続・旅とはそもそも(2)- バイクでゆく 立秋篇 裏窓から

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🌱🌱 旅とはそもそも(2)- バイクでゆく

バイクを買いました
新入社員のころです

休みが続くと旅に行きたくて
紀州の山の中を彷徨うように走り回ったりしたのですが

秋の連休に

仕事の束縛(休日出勤ですね)に反発するように
出勤明けの日に信州に向けて飛び出しました

地図を持たないあてのない旅でした

宿の予約もしませんでしたし
そのあとの行き先も決めていませんでした

もっと言えば
信州とはどんなところかも知らないままだった

卒業の間際に友だちの車で
麦草峠を越えて
蓼科や別所温泉に入ったりしながら
諏訪の街並みも楽しんできたことがありました

あのころに考えていた旅とは
ふらっと出かけるものだったのです

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🌱🌱  旅とはそもそも(3)- 筋書きのないもの

旅に
用意周到な計画などなかった

天気を予測することも(ネット情報も)なかった
オススメのガイドブックのようなものは無縁だった
(あれはお金持ちの人が行く優雅な旅のためのものだった)

高速道路を利用するお金はケチった
(そもそも高速道路もそれほどなかった)

貧乏旅であったので野宿もした

ユースホステルも利用した

ビジネスホテルは贅沢だった

誰かが行って良かった評判も大事だったが

地図を見てココに行ってみたいという衝動が大事だった

鄙びた温泉は大きな魅力だった

安くて美味しいご当地の料理(B級グルメ)を求めて走った

人里を離れた寂しい峠をひっそりと越えて昔の旅人の足跡を偲んだ

山村の道端の人とお尻が冷たくなるほど長く座り込んで話すこともあった

バイクを止めてそばに偶然止まったライダーと話し込んだ

女性ライダーも気さくな子が多く長々と話し込むことが多かった

総じてみんな気安く声かけあって楽しく語らった

YHの談話室では
「私たちも仲間に入れてください」
といって話に加わってくる子がたくさんあった

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旅とはそもそも ─ あのころのバイクの旅とはいったい何だったのか 秋分篇 裏窓から

振り返っている時間が時々ある
このごろ

だが
懐かしむわけではない

そういう足跡を振り返ってそれがどのようなものによってもたらされたのかを考えると人生がとても不思議に思える一方で必然にも思える

サドンデス(sudden death)を想像する年齢になってきたから
ひとつの区切りで何か纏めておこうという気持ちがあるのか

sudden death いずれそのうち触れていきたい

まずは

旅とはそもそも
を考えているので 引用してから

続く

夏の終わりに考える  白露篇 (裏窓から)

夏の終わりに考える

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受け継ぐ
語らう
耳を傾ける

これまで受け継ぐというキーワードで思いつくことを書いてきた

そのきっかけになったことがある
最近では新聞や雑誌でもテーマにすることが多い
葬儀やお墓のことが引き金だった

身近でも自分が当人になることが一番に確率高そうだから
一般論としてその考えを整理しておかねばいけないだろう

残された人はご先祖や親のことなどを
昔ほどにも大事にしない社会に変化してきている

死んだら終わりという思想もあろう
魂や霊など現代物理学では今のところ証明もできない
墓などを作れば始末に困るだろう
参らされる人の身にもならねばならない
死んであの世でもう一度再会する保証などない

あの世のことを言い始めたら
二十一世紀の人類(ヒト)のおおよそが
あの世の実在性など認めないだろう

科学技術の進歩や情報化社会が社会通年を大きく変化させてきた

脳みそであるとか
そのずっと奥に潜んでいるヒトの心の構え方や拠り所までもを
変化させてしまった

いや
大昔からこういったことは変化しているのだけど
その速さを大きく加速させたと言った方が正しい

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今の時代に亡くなった人の命を弔うモノは
間違いなく五百年や千年の後になったら形として何一つ残っていないだろう

形を残すことが人間の矜持のように大切だった歴史上の時代は
もうすっかりと消え失せているように思う

心は荒れ果てたわけでもないが
命が消えたらそこでお終いで
先祖を弔う、供養する、祀るなどという式は
確実に消滅してゆくだろう

もはやその準備は整いつつあるのではないか

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墓は作らない
骨は散骨する
葬式は行わない

そういったことに異論は無い
だがしかし、その先が大切なのだ

血脈を辿る先祖がどんな偉大な
または愚かな歴史を刻んできたのか

現在の自分の中に流れる血潮の色は誰が作ったのか

それを忘れたり、軽んじたり
将又
その偉大さや足跡を理解できないままで受け継ぐことを怠ってはいけない

墓が、形を変えて消滅しても
昔から果たしてきた墓の果たして来た役割は譲れない
大切なことはそのあたりにある

どこまで心を伝えることができるのだろうか

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新しい時代には新しい考えが存在する
それが進化したものであるとは断言できないし、しない

時代はスパイラルに進化もすれば逆戻りもする
情報化が大きく進化したのは確かだが
文明が進化したとは言い切れない

だから
その点を現代から未来へと生きていく人へ伝えたい

ただ
未来にある幸せが
ほんとうは不幸せであるのかもしれないのだが
それは誰にも判定できない、断定もできない