夢を食べる虫 (番外・雑文)


遺す言葉 - 4  その4 (夢を食べる虫)

本章は題記の内容から掛け離れるためシリーズから外してきました。

しかしながら、このように一時たりとも考えた時期があったことを記録するために「夢を食べる虫」としてここに別冊として残します。


◆ 夢を食べる虫

94/01/29-

夢を食べる虫–はじめに–

倉持さんに就職の話をし始めてみると、さまざまな連想が起こりました。それは内省的なものが多く、自分の歩んできた道を省みて一喜一憂をするもので した。冷静にみるとかなり不平不満が多いようですので、つまりは私のような人生を歩んではいけないと云う示唆なのかなと苦笑いをしています。毎度愚痴ばか りを書いては恥ずかしい限りなので気をつけて書いて行きたいと思います。こんな愚痴も諸先輩方の厳しい顔色を思い浮かべると尻ごみします。しかし、手厳し い意見も聞ければ幸いです。特に、人間(私)の本質をさらけ出す部分があったら、厳しくご意見を頂けますようお願いします。思いつくまま書いて行きますか ら脈絡のないものになりましょうがお許し下さい。

10年を超えて社会人をしていますと、大小の差異はあれど何らかの事件に遭遇しています。事件と言うと悪事の様なイメージを与えますがそうではな く、出来事程度に思って頂いてよろしいかと思います。図らずもそういう事件は人生の中で案外節目になっていたりします。おそらくどんな方でも、結婚、子供 の誕生(仕事の)成功、転職(転勤)、などがあるのではないでしょうか。そういう時々に皆さん方も夢を見たり、現実を見つめざるを得なかったり、至上の喜 びを分かちあえたりしていると思います。

たかが10余年ですが、感じてきたことを書いてみたいと思います。哲学も存在しない、只の「ひねくれ者」「変人」である私の回想の始まりになってし まいそうですね。それから、資料を調査して出来る限り正確に書けたら良いのですが、実は面倒なので、さぼることも多いと思います。必要があれば聞いて下さ れば調査をするとか資料を探すとかをしてみたいと思います。また、資料等で常識的に公開できない内容を登場させるときはフィクションにすることになると思 います。その時はその旨を断ります。


夢を食べる虫–成人式の頃–成人式の頃、私はどん底にいました。

一年生時にまったく勉強しなかったツケが回ってきて、三年になるための単位が全然足りませんでした。私は自分の殻を作ってしまう性格で、めでたくも 入学したこの大学が嫌いで仕方がありませんでした。逃げだそうとばかり考え勉強はちっともしなかった。(そのくせ、トップで入学したという自信を持ってい た、アホですね)当然、二年の後期の試験も明るい題材はまったくなく、勉強をするどころか、何をしたらいいのかわからず途方に暮れていました。(この表現 が適切です)同期に入学した連中は先に進級していこうという中で、精神的にもかなり参ったものを感じていたと思います。

成人式の皆さんが街を歩いているのを見かけた1/15は非常に複雑な気分でした。あの時、あの時期の私には、浮かれた気持ちなどこれっぽっちも持て なかった。しかし今は、社会にも貢献できる職につけ、本音をいえば家族も和気靄々と、社会的にも恥ずかしくない生活は送れていると思っています。

それは、私がM電器産業株式会社の社員で、一定の収入が保障され、休日も定期的にあり、社会的にも恥ずかしくない(この表現には抵抗がありますが)ためでしょう。あの時には苦渋をなめましたが、今こうして話が出来るのも会社のおかげでしょうね。

若者が安定した会社を目指すのは昔も今も同じで、「収入」を得て、「地位」を得て、「名誉」を得ることなのでしょう。「「地位」「名誉」「お金」の 三つ共を得るのは無理なことで、このうち二つを得られれば十分」と言ったのはタレントの萩本欣一さんです。私はこの人の謙虚なところが好きです。

しかし、現実には「地位」「名誉」「お金」を得るために「優良企業」を目指している方々が多いのではないでしょうか。その時に「個性」を犠牲にして いる人も多いようです。私たち一人一人はみんな「人格」を持っていて「個性」を持っています。会社はそれを活かしてくれるとは限りません。むしろ、殺して しまっている。

近ごろは会社側も気がついているようで、【個を結び、個を活かす】(M電産)なんていう年間用語を挙げているところもあります。

そう言う会社ほどそれが守れていなくて滑稽だと我がオ社時代の同僚は笑い飛ばしました。まさにそのようです。


夢を食べる虫–沈丁花–私が二十歳の時の新聞記事のことを書きます。

70歳を超えた老人の方の投稿でした。

「進級試験の結果を見に行く途中で沈丁花の花の匂いを嗅いだらだめ」というジンクスがあって、自分もその匂いを嗅いだ。案の定、原級留置の処置を食 らった。今は留年などという優しい言葉で表現するが、当時は「落第」と言った。しかし、友人は人の二倍もできて今となっては良い思い出である。そんな記事 でした。(朝日新聞・地方版で読みました)

私も「落第」経験者で、デキは今でも良くないのですが、思い出だけは何故かたくさんあります。(しかし、それも日記を繰らないと思い出せなくなってきているのが残念です)

私は貧乏な田舎の農家の長男でしたから、親は自分の無学を省み私を東京に出してくれたのだと思います。意に反して、私は勉強をしなかった。「才能な ど無いのに都会に出てまで勉強など、身分不相応なことをしようとしたのが良くなかったな、帰ってくるか」と親父に言われると余計に帰れなかった。何故か、 意地を通した5年間でした。

学問に接するチャンスを与えてくれた親父は田舎の農家の跡継ぎで、自分なりに工夫をして考えて自然の中で暮らしています。その姿のありのままを私は 見ていました。松茸を採りに山に入って両手に抱きかかえて帰ってくる姿。タラの芽を摘みにいって根こそぎ採らないで、次の人のために(後から登ってくる人 のために)残し自分に必要な分だけ採る事を教えてくれたこと。お風呂で燃やす薪を拾いに山に行って、木の名前を順番に教えてくれた。驚く私に、鳴き声を聴 いて鳥の名も教えてくれたこと。

別に、学問を多く受ける必要はないなと感じました。「何の為に学ぶのか」はまたあとで考えてみたいと思いますが、こうして自然の中で「生きて」「生かされ」ている姿に「共感」をして田舎に移り住む人も多いのではないでしょうか。

工学を専攻することに優越感を持った時期があります。(例えば、なんや農学部か…などと云う訳です)しかし、学問に優劣があるわけではない。さらに、学士号が重要であるわけでもない。大学を出ることが大事ではないのだ、ということはずっと後になって気が付くのですが。

沈丁花の花の香りから話がそれました。二十歳の頃は、自問自答の毎日でした。何故、工学部なのか、電気通信なのか。文学ではいけないのか。大学と就職は延長線上に存在するべきか。高貴な学問は農家の、農業を継ぐ人間には不要か、などなど、色々なことを考えました。

結論は出ませんが、今はある程度まとまった考えを持っています。ただ、他人様に(うちのんなどに)話しても理解してもらえないようです。現実的じゃないんだそうです。しかし、そう言われる私も、自分ではものすごく現実を見つめていると思っています。

まとまりの無い話になりましたが、「沈丁花を庭に植えようかな」と考えるのも今の季節です。庭に出てふと息を抜ける時間です。

仕事のことばかり考えて、責任感という言葉の下(もと)にモーレツに働く人。そう言う人を見ていると、「あなた何のために生きているの」と聞きたく なる。バリバリと働くのは結構ですが「地位」「財産」「名誉」を得るためだけに学び就職をするのならやめましょうと言いたい。夢がないじゃないですか。 あったとしても儚(はかな)すぎる。

いいえ、私は、皆さんが何のために働いて、何を夢に持っているのか。人生80年、睡眠時間を7時間として20年は眠っています。その残りを有意義に活かすために何をしようとしているのか。

