新年 雑考 そのII ─ 元日篇 (裏窓から)

そんなことをあれこれ考えて
正月を普段通りに過ごしている


平成最後の元旦に考える

人生は第四コーナーから……などと定年のころに自分を回顧しながら言ってみた
あれからまだ一年も経たないが、自分の大したことのなかったこれまでに(人生に)
一区切りをつけて残り少ない人生を悠々と歩み始めていたかどうか

静かに考えてみるとやはり長い年月の突進する勢いからスピンアウトしきれていないのではないかと思う

人生を振り返りながら「第1コーナー」とか「第4コーナー」などと書いて見たのだが
別の書き方であれば始まりを<序>として次から順に<起><承><転><結>の章ともいってよかろう

では
ちゃんと「起・承・転・結」な時代を踏み固めながら人生を送ってきたのか

🍀

昭和から平成に変わってゆくころ
わたしは「承」の章から「転」の章へと駆けていた
子どもが生まれて家族は一つの目標へと必死で向かっている時期だった
迷うこともなく、日々の暮らしは幸せに満ちていてそれをエネルギーにして突き進もうとしている
むかしに夢に描いたように仕事と向き合い豊かさを力にして幸せを追いかけている姿があった

だがそんなふうに生きる中で私は自分が飛べない鳥であることを認めなくてはならないことも気付き始めていた
本来ならば助走を終えて天高く飛び立つところだ
しかし、磨き抜かれた才能を纏いつつ勇敢に飛んでゆく鳥たちの集団にまみれて私はそれほど飛べる才能を持っていない

つまり、身の回りでは大きく出世をしたり成功をする先輩や同僚の声が騒々しかったのだが
自分も飛び立とうと思い切ってみたところで、それは魔法の掛け声のようなものだったのだ

🍀

1から2へと、2から3へと、そして3から4へと跳ぶ「転の章」では自分も飛び立とうと思い切ってみてもそれは魔法の掛け声のようなものだったのだ

力不足だったのだ
もともと才能もないのに錯覚のようにいい気になっていたのだから救えない

上司の一人だった人の「一度地獄へ落ちてみるといいわ」という言葉が頭の中で響いた

🍀

わたしはここまで生きてきました
と歌うフォークソングが頭の中でリフレインをした
どん底の暮らしも見た
そんな世界も経験した

どう変えたところで一朝一夕で別人になれるものでもなかろう
善人にもなれないし
世の中のお役に立てるような奇特な者にもなれまい

意地を張らず
見栄を張らず
迷惑もかけず
愚言を慎んで

いきてゆこう

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今年も「裏窓から」をよろしく ─ 元日篇

暮れてゆく大晦日に考えていたこと


30日

人生というドラマにスポットライトなどなかった

(わたしの)
人生というドラマに
スポットライトなど
なかった
いや
スポットライトなど
不要だったというのが
正しいのだろう
静かに暮れ行く
平成最後の師走に
静かにあらゆることを
振り返ろう

🍃

波乱万丈ではなかった
とりわけ幸せでもなかった
自分の思い通りに生きてきたのだが
悔しい思いもしたこともあった
でもそんな気持ちも時間とともに諦めに蝕まれ
激しく憎んでも許されるほどの裏切りに
何度も遭遇しながらも
その憤怒さえも投げやるところもなく
心の奥で磨り潰すように失って行ったのであった

🍃

もういまさらそんなことで心を乱すよりも
真っ当で綺麗な気持ちで
これからの希望を見つめながら
人生を締め括っていきたいと思う
終幕を引く時間がどれほどの月日となるのか
予測などできないけれど
暇がかかればアンコールのチャンスが来たと思えばいいし
間に合わなければ泣いて済ませるしかない


31日

平成最後の大晦日に考える

きのうから
いや
今年の暮れあたりから
生き方について考えることが増えている

🌱

世の中には いろんな生き方があって
ドラマのような生き方の人もあれば
教科書のような生き方もある
自分が幸せを目指したのであれば
その描いた姿と生きて来た姿を照らし合わせて
幸せの満足度を決めるのかもしれない
そこに豊かさなども覆いかぶさって
複雑になってくる足跡の回顧を
記憶という極めて人間的であるヒトの特徴がフィルタリングすることで
その演算曲線を指数関数的に重みつけてしまう
つまり
今幸せであれば
過去は許してしまうこともありうる
というような心理があるのではないでしょうか

🌱

いま
幸せですか
それを問われたときに
どこまで自信を持って
勢いよくハイと言えるか

 

元旦

元日に考える

(考え中:あとで)