父の日記 その2

あまりペラペラと喋らない人だった。
私のおしゃべりは誰に似たのかわからない。

帳面を開き鉛筆を持ち小首を傾げるようにして何かを考えていた。
さらさらと書く雰囲気は持たず、どこかを時々見つめたりしながらじっくりと眉間にしわを緩く寄せるかんじで日記帳に向かっていた。

モノの道理を考えてみようとする姿勢の持ち主であった。
しかし、他人に自己を主張しようとはしなかった。
諦めがあったのだろうか。

日記にはどのよなことを書いていたのか。
毎日の出来事の不平不満を書くようなことはなかっただろう。

耳が不自由であったから周囲からイジメや阻害・排他的扱い、誹謗中傷、噂や悪言など(私には想像もできないのだが)を受けることが多かっただろう。
そして、じっとそれらへの反発をひたすらためて食いしばって堪えて生きてきたのだと思う。

辛い(つらい)ことは気にかけない、良いことだけを見つめて生きるのがひとつの道なのだ、と言葉ではなく生きる姿勢の中に持っており、そんな生き方をときどき漏らしたこともあった。

果たして、そんな自分に向けた言葉を日記に残したのだろうか。

♣︎ (架空日記)

台風がまた来ている
田んぼには出ていけないので小屋を片付ける
東京にいるカズは急に来た秋の冷え込みで
風邪をひいてはおらぬかな
栗が採れたので送ってやろか
酒ばっかし飲んで
勉強サボっとらんかな
ニンゲンは怠けたらあかん
面倒臭いということは何もない
コツコツとすれば必ずできる

♣︎

今日のような嵐が近づく雨の日には
こんな日記を書いていたのではなかろうか

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