酒房・あうん

「居酒屋・鶴さん」
「喫茶・コリン」
その店の話はこれまで書いてきたとおり

劇的な出会いがありました
情熱的な恋もしました
それに悲しい別れも経験しました

++

ねえ、ぼくと
ケッコンして欲しい

ダメなのわたしには
大好きな人がいるから

そんな会話があったわけではない
二人の間を 確かめようと僕はしないし
鶴さんは自分からも話しはじめようとはしなかった

月日は過ぎる
コツコツと音を立てるように刻まれてゆく時間の
その間に何度も逢う
話もしたし
お酒も飲んだ
夜の銀座を彷徨った
だが 何を話したのか 記憶にない

憶えていないって こんなことを言うのだ

多分ぼくたちは将来の夢の話をしたのだけど
大人たちが言うような記録なんか残ってない
楽し過ぎて日記にも書き留めていなかった

++

ぼくと鶴さんがケッコンしなかった訳は
誰も知らないのだけど
鶴さんとぼくは知っている

酒房・あうん

二人の間には 現実はなかった
夢しか見えてなかったのだろうか

すべては「あ・う・ん」なのだ
しゃぼんのようにふわりふわりと漂いながら
どこかに紛れて行ってしまう

その訳は誰も知らないけど
ぼくたちは知っていたのかもしれない

二人はお互いに
この国のどこかとどこかで暮らしていて
「酒房・あうん」で辛口の旨い酒を飲んだ時にだけ
幻の乾杯にこたえてくれるだろう

————————————————————————
居喫茶・コリン
居酒屋・鶴さん
酒房・あうん
カフェ・六角堂
古書・わはく

広告

休日には日記を書こう 小満篇

休日には日記を書こう 小満篇

六月一日から重松清の「ひこばえ」の連載が始まる

ちょこっとだけ期待をしている

五月二十日の新聞記事にインタビュー記事があった

🌱

少し離れて、重松さんは一家を見つめていた。「遺骨が真っ白できれいだなあと感じました。まいたそばから葉が落ち、虫が歩く。この瞬間から森の中に溶け込んでいる。風が吹けば飛び散り、雨が降れば地面に染みて溶けてなくなる。自然に溶けていく、というイメージを抱きました」

重松さん自身、2年前に父を亡くした。年に何度か岡山に帰郷して母を墓参に連れてゆく。「僕の中では、生きていたときよりも死んでからの方がおやじが身近になった。おやじという存在が僕のなかに溶けている感じがする。人が死んで形なきものになるとき、残された人の記憶に溶け、この世界に溶けていくんだと感じます」

🌱

重松さんは「溶けていく」と表現しているので、引き止められて切り抜いた

弔いがテーマになのだろう
わたしにはわたしなりのの考えがあるので静かに拝読する

🌱

人が死に生命が終わるとき
多くの記憶が薄れていき
やがては消えてしまう

カタチを持つものは
百年、一千年と面影を誘うように遺り続ける
しかし、果たして本質はどこまで正確に残存するのか

死んでしまうのだから
この世から消えてしまってもいいのだ
と思うこともある

魂が残ればいいではないか
という気持ちだろう

しかし、過去の多くの人は何かを残そうと苦心をしてきた
生前を敬い業績をたたえて
後世の人に偉業や意思を伝えようとしてきた

もしも「溶けていく」のならば
それは消えてしまうのか同化するのか
新しいものに姿を変えて「生まれ変わる」のだろう

🌱

(二十年舞絵に逝ってしまった父は)
たった六十六年しか生きなかったのだから一千年、五千年の歴史の中に何を刻むことができた(る)のだろうか

そんなことを考えると潔く影も形も記憶も足跡も残さずにドロンと消えてしまいたいと思う人も出てこよう
人の記憶の強さのようなものは、y=指数関数exp(1/2)の x 乗で減少を続けるのだろうと思った
つまり、死んだすぐ後は偉大さを振り返ってくれても
三代もあとになれば伝説の人となる

もっとも、この関数は五千年経ってもゼロにはならないことも意味していて

その点も重要で見過ごすわけではないのだが、ここでは深く考察はしない

🌱

科学技術の進化によりヒトの足跡を保存する技術も向上している
だから、千五百年とか二千年前の歴史的な遺品を解析し
現代から過去を想像するような作業は、後世では不要になってくるだろう

🌱

八嶋さんがFacebook でわたしの孫の写真を見て

「ちょうど一世代分の時間が過ぎたんですね。早いものです。
バイクに乗る機会がめっきり少なくなり、昨年バイクは
手放しました。近くのレンタルバイクで借りればいいと
思いましたが、バイクに乗りたい気持ちにならず、一度も
借りていません。
またその気になったらヘルメットとブーツを押入から
出します。」

と書いてくれた

わたしは以下のように返事を書いた

バイクに乗り続けることを硬い目で見つめるよりも
新しいことを次の世代に受け継ぐという観点で 
バイクがあった時代を伝承することは 
昔バイクツーリストであった人の責務だと思います
広義に 
旅がどうして私たちに必要だったのか
何かを実現するために旅という世界に足を踏み入れたその背景は何であったのか
この時代の幸せ 現実 逃避 などはどんな形で若者に夢を与えていたのか
そんなことを次の世代に受け継ぎたいと私は思います
バイクに乗り続けたいけど
新しく使命としたことも多くて 

うまく言えませんけどね。
また機会を見てこんな話を書きたいです
酒の肴にもならんけど

小満

小満になってもなかなか書き出さないので
ひとまずこの辺で放り出す
つづきは「秘伝」で

端午の節句に考える 立夏篇 (裏窓から )

三月のエクボを緩ます春の風

という つぶやき のメモに残し
どこにも人目につくところに
それを置いてこなかったことに
深い理由はなかったとは思うが

のちに 三月が暮れるときに

言い出しかねて
名曲がふぅーっと浮かぶ
今日が最後の登庁の日

と書き残しているところを振り返ると

自らの人生が「順風満帆」とは
決して言えなかった過去を
自戒を込めながらも許しているのである

もう いいじゃないか 許してやろう

そう言ってみたい夢のような自分の姿がある

死んでもわかってもらえんやろ
見渡せば八割以上があかんやろ

輝く人生の時
幸せだったとき
幸之助の言葉と人間
幸之助の遺したもの
会社が放ったパワハラ

そんな言葉のひとつひとつは
私にとって
安易には棄てられないものだったのだ

🌱

ラジオ番組から流れる『自由』をテーマにした街頭インタビューで
世の中の多くは『自由』を求めて生きているのがわかる

何者かによって束縛を受け
不自由であることに不満を抱き
やがて自由になって何かを実現することを夢見て
頑張っている人が多い

では いったい『自由』とは何であろうか
そういうことを考えてみる

🌱

はて私は
いったい何を求めているのか

わたしは「自由」だろうか
ここでいう「自由」とは何であるのか
そんな自問が生まれてきたのだった

(つづく)