牡丹雪別れの朝の1ページ ━ 立春篇 【裏窓から】

🌸 サクラサクあなたは都会の人になる
👹 手を振ってホームに消えてゆく二月
❄️ 牡丹雪別れの朝の1ページ

「裏窓から」シリーズにお越しくださってありがとうございます

二十四節気の日に思いを綴りはじめたのがいつのころからでしょうか
はじまりは日記を辿った彼方になってしまいました

「塵埃秘帖」や「雷山無言」と合わさったり離れたりしながら長い年月にわたっ
てやれやれと呟きながら書き続けています

二十四節気という周期がちょうど心地のよい時間の流れなのでしょう
こうして書き続けていられるのはありがたいことだと思います

自分を振り返りつつじっと考えこむ時間と季節が過ぎゆく間合いの調和がうまく取れているのでしょう

前年も前々年もさらにその昔も立春という節には同じようなことを思うことのくり返しです
60年を生きてきても代わり映えすることなくさほど進歩もせず今を迎えています

あらゆるものに過去があります
そこに後悔や反省はつきものです

今となっては突然優れた人物に変身できるわけでもありません
自分の足跡は人間の器に応じた人生であったのだろうと振り返っております

まだこれからも暫くはあれこれと考えたり悩んだりするでしょう
ときには失敗をしまた反省をする日々を送ることがあるかもしれません
しかしながら人生の最終コーナーをのらりくらりと愉しんでゆきたいと願っています

節分・立春のころに「裏窓から」シリーズに何を書こうかと考えはじめます
ですが、なかなか纏まってきません

ゆるくなった寒波がジリッと戻って牡丹雪を舞わせる朝がありました
そんな日は昔の辛かった朝を思い出したりしました

昨日までの纏まらないモヤモヤを置いてふっと立ち止まってみると
7日はムスメの結婚記念日だと気がつきました

結婚をして子どもができてその子が三月五日でマル一歳になります

数日前にわが家に来たときにはつかまり立ちの手を離してゆらゆらと数秒立っていましたから
今度来るときには一歩が踏み出せるかもしれません

昔ならば一歳までに歩き始めた子にはお餅を背負わせたのだと母が歩きそうにな
る姿を見るたびに呟いています

一歩を踏み出すことは目を細めて子どもを見守る大勢の大人たちにとって格別の思いなのです

紆余曲折から低空飛行の人生を送っています
人生に追い求める哲学って何なのだろうと考えることもしばしばあります
けれども近ごろは「これでいいのだ」と思うことが多くなってきました

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