悪言、辛辣、独尊なメッセージを書いていきます。反論や質問を待っています。


夢を食べる虫–学歴–成績や出身大学に会社がこだわる理由。私たちは成績という得体の知れないものと永年つきあいをしてきました。特に、ある時期か らは偏差値という、き わめて数学的で理屈に乗っ取った物差し(メジャー)まで登場します。今の高校生を代表とする学生諸君は、大学や人間を(大げさに云えば)この偏差値で評価 しています。「良くできる人」=「高い値を持っている」という訳です。

成績が良いことは優良企業に進むための条件です。(これを書いていて「優良企業」と惜しげもなく書けるほどに神経が「麻痺」してきました)何故なら ば、会社はいわゆる「優秀な成績の学生を採用しておけば当たり外れがないから」です。M社の私が所属する部署や近接の部門でもそういうことが多く見受けら れます。

できの良い子は順応性も高く「YESマン」として会社にとけ込み、会社の思う様になってくれ易い。しかも、当然、出世も早いので個人に取っても何の 問題もありません。M社の私の事業部界隈では、国立大学出身の人が多い様に思います。統計データは人事が良く知っているはずですが、身近な人と話している レベルでは、特に地方の国立大学出身者が多いと思います。それにも根拠がありそうです。それは、国立大学出身者は一定レベルの実力は持っており、ある程度 は応用力があり、まじめな子が多く、あか抜けせず勤勉である。ちょっと悪言が過ぎましたか。

ただ、ひとつだけ云えるのは、確実に成長を続ける必要のある会社(M社)であるからこそ、そういう人たちを採用し会社を増殖し、筋書き通り成長して来たのだと思います。

しかし、必ずしも成績が良かった人が優秀な業績を残せているとは限らないようです。阪大卒や東北大卒の同僚(主任職、歳はかなり上)がいましたが、残念ながら私の隣席の高校卒の係長は、彼等のことを陰でケチョケチョンに非難します。

私には学校出如何に関係なく(大学出の)彼等の方が、見識も広く問題解決力も高く、人格も気高いものを感じますが、しかし、会社は私の視点とは正反 対の様です。「成績が良ければ万事難無し」「学歴があれば出世間違い無し」ということでもなさそうです。私も御他聞に漏れず落ちこぼれの道を歩んでいるよ うです。

数多くの先生方が書いて下さった推薦状を持って面接に望んだ「おかげ」で成績の良くない私の様な人間でもオ社が採用してくれました。当時の上司は自分の採用した出来の悪い新入社員をいつまでもかわいがってくれて面倒を見てくれました。

大学で勉強をしてなくて会社では困りましたが、会社は意外と暖かく面倒を見て(それなりの仕事しかくれませんから)遅い(出世)街道を少しづつ歩んで行くことになった訳です。


夢を食べる虫–師匠のこと–師匠となった人について書きます。私に大きな影響を与えた人はたくさんいます。その人たちは今でも尊敬する人で、巡り会 えて良かったと思います。そ の人達の素晴らしさの本随は、今でも何も理解していないかも知れません。でも、その方に出会わなければ、私は又違った人生を歩んでいただろうと思う人がい ます。師匠と呼べる人に幾人か登場して頂きます。

まず、守屋先生。何を語られたのか、何を話したか、実は、忘れてしまいましたが、時々ポツリと口をついて出る人生論(本人は普通に話しているだけだ ろうと思いますが)が良かった。影響を受けました。話をなさるときの姿が控えめで、にこやかなところが好きです。部屋にひきこもって研究に没頭されている 姿にこそ影響を受けたのでしょう。

平松先生にも影響を受けました。輪講や研究室のミーティングにもあまり顔を出されては居ませんでしたが、カリスマ性をお持ちの先生ですね。例により 私は講義をさぼり気味でしたが、身近に感じる教授でした。学生時代は、まだこちらが未熟でしたから、先生のその味がわかっていなかった傾向が強いですね。 素晴らしいことに気が付くだけの実力があればもっと違った研究(*1)が出来たと反省します。

(*1:研究と呼ぶには恥ずかしいことしかしてませんよね、学部学生ってまだまだ遊びです。しかし、そういう段階を経て一人前の研究者になって行く のだと思います。もし、企業で数年やってから戻ってきたら、マスターやドクターの方に負けないような、研究が出来ると確信します。)

会社に入ってからの私の師匠はオ社の社長(’87当時)をしていたYさんでした。オ社の中研にいた人で、今では年賀や節気の挨拶程度の交流しかありませんが、鮮烈に心に残るものを与えてくれました。


超一流を目指せ!

世界初、日本初と呼べることを目指せ!

が口癖でした。その意味が今になってやっとわかり始めました。技術者のロマンは、人のやらないことを(自分が)やることである。世界で最初に技術を送り出す喜びを知ること。

入社の面接の時に、私の落第経験の履歴を見て–ー学校でなんかで遊んでないで、もう一年早く私の所に来ていれば良かったのにといって私をえらく 買ってくれました。結婚する時も社長直属の部署にいたので彼が–ー俺も結婚式に呼べよ!と言うんです。困りました。会社の人は呼ぶ予定にしてませんでし たから。そしたら、名刺の裏にメッセージを書いて、渡してくれました。今思うと呼べば良かった。飲み会があるといつも最後まで二人は一緒に飲み歩いてい た。グイグイと引っ張っていくタイプの人です。悪評判や非難は多いようですが、電子血圧計や電子体温計をモノにして世に認識してもらえるようにしたのは彼 がボスとしてやっていた研究所の連中の業績です。私もそう言うドラマを見てきた一人です。

師匠を呼べる人はまだまだたくさんいます。機会があったら、こういう方々をひとりずつ紹介していきたい。


夢を食べる虫–推薦状–

今日は推薦状について。

話は前後しますが、推薦状のことに少し触れます。一応、成績の悪い私でも推薦状は書いてもらえました。優秀な成績の皆さんとは違って学校の推薦状で はなく先生個人の書いて下さる物で、失礼な言い方かも知れませんがほとんど定式化したフォーマットではなかったのでしょうか。当時のC課の学科長だった樋 口先生と特研でお世話になった平松先生、防衛医大でお世話になった菊地先生の三人に書いて頂いた封書を胸に面接に臨みました。菊地先生に推薦状をお願いに 行ったら、心安く引き受けて頂きました。「下書きを書いて持って来て下さい」とおっっしゃいました。悪い自分を一生懸命に良くみせようと苦心して文章を考 えた記憶があります。

教授にお願いに行った時のこと。樋口先生に就職の相談に行った時のことです。私の就職希望先は第一に日経マグロヒルであるのをみて「無理だから他を考えなさい、あそこは学者の人がゴロゴロいますよ」と言われた。つまりは「推薦なんかできないよ」ということだったんですね。

後悔をしても始まりませんが、技術者というのは、技術の会社に行って技術部門で業績を挙げるのが一番いいと思っておられる方もも多いようです。 ジャーナリズム、報道関係の名を出すとあまりいい顔はされません。無理を言ってでも推薦状をもらって(つまりは公に)そういう企業の試験を受ければ良かっ たな、と後悔したこともありました。まあ、こういう会社は実力主義でしょうから先にも出てきた「成績」が大きくものを言うのかも知れませんが。

学生さんは推薦状と言って騒ぎますが、こんな話も聞いたことがあります。–ー「どうしてもわが社に入りたければ、社内の人の推薦を持ってきなさ い」といわれた子がいたそうです。その子には推薦状などの宛(あて)などまったくありませんでした。そこで、その会社の玄関で毎朝、登社してくる方に、頭 を下げたそうな。見るに見かねた重役さんが推薦を買って出てめでたく合格となったそうな。「情熱」が必要なんでしょうね。私が社長だったらとにかく採用し てみますね。


夢を食べる虫–余話–いきなり余話になってしまいます。ハハハ。

私のいる事業部の技術部にも毎年何人かの新人が配属されます。大卒の人は長い研修を終えて、今年は1月中旬にやって来ました。工場や営業で研修を受けてくるようですが、中研に配属を受ける人も同じ様ですね。古い慣習はやめればいいのに、と思います。

