人間は我儘なのだというところに行き着く-大暑篇(号外)

▶︎テレビや映画でおなじみの人たちが相次いで亡くなってゆく知らせを報道で知りながら人の儚さを感じている

その一方で、人物の大きさや足跡の偉大さ、心の持ち方、生き様のそれぞれ、遺した言葉などなどをみてそこには筆舌に尽くしがたい多くのものがあったに違いない

そのことを想像をして、お涙頂戴の風潮につられてもらい泣きばかりをしたり悲愴的になってばかりにもいかないのではないかと、自分に向き合う

▶︎向き合う

これはとても難しいことだ

武道の真剣勝負ならば真剣であればあるほどに「向き合う」技加減が勝負を決める
揺るぎない姿勢は心身に要求される

平行線が交わらないとしても
向き合った二つの力は平行線のように限りなく一直線のうえでバランスを取ろうとする

死と向き合う
あるいは消滅してゆく人生と向き合うときに
わたしたちが構える姿勢において
力の逃げ道はないのだ

▶︎逃げ道

わたしたちは「あ・う・ん」というものをとても大事にしてきた

子ども叱る時にも、逃げ道を用意してから厳しく指導をする

目標に立ち向かう時も、逃げようとするわけではないものの、逃げ道がなくては押し進む一瞬に揺らぎが生じることがある

「逃げ」を許すのではないが、必要なのである

▶︎人間は我儘

世の中には人の数だけドラマがあって悲哀がある

還暦の節目を迎えるころから
事あるごとに
死ぬまで不安や余命についての話が増えてくる

大きな病は避けたい
痛みを伴う患いごさは勘弁してほしい
子どもや孫と幸せに暮らしたい
お金に不自由したくない
海外旅行などにいけたら行きたい
悠々自適・のんびりと暮らしたい
悩み事を抱かえたくない
揉め事も困る
誰からも干渉されたくない
人との付き合いで気を揉みたくない

そんな話が形を変えながら数々の事例に合わせていくらでも出てきて
老後を生きるということはこれほどまでに辛そうで苦しそうなものであったのかと
驚いてしまう

つまりは、人間は我儘なのだというところに行き着く

つづく

(裏窓から・大暑篇書きかけから

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中