遺す言葉 - 平成27年までのものを書き写し完了しました

遺す言葉 26〜30まで これで転写終了

「あいさつ」のメニューにて
ぼちぼちと書いてきました
(書き写してきました)

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平成28年からのものは
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消えてゆくもの - 穀雨篇 【裏窓から】

(四月二十日 穀雨)

ムスメの旦那さんのおばあちゃんが亡くなった
旦那さんにすれば実の父の母(だからおばあちゃん)です
ムスメ側から見れば私の母と同じ関係になる

幸いに私の母は生きていて
今日も電話を掛けてきて
「タケノコをもろたのでどうや」と言うていた

タケノコは今年になって二回めで
一回めはしっかりと湯がいたものを用意してくれて
それをもらって帰って炊いて食べた

明日も受け取りに行くという約束をした
この先 あと何度受け取りに行けるだろう
100歳まで生きたとしても春は十回あまりしか来ない

ムスメ家族のおばあさんのことを考える

若い夫婦はどのように
八十歳を過ぎた人の死を捉えたのだろうか

自分が歳をとるにしたがい子どもが大きく成長する
それと同時に、血や義理で繋がった血族・姻族を失う機会が増える

まだ三十歳ほどのころの自分を思い出してみる
つまり
自分の身の回りで人が死んでしまうということに
未経験であった時代のことを私は回想した

若い二人はどんな風に死別というものを捉えているのか
これには計り知れないものがあるのだ

ひとこと 死別と言っても
様々な死に方がある

なかには
若くして無念な死に方をする人もある

憎まれながら死ぬ人もあれば
惜しまれて死ぬ人もある

別れについて考えても
人それぞれである

いつかは別れがくるのだが
幾つものドラマがありシーンが起こる
喜怒哀楽、非情不条理に満ちていることもある

あれこれと思うと
私が歩んできた三十年前に遡って
あのころの自分を思い出すとか
その後の歴史を掘り返すのは
今更のことながらきわめて辛い

その忸怩たる思いを
誰に引き継げるわけでもないし
夫婦の仲で話題にしても
分かり合えるものでもなかろう

若い二人も三十年後に私と同様の感情や思いを抱くとは限らない
それは当然のことだ
あらゆる条件やモノ組合せが変わって
心もまったく違った感性や感情の上で生きているだろうから
新しい時代には新しい心情が生まれているのだろう

このような哲学めいたことを考えはじめると
迷路のなかを歩き回るようである

糸口などまったくないようでありながら
必ずとあると信じている自分の力のようなモノの感触を
掴むことができる

私は
昔からこんなことを考えるのが好きだったのかも知れない
しかし
この年齢になってからある年代まで戻って
考え直すからこそ意味があるだとも思う

ある意味では
すでに無力なのだけれども
考えることによって
小さな炎を灯し続けて
これからの年令を生きていきたいと願っているのかも知れない

その炎を
聖火の火のように
受け継げたら最高の幸せだろう

あの子たちのおばあちゃんが亡くなったことを
最も悲しんだのは紛れもなく息子であったはずで
この人の心は揺らぎながら
その人から生まれて
あの人と共に60年間を生きてきた時間や歴史を
死別する前後の相当の時間に静かに
考え思い出し尽くしてきたに違いない

そのことを
つまり、何を回想し何を考え何を悔やみ何を喜び……
などということを
子どもたちに伝えることはできない

けれども
炎として受け継ぐことであるならば
できるかも知れない

(通夜から帰ってきて)
穀雨の夜はそんなことを考えておりました

四月バカ 仕方がないやろホーホケキョ

春になって
ひっそりと
考えていたことがあるけど

みんな どっかに消えていってしまったよ

🌱

毎朝 おはようと言葉を交わすJKちゃん
卒業して東京に行ってしまう話

あれは寂しかったね
名前も知らないけど
中学から6年間も
駅で見かけて
近頃になっておはようと
挨拶するようになったところだったのに

🌱

もう一人
ポニーテールの横顔が
とてもさわやかな子もいて

この子も
おはよう 寒いなあ
とか
おはよう 眠そうやな
とか
雨降り嫌やな
なんて他愛もない挨拶を交わす子だった

先日
おはよう 四月からもまた同じ電車やな
と声をかけたら
結婚してxxxに住むんです
と話してくれた

新婚だそうで
家の準備ができたら
この列車には乗らないそうです

立て続けに
二人の 別れが来るとは

どちらも
名前は知らない
それで良かったのだ

でも

正直 寂しい

牡丹雪別れの朝の1ページ ━ 立春篇 【裏窓から】

🌸 サクラサクあなたは都会の人になる
👹 手を振ってホームに消えてゆく二月
❄️ 牡丹雪別れの朝の1ページ

「裏窓から」シリーズにお越しくださってありがとうございます

二十四節気の日に思いを綴りはじめたのがいつのころからでしょうか
はじまりは日記を辿った彼方になってしまいました

「塵埃秘帖」や「雷山無言」と合わさったり離れたりしながら長い年月にわたっ
てやれやれと呟きながら書き続けています

二十四節気という周期がちょうど心地のよい時間の流れなのでしょう
こうして書き続けていられるのはありがたいことだと思います

自分を振り返りつつじっと考えこむ時間と季節が過ぎゆく間合いの調和がうまく取れているのでしょう

前年も前々年もさらにその昔も立春という節には同じようなことを思うことのくり返しです
60年を生きてきても代わり映えすることなくさほど進歩もせず今を迎えています

あらゆるものに過去があります
そこに後悔や反省はつきものです

今となっては突然優れた人物に変身できるわけでもありません
自分の足跡は人間の器に応じた人生であったのだろうと振り返っております

まだこれからも暫くはあれこれと考えたり悩んだりするでしょう
ときには失敗をしまた反省をする日々を送ることがあるかもしれません
しかしながら人生の最終コーナーをのらりくらりと愉しんでゆきたいと願っています