事業部に来た子達は工場実習や営業実習を受けてたくましくなって、私からみれば製造業の現実を見せつけて精神までもM社イズムさせているようにも見えます。ともあれ、彼らは決して有名大学でもありません。

福岡大学、福岡工業大学、九州大学、広島電機大学、摂南大学、立命館大学、同志社大学、関西大学、信州大学、金沢大学、山形大学、早稲田大学…など が近年入社した身近な子の母校です。地方の事業部の工場の、すぐ上流にある部門には、区別して(序列の低い大学出身者を)配属している様にもみえるし、い やいやそうではなく何の学閥・区別もなく配属しているようにも思える。しかし、古い人まで遡ると「地方の国立大学」の出身者が多い。阪大、九州大、九州工 大、熊本大、東北大、神戸大、山形大、島根大鳥取大、東京工大、山形大。(大学名を書きましたが、総じて云えば、M社というところは「出身大学」の話を余 りしませんね。こだわっている人も少ないのかも知れません)

私の推測では、絶対卒業者人数の少ない国立を選んで採っているのは、「あたりさわりのなきように」の意志があると思います。そのツケが回ってきて個性のない人間が多くなった。

私立出身の古い人は、馬鹿でも「俺は大学に行くんだ」というような「進取の気性」の持ち主が多く、企業でも活躍しています。電大OBもそういう部類 の人が多いと思います。「何かをやってやろう」なんて思って今の学生が思っていますか?偏見かも知れませんが昔の国立出身者は頭脳は普通なので大学に行か なきゃもったいない。。。そんな感じ。私学生はぼっちゃん半分の代わりに大志を抱いた人半分でしょうね。

事業部に配属されてくる子で、入社面接時から暗黙で配属を決めてある子もいるようです(私の推測)。決してデキが良いわけでもなく、有名大学でもな いのに入社してきているのは、「教授のコネ」か「学校の強い糸」があるのか「アテウマ」か「然るべき部署への配属予定者」か。掘り出しモノを狙っているの か、育てる意志や自信を持ってのことか。

もし、成績の悪い人でM社に来たくて地方の工場でも構わないと思っている人がいたら会社訪問に行って探りを入れてみてはいかがでしょう。私も協力で きることがあったらします。まあ、そんな遊びのようなことして会社を決めている暇は学生さんにはないのかな。やりようによっては、学校の推薦など無くても 何とかなるぞ!


夢を食べる虫–学歴–

ダラダラと書き始めましたが話の内容がつまらなくなって行くので辞めようかなと迷っていたところです。しかし、学歴のことには関心を持っている人も 多いだろうと思い大学名を実名で書きました。学歴、学閥主義(?)を助長しているかのようですが、そういうつもりではありません。

実際に私の会社では出身大学を語ったり気にしたりする人は(表面上では)凄く稀です。会社内の技術誌(「NEC技報」の様なものです)の執筆者(研 究者)のプロフィールは「**年入社後…」と始まります。学歴さえ書いてない。これは、松下幸之助が中学卒から努力で築き上げた会社の意地でもあるのかな と想像しています。

私の場合は平気で「出身校は?…」と挨拶代わりに聞きます。別にそれで人を評価しようなんて考えたこともありません。むしろ、その大学の個性や良いところを聞き出して、既成概念を排除するように努めています。

もう少し書き続けます

私は、このシリーズで技術とは…技術者の仕事とは…などに触れていきたいと思っています。仕事は何か。働くとはどういうことか。そんなことを交えて 考えてみて自分なりに考えてみたいと思っています。しかし、まとめられるかどうかはわかりません。皆さんからも技術とは…技術者の仕事とは…仕事とは…働 くとは…などそれぞれの言葉から連想することなど話を聞かせていただけましたら幸いです。


夢を食べる虫–面接–

まだ卒業さえも確実にはなっていない私も就職の試験を受ける必要がありました。どういうことが聞かれるのか。会社は何を求めているのか。

私に話せることは「メディカルエンジニアリングという部門で、世にない新しいことの発見を出来るような仕事がしたい」ということでした。しかし「情 熱だけはあります。やる気だけはあります」と連呼する自信はなかった。自分の興味の続く中、疑問に対して対座することです。私にはその程度の思いしかあり ませんでした。

いよいよ面接となります。先にも書いたように「(予備校や)学校でなんかで遊んでないで、もう一年早く私の所に来ていれば良かったのに」と言われた 時に、それを素直に受け取りました。大学時代は悩んだこともあって、将来の道を考え足踏みをしてしまっていた私は、会社に対して引け目がありました。足踏 みの(落第の)理由もそのまま話しました。そしたら、社長が「もう一年早く・・・・」の話をなさったのを聞いて新しい視点に出会った思いでした。

転職の時にもう一度面接を受ける機会がありました。業績を聞かれました。あの時は自分の言動に100%自信を持っていました。自分の経歴、実績を自 信を持って話しました。転職先の会社(電産本社)の悪口も言ったかも知れません。M社がソニーに(技術的に)遅れを取っているAV部門の売上を伸ばした い、シェアーを取りたいと思っているときに、3年ほどM社のビデオ事業部と付き合ってきて思った悪口のひとつも言って、こうしたら良くなりますなどと言っ たらドキッとしたのではないでしょうか。まあ、単純に使えると思ってもらえたのかも知れませんが、話をして如何に強い印象を与えるかは大切なことの様で す。


夢を食べる虫–仕事(1)–

別に大層に書き立てることでもないのかも知れません。私の場合は成績相応の会社に入ったかな、とも思います。余りプライベートなことを書いても面白くも何ともないので控える必要があるでしょうが、こんな会社もあるよ、程度に読んで下さい。

私が始めて勤めた会社は、アカデミックな基礎部門(生化学系)と電気系、機構系、ソフト系に分かれていました。私が配属されたのは、基礎研究グルー プの生化学研究室で、バイオセンサーを開発している部署でした。やりたい仕事というのは人それぞれ違いますから一概にはいえませんが、基礎的な仕事に私は 魅力を感じておりましたので、研究開発要素の高いバイオセンサーの応用機器への配属は嬉しかった。何よりも国内で先駆けて研究をしていることがある種の誇 りでした。実際には、乳酸測定装置(ラクテートアナライザー)のプロトタイプの性能確認実験やマイコンソフトに関係しました。この時に痛切に感じたことが あります。

大学と会社の技術のギャップは大きい場合もあって、素人の私にマイコンのプログラムを書けと言われてもどうして良いやらの日が過ぎました。知ってい るレベルのことで事を済ませますから遊びに終わってしまった。やはり十分に勉強をして成績が良いと胸張れるレベルに至っていれば理解も早く、成功していた かも知れません。とは言っても、学生時代に学ぶことは何も実戦的でなくても良いと思います。何故なら、実戦的な話や指導は企業のノウハウも含めて実務に着 いてから十分に得られます。また、勉強も大事ですが、取り組み姿勢も重要な要素です。仕事に対してどういうスタンスで取り組むかということです。

アカデミックな基礎研究部門にいきたいと考えている人が多いでしょう。しかし、大学に残って研究するにも、意外と大学に魅力が少なくなっているので はないでしょうか。残る人の個性も今と昔では随分と変わってきていて、研究室のカラーにも変化が出ていると思います。大学の研究室より企業の研究部門の方 が、お金(研究費)を沢山持っている所も多いのではないでしょうか。私の前の会社の場合(数年前で)、研究費用として一人あたり400万~500万位の計 算になりました。(そんな会話を課長とした記憶がある)自分が何をやりたいか次第では、企業の研究部門の方が楽しいかも知れません。

つまり、測定装置などは無駄な物も無い代わりにそれほど不満もないのです。経営がかかっていますから、お尻に火が着くこともあるでしょう。適度な緊張があって、いづれそれが世に出ていく時が来れば格別の喜びを味わえるのではないでしょうか。


