分が自分のためだけに生きて
名誉とか地位とかお金を得ようとしたことは
とても恥ずかしいことだった
巻き戻せぬ失態だったと思う

▼思い直したことを
受け継いで生きたい

人生は死に向かう歩みである

年齢を重ねていくとは、心が豊かになっていくことだと思っています

先日ある方からいただいたメールに
書かれた一文が目にとまった

するりと読んだものの気に掛かるので
少し思いを揺らせている

その1通前の便りには
まだまだ思い出を語るには早い年齢
とも書いている

いろいろと回想することやら想像が頭の中を巡る

🍀

悩みや悔やみに満ちてこれまで生きてきたことの苦悩から脱出して
少しでも緩やかに穏やかに楽しく愉快に暮らしたいと
晩年を迎えて多くの人たちは夢見る

ストレスに締め付けられる時間を過ごすのではなく
我が儘で気まぐれな時間を送りたいと誰もが願う

豊かなモノに満たされて
欲しい物など何1つ辛抱することなく手に入れて
満足で豊かな暮らしをしたい人もあろう

人生の道筋の先に1つの姿を目標として置き
例えば幸せをこういうふうにして掴みたいと考える
それは叶うかどうかはわからない
叶わずに終わる人も多かろう

私たちは生まれたときから幸せを追い求め続け
苦しみや悲しみを踏み越えて
夢を食べながら一生懸命に歩む

ある形をしたものを描きつつ
そこに豊かさを見いだそうとしている
そんな気がする

🍀

私の想像は
単なる想像というよりも
ドラマの創作のように多様なものに変化し
もらったメールとはかけ離れていってしまう

世の中には
無数の人生の筋書きがあり
価値観があるわけで
私が考えたのは
きっとその1つを
掘り出して組み立ててみただけなのだ

豊かさを求めながら
幸せとは何だろうか
考え続ける

人生は死に向かう歩みである

一人旅がブームらしい (裏窓から) − 寒露篇

♠️ 一人旅

一人旅がちょっとしたブームらしい

いかにも今の時代に誰がが何処かで何かに火を着けてやれば瞬く間にブームになりそうだ

そしていかにも何もポリシーのない人たちがブームに群がりそうなキーワードである

今まさにそんな時代ではないかと思う

♠️ しかしそういう人たちをなじって悪言を吐きたいわけではない

ブームに群がる人々の陰で本当に一人旅の歓びと楽しみと味わいに出会っている人も多いはずだ

これもいかにもで、きっと多くの旅人が一人辿る旅のルートを噛み締めていることだろう

♠️ 淋しさを一人で受け止めて一人で完全燃焼するような人たちが様々な迷いや妄想や泣き言や歓喜を経てその果てに行き着くところが一人旅だとも言えるかもしれない

即ち究極の淋しさを自虐的に噛み締める時代にあって今という時代の主人公の姿が変化しつつあるのかもしれない

そんなことを思うと一人旅の旅人をちょっと応援してやってもいいような複雑な心境も生まれてくる

🍀

♠️ 何故一人を選ぶのか

1980年代私は一人で旅をするバイクソロツーリストだった

あのときどうして私は一人旅を選んだのだろうか

一人旅なんてものは話し相手も相談相手も存在せず寂しいし心細いし弾むような楽しさも味わえないし独り言の繰り返しで答えのない自問自答を繰り返すばかりの旅だ

なのにどうして私はそんなスタイルの旅を選んだのだろう

どうしてそんな旅のスタイルが今ごろになって人気があるのだろう

♠️ 昔キャンプ場で酒を飲みながら自問自答のような会話を交わした名も知らぬ一人旅の若者を思い出す

逃避ですよ

その人は今現在日常を過ごしている社会や人間関係や仕事そのものから(たぶんあらゆるストレスから)逃避をしてきていると明確に語っていた

🍀

♠️ 人一倍の寂しがり屋が一人旅に出た理由は

ぶらりと無計画に家を飛び出せる軽さにあったのかと思う

本当は神経質で行く先に迷い道など絶対に無いようにありたいといつも考えて暮しながら仕事をしているやつだから糸をプツンと切ってしまうとやたらと遠くに行きたがった

♠️ 一度も行ったことのないところを未知なところという

いつも未知なものや未知な場所そして未知な人を求めて走った

いつも新鮮でありたかった

感動が欲しかった

行きているモノの息遣いを肌で感じて興奮していたかった

🍀

時代の大きな波が巡ってふたたび一人旅の時代がきたからといっても今の人たちの愉しむ旅と私の昔の旅とは随分と違うように感じるのは私の旅が十分にあらゆる地方を網羅したからであろうか

もしくは私がそれなりの年齢に達しているからか

「一人旅」という言葉は同じでもその言葉の意味が全く同じとは限らないだろう

さらにそれが誘うイメージなんてものはかけ離れてきても不思議ではない

素直に今の人に混じって昔のように一人旅に出てみるのも一つの選択だろう

けれども古い旅人は新しい旅人のように旅に出ることはできないだろう

❤️

社会人になって最初の秋の連休

十月の体育の日の連休は私の一人旅の第2回目のチャレンジ記念日だった

日記によると夏に紀伊半島を一人旅しているので記念日ではないらしいことも思い出しながらわかってきたからチャレンジ記念日と呼ぼう

あてもなく地図さえも持たずに高速道路に飛び乗るような旅だった

ひょいと家を飛び出し紅葉を思い浮かべ漠然とあてのない旅の道を探しなら北に向かって走った

泊まる場所も宿も決めずに走った

目の前にあるものや飛び込む景色は全てが私には感動だった

🍀

この世には悪人なんていないと思っていたし美人で魅力的な人ばかりだと考えていた

そんなピュアな人間に無意識に立ち戻ってゆけるのが快感だったのだろうか

一人になって現実から逃げ出してきている快感に惹かれていったのだろうか

家庭を置き去りにして一人で旅に出ることはいつの時代であっても我儘なことだったはずだ

そのことを承知で家を出てくるし家族は送り出してくれた

そこには語りつくせない深い愛情があったのだろうと後年になって回想している

🍀

今になってふたたび一人旅がブームになっても、それは私が一人で彷徨うように走り回っていたときとは全く違うものだと明白に感じることができても、あの時間に私がどんな激情で旅を続けたのか、どう言うわけか上手く説明ができずにいる

じれったいながらも言葉を探し続けている

そう 私の一人旅はもっと淋しくて哀しくてとことん一人でとてつもなく馬鹿げていながらもどこの誰もが羨むような自由さを秘めていて、もっとロマンがあったような気がする

懇懇と満ちてくるドラスティックでセンチメンタルなモノを求めようとしていたのかもしれない