宮下奈都 静かな雨 (10分後の)感想

静かな雨
宮下奈都 静かな雨

平成29年(2017年)3月 5日 (日)

どうしてもこの作品を書いた人を
ああだこうだと定義づけて
作品の感動とペアにして
心にしまっておきたいと思うのだ

そう思わせてくれるような作品であり
読みながら何度も立ち止まって
詩人のような変な小説家だと
少し悪口じみたことを呟いてみたりする

そのしばらくあとで
何ページかを読んだところで
ほら哲学者みたいなことを書いているから
物語の後ろにはドラマにならない構想がどっさりと隠れているんだろうな
と思っていたりする

しかしながら
乙女チックには気取らないし気障でもない
詩篇のようなことを歯が浮くような下手くそなタイミングで
書いている

いいえそれは計算どおりなの
いいえそれがセンスというもの

真似ができない
真似しようと思うのが愚かなのか
でも手を伸ばせばそこにいるような普通の変なおばさんな筈だから
私にだって真似ができるような気がするの

「諦めること」をサラリと書いて付箋を貼ってしまうそうになるんですけど
ここで付箋を貼ったらその行だけが一人歩きするからあかん

満月のお月見の話もそこまでで
私の脳みそにメモるだけで
烈しく読み返したくなったら
もう一度最初から読もうじゃないか

「世界の深さ」のこともあれこれと書いてるでしょ
物理学の教科書みたいに
一本の式を紐解けば五ページくらいの文字で埋まるように
付箋を貼りたいところは五倍くらいに言いたいことが詰まっていたはずだ

だから明日になったら私も忘れてしまえばいいのだろうな
ある日思い出したら誰かがこの話をしたらもう一度思い出そう

好きだという言葉も使わないで恋をしているし愛もしている
誰もが夢の中で追いつけなかったようなあのできごとを思い出そうとしている

でもこの人はきっとアルキメデスみたいな考える人なんだと
想像してしまって私は深い深い記憶の沼に沈んでいくのです

銀マド(初出ブログ)

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