夢を食べる虫–仕事(2)–

技術屋さんとして就職する場合、必ずしもアカデミックな部門(内容)ばかりではありません。どういう意味かというと、研究開発要素より設計要素の面 が大きくなってくると、実際に市場(社会)に出てからのことも考えなくてはならないし、営業戦略からの束縛も受けます。しかもそれが大量生産される製品で あれば、造り込みに関しての高品質設計の雑用要素が高く付きまとい、さらに工場部門に近くなればなるほど泥臭い「力仕事」が多くなってくるのではないで しょうか。設計部門に在籍の方はうなずいているのがよくわかります。

実は、そう感じたのは今の会社に来てからのことです。コスト・品質・物造り・納期という言葉は日常生活用語になっています。現在のような不況時に、製造業に就職した人たちで最も忙しくしているのがこの「設計屋」さんです。

企画–→開発–→設計–→生産–→営業

という流れで商品開発は進んでいきます。

今、設計屋さんが頑張っている会社は不況が終わったら強い!はずです。あの「グリコ社長誘拐事件」を考えてみましょう。事件で商品が売れなくなっ た。しかし、商品が売れない間、技術部門は新商品開発に打ち込んでいた訳です。まあ当然のことですが、開発設計屋さんとはそんな地味な仕事です。

設計屋さんには学術的な見識(技術力)の他に折衝力や洞察力、協調性、経営センス、バイタリティーなど、さらには神経質な面と大ざっぱな面、自信、劣等感、ポリシー、体力、ETCが必要になってくると思います。

人それぞれ持ち味があって、何が自分に合っているかは自分での判断は困難かも知れません。何も工場の設計屋が低レベルなこともないし、中央研究所の 人が高尚でもないでしょう。設計屋には設計屋のセンスが必要ですから。(しかし…という私見もありますが、いずれ機会があった時にでも)

自分のやりたいことは明確にして仕事に挑むことは大事でしょう。「好きこそものの上手なれ」と言います。製造業界への就職が敬遠されている様です。 私が、もう一度勉強して就職する時、同じ会社は選ばない(製造業を選ばない)と思いながらこんな事を書いたら叱られそうですが、研究開発畑を歩みたい人な ら、企業ならM社の中央研究所やオ社の中央研究所へ進んでも(もちろんどこのメーカーでもいいのです)希望はかなえられるのではないでしょうか。つまりは 電機メーカに面接に行った時には、はっきりと研究所を希望する。「そうでないなら不採用でけっこうです」とまで言うのが良いだろうな。

ひとつの視点ですが、製造業を離れ、別の業界に就職するいうことは、研究開発を目指す人が「夢を棄てる」ことにもつながり兼ねません。H2のロケッ トを開発する方々も夢を追っていた訳ですし…(実際には、サービス業の職に着いておられる方も多いので弁解をしますが、技術の研究開発業務だけが素晴らし いとは言っていませんよ)

今の学生さんが夢を追わなくなったとまで言ったら悪言が辛辣過ぎますが、私見として、かなえられる限り製造業の研究所の方が面白いのではないか、と今(94。2。10現在)思っています。

我が事業部に配属されてくる大卒の連中を見てると、自分の意志が無いように見えます。「これがやりたい」ってのを持っていない。「大きな会社なら何 でも良い」と思っているのかな。会社の言いなりになって働くなんて私には苦痛に思えるが。。。(まさか、成績が良かった人から順番に決まったので。。。な んてのはないと思うが)

給料が良くって休みが多いのがいいのか。どうも「仕事なんてこんなもんだ」と思ってよその会社を知ら無さ過ぎると思います。(ひどい人なんか、M社 は他の会社より休みが多いと思っている人が多い。まあ、会社にカリスマ性があると言ってしまえばそれまでですが、私は未だにこの会社の嫌いなところがある ので)

仕事って何だろう。技術者の夢って何か…。それは、これからまだ考えていきたい大きなテーマなんです。


夢を食べる虫–やりがい–

仕事を成就したときの喜びには大きいものがあります。反面、大学や就職で一流を目指して頑張ってきた人は、それを終えたとき「脱力感」に見舞われる ことがあります。それは一定のカリキュラムで勉強をさせられてきた人たちの多かれ少なかれが味わう感覚でしょう。いわゆる五月病です。

そう言う人は、元来、大学入学や一流企業への就職が目的ではなかったはずです。どこかで錯誤が起こっている訳です。例えば「就職に困らないから技術畑の学問を学ぶ」というのはまったく個人や個性、夢を無視した話です。

就職をしたらエンドレスの目標が待っています。工学部出身の大多数の方は、技術部門に進み「技術開発」に携わることになると思います。(営業畑に進 むのを決して否定していません、誤解の無い様に)開発に終わりはありません。「超一流」の技術力を身に付け、「世界初」の技術を目指し、技術屋のこだわり を持って頑固にそれを守り、また新しい技術にも目を向ける。時には営業部門や製造部門に対しても「頑固」に技術にこだわる。

自分の開発した技術が学会で発表されるのが生きがいの方もあれば、商品として広告になるのが嬉しい人もあるでしょう。大きなプラントなどを設計している人は、完成の後の社会への貢献などもやりがいではないでしょうか。

ライフサイエンス研究所にいた時の新入社員でこう言った子がいました。

—-私は子供の頃から病気がちで、医用機器の仕事に着いて何か世の中の役に立つことがしたかった。そんなことを思っている子は少ないでしょう ね。また、思っていても言わない子も多いでしょう。こんな言葉を聞いたら、無条件で採用したくなります。(私は人事ではありませんが)会社はこういう子に やりがいを失わせないようにするのが大きな務めになります。それが「個性を活かし人を活かす」(M社の数年前の年間標語)ことにつながるのでしょう。

やりがいは自分の「夢」と対座していると思います。やはり、仕事が単なる業務に終わらず夢をかなえる手段としてある時、至上の喜びを感じることが出 来るのでしょう。単純に趣味と仕事の一致では遊びの域を出られないかも知れません。(それが悪いと言っているのではありません)


夢を食べる虫–技術(1)–技術部門には一般的にいって次の3部門があります。

★基礎研究部門/基礎研究所/リサーチセンタ
★応用部門/開発研究所/開発センタ
★設計部門/商品技術センター/製品設計センタ

代表的な言葉を使いました。

そして工場には、

★商品技術部/商品設計室/工場技術など

実は、私もよく知らないのが本当のところです。

基礎部門は、誰もが想像の通りでしょう。応用部門との架け橋あたりに位置するのが「電総研」や「ATR」(*)かな。NTTの基礎研究所などもこの あたりではないかな。各社の中研もそうでしょう。本当の基礎をやっているところは、M社中研でも限られてきているのではないでしょうか。(*)…僕は学会 誌などを見ていてATRの方の論文を見て、何て素晴らしいのかと感激しました、それがここにATRがよく出てくる由縁です

開発研究所は3年先、5年先のこと。私がライフサイエンス研究所に入ってしばらく(1-2年後)した頃、ある製品の開発に着手し、約5年ほどかかっ て商品化となったものもあります。その間に消えて行ったテーマもありました。すぐ思いつくところでは、「指で測る血圧計」などは成功事例。失敗事例は企業 に取っても公開出来ないでしょうからパス。

新技法の開発には、楽しいことが多いのも事実ですが、それを製品にするためには切っても切れないこともある。信頼性、耐久性の試験や性能の確認も行 なわなくてはなりません。また、実用に耐えられない値段のものは駄目です。いくら新規技術といえども少しは考慮しなくてはならない。面倒な実験やつまらな い資料も作らなくてはならない。(日常の半分以上は付帯業務でしょうね)

そんな中で夢を結んで行くのが楽しいから技術者がやめられないという人がほとんどであって欲しい。

技術志望者は、いろんなことを夢に見て会社に入ってくるのでしょう。現実的には、大量生産型製造業の場合は、設計部門/商品技術センターや商品技術部/商品設計室/工場技術などの割合も多いので、予想外の部署への配属という事にも成りかねません。

自分のポリシーを明確にする必要があります。それは、社会人になってからでも、常に必要な事ですが。


技術と名の付くもの、あれこれ。

技術の広がり基盤技術/基幹技術
技術目的基礎技術/設計技術/生産技術/管理技術/検査・評価技術
技術発展段階現有技術/開発途上技術/未来技術
技術重要度戦略技術/非戦略技術
技術共有度個別技術/共有技術

それぞれの技術の意味を説明できますか?


