父の日記 はじめに

父の日記 はじめに

わたしが子どものころ、そう小学生から中学生のころのことだ。
父は、就寝前にいつも必ず日記を書いていた。
枕を胸に当てうつ伏せで書いていたと思う。

居間や奥の間(寝間)には机などなかったし、卓上の電気スタンドもなかった。
だから、薄暗い奥の間の部屋の灯りだけで書いていたのだろう。
ペンは、鉛筆だったのかボールペンだったのか、今となっては不明である。

わたしはその日記に感心を持ったことはなかった。
こっそりと読んでみようという気も起こさなかった。
子どもというのはそういうものなのだ。
そういうことに気づくのは自分が父を亡くして、娘に昔話をしておきたいと考えるようになってからであろう。子どもは、昔話や親のことにはさらさら感心がないのだ、と知ったからだ。

日記は全く現存しない。

毎日丁寧にじっくりと時間をかけて綴っているのを見てきた。
日記帳は、1年分の分厚いもので、毎年同じものを使っていた。
部屋の片隅か押し入れには何年分もの日記が積んであったのを憶えている。
おそらく、わたしが生まれる前か子どものころから書き始めていたのだろう。
そのことを考えると相当な冊数の日記があったわけで、あれは曖昧な記憶ではないのだ。

だが、日記は消失している。
無くなった理由を想像すると二つのことが思いつく。

母がある時期に家財の整理をして、その際に廃棄するか焼却したかもしれない。
子どもが高校に行くので(または大学に行くので、または社会人になったので)
生活が一段落して、過去のあれこれやモノを整理した可能性がある。
しかし、そのように廃棄したとして、父は廃棄の様子をどう思ったか。
そこまではもっともな想像はできない。

もうひとつ日記が消滅する可能性がある。
それは父が定年前後から脳梗塞の症状で苦しんでおり、入退院を何度か繰り返した。
その症状が思わしくない時期があって精神的な(一種の強迫症のような)障害があっ たのかもしれない。
その際に、母のバックや貴重品を庭で無理矢理(病的に)焼却してしまうというちょっとした事件じみたことがあったかもしれない。

永年父が、おそらく30年も40年も継続してつけていた日記なのだから、そんなに簡単には焼却できるものではないと想像する。
父はどんな気持ちで消えてしまう記録を見つめていたのだろうか。

あの日記にはどのようなことが書いてあったのか。

あらゆることを思い出せるだけ思い出して、想像してみたいと、先日、ふと、思った。
真相はわからないのだが、あの日記にはどんなことが書いてあったのか。

架空のような夢のような想像を混じえて、少し考えてみよう。
そう思いながら、私はこれを書き始めている。

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