高を括る ─ 大雪篇 【裏窓から】

ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いてゐる   山頭火
捨てきれない荷物のおもさまへうしろ   山頭火

句集「草木塔」の始まりに出てくるそれほど目立たない句だが
時をかえて読んでいると目にとまった

もしも山頭火が大酒飲みでなければ
あれほどまでに人々の心を掴むことはなかったのだろう
山頭火は捨てきれずに
背負っていたモノに少しでも近づこうとしていた

捨てるということは
それが何であっても
いつの時代であっても
難しいことなのだと思う

🍀

師走のある日のこと

書棚を整理しながらも数々の本たちが目に飛び込み手が止まる
大掃除を諦めてしまうことも多い

毎年のことながら早々に諦めて
ガラス越しの陽だまりで
じっくりとお気に入りを読み返すことになるのだ

🍀

ときには
熱い酒をチビリチビリと舐めながら山頭火句集を読んだりした

その酒が冷えてしまっても読み続けて
足も膝も手もすっかりと冷え切ってしまおうとも
もう目が離せなくなっていたりする……



ぽりぽりと齧って悲し過去の恋


🍷

さて、
昔の大掃除といえば一家を挙げての大仕事で
家中の家財道具や押し入れの中のものも
全部庭先(せんざ)にほうり出して
畳を上げてパンパンと叩いて
すっきりと新年を迎える準備をしたものだ
(近所中にパンパンという音が響いた師走であった)

そういうわけで
年も押し迫ってきている

いちいち過去のことなどかまっておれなかった半世紀前
あれから人々の心の豊かさは大きく進化し
何よりも現代社会では物が豊富になり
「片付ける」=「捨てる」というわけにもいかない

「断捨離」という便利な言葉も使われているものの
お掃除や片付け物をきちんと成そうとすると
断捨離とい言葉が机上で作り出された
一種の仮想の言葉のようだとわかってくる

悩んだ末の挙げ句
それほど整理もされずに
年を越してしまうのだ

🍻

歳末のスーパーの店先に
しめ縄が並んでいるのを見かけることが多くなった

師走になると
父が長屋の土間で
しめ縄をなう後ろ姿を
毎年見かけたものだ

お店でしめ縄を購入しても
ご利益のようなものや
神様への感謝が
果たして伝わるものなのだろうか

とやや疑問に思ったりもしている

❤️

12月7日は大雪でした

【裏窓から】を書き始めたのがこの日で
ぶるっとくる朝を迎えることが
だんだんと増す

真っ白な霜に覆われた銀世界の朝はお正月を回ってからだろう
と想像をしたりしながら
少し高を括っているところもあろうけど

ユニクロで今年はマフラーを買ってもらったのでぬくぬくなのだ

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