夢を食べる虫–技術(2)–

企業にはビジョンというものがあります。一般的には10年以上程度の期間で、企業が如何にあるべきなのかという姿や目的を、ひとことで表現したもの

経営方針、資源の投入・思考、行動様式や規模を、ひとことにまとめたもの

と言えるでしょう。

その企業が何を目指すか。資源(人材、研究費、ETCたくさん)などの配分がこれで明確にわかります。もしかしたら、社風もこれで読み取れるかも知れない。

NECだと「C&C」とか、でしょうね。そんなに外れていないと思う。新聞の広告から拾ってみるとトヨタ自動車「人へ、社会へ、地球へ」なんてのが あります。自動車会社なんて、いつ石油が無くなるかわからないから不安でしょう。何か新しいことに「ビジョン」を広げて行かなくてはならないのだと思いま す。

「ビジョン=経営理念」の関係ですから、ここから経営戦略が生まれます。

企業が生きる道です。

戦略的事業を念頭に置き、製品・事業を分ける。

その下に技術があるのではないでしょうか。

必要な技術と現有技術を見据えれば、R&D(Research&Development)の方向も

見えてきます。

方向が決まれば、次は技術部門に視点が行きます。技術者(部門)は純粋な技術にこだわることも大切(*下注)だが、不況を乗り切るために企業(技術者)にはかなりの「コスト意識」が要求されているという声もちらほらします。

セットメーカーの中には、いわゆる「川上」にある「部品事業」「素材部門」に参入する方針を打ち出したりしているところもあります。開発購買部門を 強化しているところもあります。品質の差別化が社内でも叫ばれて久しいですが、生き残るためにはすべて「技術部門」に期待がかかってきます。

だから技術者はやめられない?確かにそうです。そこに技術の面白いところがあるとも思う。そして、柔らかく新鮮な頭の持ち主に新しいことを任せて、いつかは技術者もマネージャーになり起業家にならなくてはならない。(その後、経営者–→財界–→代議士??)

そう考えると「技術出身」の方が社長さんをしている会社って魅力的ですね。

(*)…こだわるのが技術者だと私は思います。企画室が早く商品を出せと言っても、工場が造らせろといっても、技術的に駄目と言い切る勇気を持って いないといけない。事業部をつぶすぞ!と脅されても駄目なものは駄目と言ってみたい。それほどの自信のある技術力を持っていたら取締役になってます が。。。


夢を食べる虫–技術(3)–

「創造」九州松下電器㈱の本社正門(福岡市)を入ってすぐの所でこの文字に出会います。技術者にとってはひと味違って、引かれる言葉ですね。

M社も今年の年間標語を「創造と挑戦」としています。

創造とは何か。

(1)新たな原理を生む
(2)新たな原理を発展応用し、世の中に出す

「我々は何故、技術者を目指すか」は永遠のテーマかも知れません。
しかし、(1)(2)に生きがいや夢を感じとっているからでしょう。
環境の変化に対応し未来に向かって「新しいものを創り出す」ことです。

社内研修資料から引用します。

— ある集団の創造性に付いての分布 —

(イ)再生型   |(75%)
(ロ)再生創造型 |(12%)
(ハ)創造型   |(12%)
(ニ)創造的創造型|(1%)

(イ)再生型…教えられた通りにしか出来ず、前に経験したことしか出来ない人
(ロ)再生創造型…教えられた通りにしか経験出来ないが、その経験を新しく組み合わせることが出来る

(ハ)創造型…独自の経験をしているが、その経験を他人に伝えることが出来な

かったり、伝えることに関心の無い人
(ニ)創造的創造型…独自の経験をし、しかもその経験を他人に伝える新しい方法を開発する人
(「創造性研究ハンドブック」Leary.Y米国による調査)

なるほど、とうなずいてしまいました。(興味深いデータでしょ!)
こういう事って、訓練で成就出来るのだろうか。天性のものなのだろうか。

学歴、学閥、成績などの時にも触れましたが、成績(偏差値)というひとつのメジャーで育成されてきた人に取っては180度の転換ですね。

京大の名誉教授の森先生(数学)の話で面白いものがありました。

試験をすると高い点を取らなくてはならないと思っている学生がほとんどで、中には答が出ないので答案用紙に何も書かない子がいる。しかし、部分点も 重要だ。(面白いのはその先で)途中まで解答している内容が模範解答とまったく離れた方向にいってしまう場合がある。しかし、採点者はその解法に論理的に 間違いが無ければ読む必要がある。何故なら、採点者が知らない方法で、この問題が解き明かせるかも知れないからである。未知のものを解析するにおいて、ど の方法が将来新しい定理を見いだすかは不明だから。

むしろ学者に求められているのは模範解答ではなく、論理性、精神力、創造性も大切(的違いかも知れませんが)なんです。

また、福井謙一先生は

「独創的なこと、新しいことをやるときは非常に不安に襲われる。この不安をどう克服するかが研究者にとって大事なことである」と言っています。
技術者として成功するのは、どうも技術力だけではなさそうです。

じゃあ、何が大切なんだろうか.
テーマがぼやけてますが、疑問はまだまだ続きます。


夢を食べる虫–何を学ぶべきか–

話が転々として行きますがお許しを。話を卒業の頃まで戻します。

これといって得意な科目があった訳ではなく、単純に科学分野に近いところに進もうと考えていました。高校時代は数学や物理は苦手科目で、むしろ英語 や社会系の科目の方が得意でした。好きだったから自動的に「成績は」良かった。しかしそれほど好きでなかった数学では恥ずかしいような点数を取ったことも あります。高2、3時のクラスメイトで机を並べるK君が「男は数学のひとつもできなくては・・」と言ったのを聞いて理系進学を決めました。安易ですね。そ の本人は文学部に進学し、今、伊勢市で小学校の教師をしています。お笑いだ。

漠然と「気象」をやりたかった。気象庁の「富士山測候所」や「沖の鳥島」などに仕事に行くのも夢で、いつかは「天気予報管」になるんだと、見果てぬ 物語を追っていました。計測器などやレーダーのアンテナを見ていると電気通信工学が一番近いように思えました。地学は気象と密接に関係がありそうだ、物理 も・・・てな訳でそんな学科を受けました。もしも(某大学の)地学科や物理学科に進学していたら、また違った人生でしょう。実験室やデスクで理論を練るの ではなく、外に出て行って調べたりする仕事をイメージしていたのです。今もその気は変わりませんが。

入学後も、何故、工学部なのか/文学部ではいけなかったのか/自分は就職のために、打算的になってはしないか/現実をどう思っているのか/思案は無 限に続いていきました。悩んだことは自分の為にはなりましたが、そこに哲学が生まれなければ無駄なことだったでしょうね。たかが18歳の子に将来を決めて しまう学部、学科を決めろと云うのは無茶です。工学部に進学して「心理学」を専攻して卒業、ってなことがあってもかまわないのではないでしょうか。あれも やりたい、これもやりたい、という気持ちで一杯ですから、私のような人間はひとつのことを成就するのが不得意なタイプなのでしょうね。

前にどなたかの質問にもお応えしたように、「基礎を学ぶ」ことが必要だと私は思います。大学で基礎しか学ばなかった、というのもいけませんが、基礎 は個性を伸ばす為の根幹になるものです。何に応用するかは、与えられるものではなく自分で決める事柄です。適正と意志に相談して決めることであります。そ の時に基礎が必要になります。しかし、基礎だけでは駄目です。広い視野も身に付けておかなければなりません。けれど所詮、大学生の学ぶ広い視野ですから知 れていますね。しかし、それを学んで下さい、その程度(度合い)を。

会社人を10年余りしますと経営のことも知らなくてはなりません。「技術経営論」などは主任に昇進した人が最初に悩む異分野の理論ではないでしょう か。マネージャーは経営、経済を知らなくてはならない。当然。それに拒否反応を示さないためにも、この分野の面白い事実を学んでおくのも大学時代の広い視 野のひとつでしょう。

何だかいつも同じことを書いていますね。その「不明なもの」、そいつが結論なんだな、きっと。(自分でもわかっていないんだ、ハハハ)


夢を食べる虫–サラリーマンとビジネスマン–学生時代はアルバイトなどで生計を立てている人も多く、会社に入って改めてお金の有難みを感じる人は少 なくなってきているかも知れません。そうは 言っても初めて手にした給料に感激をした人も多いだろうと思います。給与(サラリー)をもらって働く私は、それに応えるだけの実績・業績を出さなくてはな りません。それは製品などに姿を変え社会に役立ち、社会から感謝を受け、その結果として会社は利益を頂きます。「社会貢献」ということを社憲に掲げている ところも少なくないはずです。

■「われわれの働きでわれわれの生活を向上しより良い社会をつくりましょう」(オ社)

■M社の遵法すべき精神

一、産業報国の精神
一、公明盛大の精神
一、和親一致の精神
一、力闘向上の精神
一、礼節謙譲の精神
一、順応同化の精神
一、感謝報恩の精神
は私が接してきた会社の社憲です。

(毎朝、唱和させるんです)

給与(サラリー)をもらって働くから「サラリーマン」というのですが、ビジネスマンでもあるわけです。ビジネスチャンスなどというふうに使えば、ビ ジネス「商取引」という意味にもなってきて広い意味がありそうですね。「企業戦士」としての「サラリーマン」を「ビジネスマン」と呼ぶのだろうか。何れに しても、「企業戦士」や「ビジネスマン」という呼び方には、過労のイメージが強いです。

しかし、男は(女は)一度でいいから、過労になっても働き続けられるほど打ち込める仕事をやってみたいな、と思うのではないでしょうか。私の会社 は、ある種のモーレツ社員を歓迎しているところがあるように思います。悪く言えばそう言う社員を養成する体質があります。会社に「カリスマ性」があるから 出来る事かも知れませんが。。。

不況の折ですから、残業は駄目と言う声が高らかなのですが、わが社でも「サービス残業」が絶えません。皆、技術者としての「責任感」「使命感」で頑 張っています。不況の時にこそ技術部門が仕事をしないといけない訳で、次期の商品は技術部門から出て行くことから考えれば、経営の一番上流であるためいつ も忙しい。給料(サラリー)をくれないからといって早く帰ってしまう訳にもいきません。商品が出なければ事業部とりつぶしになりかねませんから。

しかし、どこまでを「責任感」「使命感」と言うのだろうか。

わが子供の学校の友達の名前を5人言えるか/子供の好きな物は何か知っているか/奥さんの今一番欲しい物は何か/週に3度は家族と夕食をしているか /休みにはボ~っとしていないか/趣味があるか/4日以上の休みがあると会社に行きたくきたくなる/することがない/なんてことがないか。

挙げれば切りがないのですが、YESの数が一種の「モーレツ度合い」ですね。

おかしいと思いませんか?おっとっと、愚痴ってしまった。


夢を食べる虫–出世(1)–

何をもって出世というのだろう、といきなり疑問が飛び出します。しつこく書いてきましたが、「地位」「名誉」「お金」なのだろうと思います。

出世とは…「安定した収入」を得られる会社(または団体など)に勤め、「社会的にも恥ずかしくないこと」と言う人もいます。田舎では、公務員、教師などになっていれば出世という図式ができています。(実際に出世ですから)

余談ですが、同級生の女の子でいつも優秀だった子が同窓会でこう言っていました。

—-私は小学校からずっと上位の成績できて、県下NO。1の高校から国立一期校へ進み、教師をしていますが、寂しいものを感じるときがありま す。それは、この筋書きが小学校から決まっていたみたいでね。男の人って素晴らしい。自分の行きたい学校に進み、(その同窓会欠席の)○○君みたいにアメ リカに行って頑張れるなんて…。幸せな結婚をしています。可愛い子供もいます。しかし、彼女は何か燃えるものが欲しかったのでしょう。冒険心のようなもの に接することができなかった。

社会的に出世したといわれるのは、名誉職、聖職に着任している人たちでしょう。会社の中では当然、管理職、役員になっていくことでしょう。出世の条件として「学歴」があった時代もありましょうが、今はそれほどでもないんじゃないだろうか。

私の音楽の師匠はこう言います。

—-いわゆる進学校の校長・教頭にろくな人間はいない。まだ県境のあるような(二流の)高校の先生はマシだが。(解釈をすれば)「出世をしよう とすると上役の顔色をみて言いなりになってゴマをすりチャンスを狙う。ポリシーも何にもない」ということが言いたいようです。芸術の先生ですから価値観が 数学や英語の先生とは違う。文部省とも少し(?)違う。

OBとして参加しているこの吹奏楽団は、コンテストには出ていません。競争や採点をクラブ活動に取り入れたくないというのが趣旨です。運動部のよう な吹奏楽団になって欲しくない訳です。(運動部=悪い、と言っているのではありませんよ)オーケストラのメンバーに上下はなく、指揮者も同じ。彼は何を教 えようとしているのか。答は簡単。人を感動させることができる演奏です。芸術家には出世という言葉はそれほど大事ではなさそうです。

技術者も、芸術家のはしくれですから、出世は関係ないか。う~ん。難しい問題だ。


夢を食べる虫–出世(2)–人生の目標が、出世であった時代があったと思いますが、やはりすべての人が貧しくて「出生」=「裕福」だったのではない でしょうか。(ちょっと視野 が狭いかな)今は、国民がほとんど中流意識ですから、出世に対して欲のない人も出てきていると思います。しかし、偉くならなければ組織を自分のやりたい方 向に導いてはいけません。やはり、地位は必要なのでしょうか。


夢を食べる虫–学歴–

より多くのアウトプットを効率良く出す者が優秀な部下であり出世も早いようです。・・・では、こうすればみんな出世できるのでしょうか?

「ごきげんとりしてまで出世したいとは思わない。給料さえ上がるなら出世する必要性なんか無い」しかし、これだけでは単なるわがままです。「(会社にとって、自分にとっての)優秀な部下であろうとする努力は続ける」

–出世(3)–でもう少し考えてみようかな。


—- はみ出し —-

書く場所をあれこれ考えると、頭の中が変になってしまうのでここに書きます。私は、出世やお金を目指すのではなく、「一国の主(あるじ)」になりた いな(夢だ)と近ごろ思います。自分の本当にやりたい事を、自分の会社を作ってやれないものか。しかし、これは、難しい課題です。

自分の実力もさることながら、資金も必要だし、自分のコンセプト、人間性、カリスマ性も問われます。もしかしたら、運にも恵まれなくてはならない。

実行の時期の判断も必要だ。何よりも、私には技術力が不足しているか。(優れた参謀に恵まれれば済むかな)


夢を食べる虫–出世(3)–

技術屋さんは、芸術家の「はしくれ」だと書きました。そう思いませんか?
広義で述べれば何でも誰でも、どんな職業でも芸術家になります。し かし、技術部門は広義でなくともその色合いが強いといえます。建築デザイナーは明らかに芸術的センスを要求されますが、システムプランナーもゲート・アレ イの設計も、etcも、かなりのセンスが要求されます。

今、会社が悩んでいるのは、こういう芸術的センスを発揮して仕事をしなくてはならない人に、付帯業務を必要以上にさせて、本来生かしてもらわなくて はならないセンスを摘み取っている事でしょう。(その事に気づいていない会社が多いようですが)同時に、仕事をする人たちにいえるのは、「芸術的な仕事」 をしている意識を忘れているのではないだろうか。

ルーチンワークをこなし、給料をもらってあわ良くば出世がついてきて…なんてな具合です。小・中・高校の先生にも多いかも知れない。大学も…?ドク ター取得したらそれから論文が出なかったなんていませんか。大企業にも多いだろうと思います。わが社にも。(私もその一人なのかも知れない)

これからの時代、技術者は全員が課長や部長にはなれません。それは、人口構成をみても歴然としていますし、経営側からも明言してきている内容です。 (私は組合員なので、「経営側」と表現しました)課長職のポストも増えそうにありません。会社が販売高を前年比で二倍・三倍と伸ばしていた時代は、業務を 拡張していきました。従ってポストも増えました。これからは決してそうではない。大きくなった組織は今とても重荷です。販売高に対し研究開発費を削減した りしている会社も多い。損益分岐点を少しでも下げようとして、例えば固定費の節約や生産技術設備計画の削減も大きなテーマとなっています。コピーの枚数を 減らせ、電気を消せ、電話代を節約しろ…。設計は対応件数をアップしろ!
経費的にスリム化された会社は一時的に利益が増えたように見えますが、社員の心が変わらなければ、いわゆる「大企業病」からは脱皮できない。

ひとつのわかりやすい表現をすれば、技術者はいつ会社を辞めても他の会社で通じる技術力や視点、ビジョン、…を持っていなくてはいけません。そうい う意識で仕事に挑むべし。そんな事は昔から当たり前、とおっしゃるかも知れませんが、大企業にはそういう人は少ないのではないか。うちの人間なんかそうい う意味で「ビジネス」にはかけておらず、「サラリー」をもらうだけ人間が多いと思う。仕事に対する「達成意識/責任感」は強いが、深層心理的には「いつか 管理職になって楽して金をもらおう、それまでの辛抱だ」と思っている。

ビジネスマンが年間契約で報酬を決定するようになるのはそうは遠くないでしょう。我々の出世とは、「まず自分の夢に対しどれだけ実現を果たせるか」 と考えてもいいのではないか。自分の夢が大きく描けるか、小さなものか、それは自分次第だし、小さな夢が悪いわけでもない。幸せであればいい、という人も いるでしょう。「技術開発に対する「したたかな情熱」を持っていること」、それはある時は自分の愛している会社を棄てなくてはならないような選択を強いる ことになるかも知れないけど僕は必要だと思います。

そうだ!「情熱」なんですよ!出口が見えてきたかな。

(余談ですが)研究機関であり教育機関である大学は、そんなふうに純粋に学問を志す人にどれだけ答えられるか。今後。(短期テーマの議題になりませんか?)


夢を食べる虫–転職–

今、もし転職をできるならどういう会社を選ぶか、という記事が日経バイトに載っていました。(日経のこのシリーズのすべてに掲載されているでしょう)

上位から拾ってみますと

(1)仕事内容が合っている   43.7%
(2)給料が高い        38.8%
(3)専門技術、知識が活かせる 31.1%
(4)会社に将来性がある    30.7%
(5)仕事に発展性がある    29.2%
(6)休日が多い        20.7%
(7)会社に開発力がある    17.7%

10人のうち4人以上が自分に合う仕事を望んでいる訳で、続いて給料も多い方がいいよって思っているのですね。自分の技術が活かせるというのも見逃せない。「私を買って下さい」てな訳です。

一時期、転職ブームの様な時期がありましたが、私の推測(きわめて感覚的)には転職で成功をしている人は半数を割っているのではないでしょうか。何 かを得ても何かを失う。まあ前より仕事は希望通りだが、悪くなったところもある。年齢的な制約もあり良しとするか。。。てな具合ではないかな。

トコトン良い会社を求めて渡るのもいいですが、何年もに会社勤めをしていたら、いい加減で経営者の仲間入りを考えないといけません。ほどほどで落ちついた方が家族も安心します。

ストレス度っていう数字があります。「離婚」などに続いて心理的負担(ストレス)が大きいのが「転職」という訳です。(あと、「引っ越し」「失恋」「家族の病気」「転勤」などが度合いとして数字化されていました。資料紛失のため記載できず)

最初から転職を前提に就職をするのは、特別な策略がある場合などを除いて薦められません。

ただ、やはり云えるのは、「いつ会社を辞めても、他の会社で通じる技術力」を身に付ける事が最も大切ではないでしょうか。それは、単に技術力だけではなく、マネージメントの才能もひとつですが。


夢を食べる虫–転職(ハミダシ)–

たまたま、転職のことを投書しようと思った時に、新聞記事が目に入りました。

転職の回数が増えるほど、会社や仕事への満足度は逆に低くなる–。

–(生命保険文化センタ)就労意識に関する調査
–/朝日新聞(‘94.3.7)記事から

調査時期:’93.5政令都市圏内従業員10人以上民間企業
母集団3000人(20ー59歳・男女)
有効回答数:2978人(99.3%)
転職経験:あり…51.3%女性…58.7%
(男性…48.3%)
(なし…48.7%)()内は記事上の文意からの計算値

回数:
1回…21.6%
2回…14.0%
3回…15.2%

理由:
給料が安い
やりたい仕事ができない
職場の人間関係が悪い
労働時間が長い(複数回答あり)

新しい会社への満足度:
1回組…64.4%
2回組…61.0%
3回(以上)組…56.0%

不満の内容:
社風
給料
尊敬できる上司がいない
福利厚生が充実していない

私も転職経験者です。とてもうなずける記事です。「夢を食べる虫–転職–」、「〃–出世–」「・・ETC」でも書きましたが、転職をしても 通用する技術力を意識しなくてはなりませんが、まだ今の企業は転職者ににとって有利ではないと思います。「他社で通じる技術を自社で活かして行く」のが、 (少なくとも)ここ数年は硬い手のようです。


夢を食べる虫–夢とは何か–「夢を食べて幸せを追う虫」

子どもの頃に
沈む夕日を見て思った
あの夕日が沈んでいく山の向こうには
一体何があるのだろうと
今私は自分の欲望の欲するところの
未知なるものに向かって
歩んで行こうとしている
いつまでも子どもの心を忘れない
そんな学者でありたい

ライフサイエンス研究所に入社する時に、自己紹介でこんな生意気なことを私は書いています。誰でも夢を持っています。それを実現するために努力をし、時には苦渋もなめ、喜び、悲しみ、悔しい思いを噛みしめ生きています。

「夢を食べて幸せを追う虫」…そういうふうに言葉でいってしまうことができる。漠然と、そう思っていたのですね。

大学に入学することが夢ですか
就職することですか
一流といわれる企業に就職することですか
自問自答は続きます。
趣味の実現ですか
怠け者の生活を送ることですか
家族と旅をすることですか

人それぞれに夢はあって、叶えられないものもあれば手の届くものもありましょう。長いとみるか短いとみるかは個人の尺度ですが、人生80年間に一体何ができるのでしょうか。歴史に名を残すことができるだろうか。(1/3ハネムッテイルノニ)

子供の頃は、早く大人になりたかった。「結婚」もしたかった。早く勉強から開放されて、(子供なりに)幸せに暮らしたかった。技術者の他には「アナ ウンサー」になりたいと小学校卒業時に書いている。もっと遡ると、「船乗り」になりたいともいっている。それが、ある時期に「就職すること」にすり変わっ た(潜在意識的に)。

こうして自分の思いを辿ってみると、色々なことが自分でもわかってきます。「自己嫌悪」と「甘えの心理」、「逃避心」、「情熱」やそれに触発される「夢」などが、自己抑制機能の働く頭の中を駆け巡ります。

多少の見栄をもち続け
お金で家族を幸せにしているかのように騙(ダマ)し
技術者としてのプライドを棄てられず
歴史に名の残せる業績を夢見て
勇んで家を出る日もあれば
会社の愚痴をいいながら帰る日もあり
時には喜び
時には嘆き
しかし
休日には家族と車でショッピングセンタに出かけ
おやつの事で母子喧嘩をするのをみて子供の肩をもち
土日は子供とお風呂で水鉄砲で遊び負けて沈んでやり
一緒にピアノを弾いて楽しいと思っている
自分の会社以外のもの
すべてのビジョンの見直しや再構築をしなくては…
夢のようだが
10年後には確実に子供は高校生で
私の頭髪も寂しくなり
両親は死んでいなくなり
大学進学率は限りなく100%に近づき
科学技術は、今からの予想を遥かに上回るだろう
幸せを追う虫であるためにも
夢を食べる虫であるためにも
まだまだ、考えなくてはいけないことが多そうだ。

「夢を食べる虫」を書き始めたけれど、恐れ多き事だと気が付き始めた。(遅ればせながら)

「夢を食べる虫」はひとまずここで終わります。(また復活するかも)
あと、これを書くために犠牲になったゴミの整理をして、「ゴミ編」でも書いてみようかな、と思っています。ゴミの方がおもしろかったりしてね…。(ゴミの方が多いくらいだもの…)

‘94.3.9


リエンジニアリング革命、読書中です

何らかの「必要性」を感じるから読み始めました。

(1)不況で売上は伸びない
(2)しかし、設計部門への仕事は増え続ける。
(3)時短。1800時間を達成しなくてはならない。
(誰もそんな事、できっこないと思っている)
(4)固定費などの削減では限界がある。

どうすればいいか。
・仕事の効率を上げて、同じ仕事を従来より短時間でするか、
・同じ時間で沢山の仕事をこなすか、
そのためには、我々が「普通に」思いつく(程度の)事をやっていては駄目です。

何かヒントにならないか…。そう思って読み始めました。

今、大企業病と、従来の慣習を破れず、私のいる技術部門は「病んで」いると思いました。みんなはそれを病んでいるとは思っていない。どうにかなるさ…と、その程度に考えている。(自分は)設計は不向きだと思っている人が多い。仕事なんてこんなもの…と思っている。

「違うんだ!」と言いたい。それだったら、「明日は今日の続き」でしかない。明日はもっと楽しく面白い仕事が待っている…と思いたくても思えない。

自分の部署を守り、縦割りの組織の中で自分達の身を守るように動くように「しつけ」られてきた「しわ寄せ」が来ているように見えてなりません。

800人の事業部を動かす事は難しい。しかし、「リエンジニアリング」を参考にし、ひとつの「モデル」をまとめて(事業部長に論文として提出するとか…)何とか変えられないかな、と思います。

本の前半でさかんに言うように「プロセス」を「抜本的に」「劇的」に変えること。余った人ですか?頭を使う仕事をやってもらえばいいじゃないですか。それ自身をを考えてもらってもいい。

大きな(沢山の人がワンサカ居る)製造部門やそれを管理する管理部門より、技術・開発部門や技術審査部門などが大きい方が自然でしょ。

戦後に作られた「哲学」は棄てなくてはならない時期だと思います。「プロセス」を「抜本的に」見直す事は、言葉ではたやすいが、実はとても難題です。


サービス残業と企業体質

サービス残業は絶えない。多い人は月に100時間のサービスをしている事は確実だ。会社側は、責任感という大儀銘文で、委譲した権限に対するアウト プットを要求する。業務に終止符を打つ時期を明確に出来ずに権限委譲をしますから、終止符が打てずにいつまでも仕事が続き、担当者は(虚飾でもいいから) 責任感を全うするために仕事をします。もしも裁量制が採用されたら、彼らは地獄の日々を送る事になるのは目に見えています。設計を続けていたら、1.5倍 の所得(1000万オーバー)を保証されても、僕は考えてしまうでしょう。「勤務体系は楽になる反面、評価は厳しくなる」なんて事は我が事業部の場合は無 理と断言できる。

しかし、会社は常に早遅はあれど進化していますから、裁量制に対応して改革される事は確実だ。そんな流れの中で企業の(事業部の)体質改善に四苦八 苦する姿が手に取るようにわかる。自分も何とか出来ないかと思う人が多くいる。近ごろわかってきた事はそういう悩みを持つ同志達は実は何も問題が何である かを捕らえ切れていないのではないかと思う。

永年、「東京の会社に負けるな劣るな」で社員に気合いを入れ、創業者が「無学の努力家」だった事と、「経営の神様」と称されその哲学までもが社会に 浸透した事も手伝って、プライドだけで会社を進展させてきた結果が今の職場の現実となったと私は思っている。「モーレツ」に働く事がステイタスであり、美 徳である。先日のFAX発火事件の後も係長が自宅で倒れ前歯を折った事件があったが、英雄騒ぎある。ちゃんちゃらおかしい茶番劇にしか見えない。いつかは 滅びるか、社員に逃げられるか、幾人もの犠牲を払って生き残るか。生き残った場合は、恐らく、社会的には何等事件には見えないで終わってしまうだろうが、 深い傷が残るだろう。こうしてたくさんの犠牲者を出して(裁量制を採用して社会的体裁を保ちつつ企業としては進化して)生き残るだろう。

いうなれば、NECや他企業とM社はどこが違って何が問題なのかを見ない振りをしている訳で、悪言をたたけば、問題が見えて来ないのも当然である。 格好良く言えば「独自の道」を歩んでいるのだが…。何でも「M社流」にしてしまうというのは、大きい企業の最大の欠点だと思う。もっと言えば、他企業など は知る由もない。何故なら自分達はトップの会社だから…と思っている。まさに兎と亀の物語である。

残念で、悔しい事ですが、大きな欠点だと認めざるを得ない。(ところが、ここを飛び出して会社を作る人がいないのが不思議です。管理職の初任給料が(37~8歳で)1000万を軽く越えるというのも理由のひとつでしょうかねぇ)

サービスはしたくないが(本音)責任感を尽くす為に(建前)しているので、裁量制が採用されたらほとんど会社で仕事に打ち込むような涙ぐましい姿ばかりが目につくだろうと思う。はずれて欲しいものです。

体質を改善する事が必至と、大勢の幹部達は気が付いているだろうが、果たしてそれだけで職場は変わるだろうか。職場が光るだろうか。企業30年説。それは私の事業部に投げかけられた課題であります。

企業秘密に関わる事を除き、故意に悪面ばかりを書いてしまいましたが、良いところもあります。また上述を裏返せば良い事でもあるのでしょうが。

走り書きで、支離滅裂なところはお許しを。質問があればコメントかメールで受けます。


サービス残業と企業体質

お返事が遅くなっています。すみません。

))M社さんの本心は、「給料をできるだけ多く出します。
))その分仕事も一生懸命がんばってください。」という
))ことなのでしょうか?

私は、違うと思います。給料は人並は出します。M社のプライドや「見てくれ」、体裁を保ち、恥ずかしくないようにM社マンとして仕事をして下さい。

皆さんに損はさせませんから。だろうか。

私は「夢を食べる虫」でもかきましたが自分が夢中になれて、個人の時間をつぎ込んで打ち込める仕事なら年間契約で仕事をしても構いませんが現実は毎日のすべての時間には満足はしていないと思います。

会社がいくら高い給料をくれたとしても自分の時間は捨てられない。技術の仕事をする以上は計画外のことも発生し、残業になると思います。その時は、 たとえ、組合が40h規制をしていても給与保証はするべきだと思っています。時給、たとえ100円でも、給料を払わなくてはならない。そういう意味でサー ビスには反対です。100円の残業に打ち込めるような情熱があるかどうかですね。

私の楽団の先生は高校生のクラブ活動に毎日、毎週付き合ってくれますが

手当はありません。彼は音楽に情熱を持っているからできるので、日常生活になっているともいえますが。(善悪はありますが)

今、製造業の人気が落ちているのも、実態を如実に表しているとも思います。

(若者が短絡的で、苦労から逃げるともいえますが)製造業や技術部門は考え直さねばならないときですね。

芸術家になるしかないのかな。家で花屋をするのが夢なのですが…農家の方が、使われるサラリーマンより「文化的」です。

2002年5月 9日 (木曜日)