節分・立春のころに「裏窓から」シリーズに何を書こうかと考えはじめます
ですが、なかなか纏まってきません

ゆるくなった寒波がジリッと戻って牡丹雪を舞わせる朝がありました
そんな日は昔の辛かった朝を思い出したりしました

昨日までの纏まらないモヤモヤを置いてふっと立ち止まってみると
7日はムスメの結婚記念日だと気がつきました

結婚をして子どもができてその子が三月五日でマル一歳になります

数日前にわが家に来たときにはつかまり立ちの手を離してゆらゆらと数秒立っていましたから
今度来るときには一歩が踏み出せるかもしれません

昔ならば一歳までに歩き始めた子にはお餅を背負わせたのだと母が歩きそうにな
る姿を見るたびに呟いています

一歩を踏み出すことは目を細めて子どもを見守る大勢の大人たちにとって格別の思いなのです

紆余曲折から低空飛行の人生を送っています
人生に追い求める哲学って何なのだろうと考えることもしばしばあります
けれども近ごろは「これでいいのだ」と思うことが多くなってきました

寒くて静かな夜明けに考える - 大寒篇 【裏窓から】

大寒を過ごしてそのあくる日・土曜日から父の命日である22日・日曜にかけてムスメとの用事を果たしに京都へと出かけた

その日の少し前14日から15日には猛烈な寒波が列島に襲いかかり至る所で大雪の記録を作っている
センター試験とバッティングして受験生のみなさんは大わらわなことになったりした
そのときに降った雪が市内の路地や道端に残っていた

積もった雪を見るのはこの冬初であったので子供のような心でちょっとした歓びも肌に感じながら洛中を横切って車折の家へと向かった

私たち夫婦は初雪を見るような驚きや自分たちの住む地が雪国でないことの有り難みを感じつつ昔住んだ京都の寒さや結婚する前年の大雪を思い出として懐かしんだ

伊勢平野は風が強烈に冷たいので伊勢たくあんなどの名産も作れます
ですが、冷たい風がきつい割には気温はそれほどまでに下がることはありません
氷も張らない日もあります

しかしながら、さすがに雪が降り積もり、近隣地域の山々に一週間以上も雪が残る日が続くとなると寒いです
空気は冷え切ってしまい、重くて大きな冷気団が体当たりをしてくるようなエネルギーを感じます

🍀

成人式のころから本格的な冬になっているわけですが、しばらく辛抱したら抜け出せる日も例外なく来ます

京都の家も朝にはしんしんと冷え込みました
その朝方に隣で寝ていた孫が早々に目を覚まし布団から這い出て来たので抜かりなく捕獲して私の布団に引き入れました
添い寝をしながらごっそりと布団を頭からかぶって指をくわえて目を閉じている赤ん坊を見ていましたら、漠然とですけれども、あることがふ〜っと思い浮かんできたのです

それは、この子の記憶はまだ真っ白なのだということです
上手に表現ができませんけれども思っていることは伝わると思います
でも、それがどうだと反問されても困りますけど

脳みその中の真っ白な記憶領域に目の前に映ることを少しずつ焼き付けている毎日が続いています
記憶する能力もまだまだ未熟です
能力を磨き上げなからそしてセンサーも上達しながら目の前に映るものの他に、味覚・聴覚・触覚から飛び込む情報を処理している
ものすごいスピードで細胞は増殖し続けているはずです

この子は暗闇の中で指をくわえながらピクピクと体を動かしつつ
脳みその中のスクリーンのうえにどんなものを思い浮かべているのでしょうか

チョコ
チョコ

生きることの神秘性を感じ
ヒトの脳の無限な凄さに驚き
心理が発達してゆくメカニズムも面白く
肉体的な成長に目を見張る

この世のあらゆるものが時々刻々と変化をし
自転をし
増殖を繰り返す
一方で
普遍性を保ち泰然とするものもある

そんな無数の波の上で浮沈を繰り返し漂うように生きてきたひとつのステージが幕を下ろし
新しくなり再び幕を開けようとしている

ねがはくは花のもとにて春死なむ ─ 元旦篇 (裏窓から)

🌸 ねがはくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ 西行

年末のある日ツマと二人でおせちもどきの料理をつつきながらツマが突然「春には桜の花を見にまた嵐山に行きたいな」「死んでしまうときには桜の花の下で春に死にたいわ」というようなことを言うので驚いた

西行の歌を知っているかと尋ねたらそんな歌も人も知らないと言う

ちょっと西行を知らないのは勉強不足かと一瞬思うものの、今はそのことを指摘するための時間でも会話でもなく

この人が何故にそんなことをふと言いだしたのかが気になって私はそのわけを考え始めた

考えてもわからないことはたくさんある

ツマになぜ急に「花の下で」などと言い出したのか

尋ねたとしてもそんなものはわからないし考えようともしないと言うに決まっている

答えのないことをいつまでも問い続けその源流を探り続けることは人生の合理的に歩むという視点では全く無意味なことになろう

答えがないのにぐずぐずと考えるなど愚か過ぎると言い切る人もいるだろう

しかし

答えのないことにも根拠があるはずであるし本当は答えだってどこかに潜んでいるはずだ

見えなくなっているとかぼやけているとか邪魔が入って見つからないだけだといえるだろう

答えのない命題は、しかしながら、私たちがごく当たり前のように生きてゆく時間の中を漂い、人生という洋上を航海する私たちに無数の悩みや欲や希望や夢を及ぼし刺激もする

つまり例えば、無数の夢が無数の夢と結ばれれば「無数×無数の場合」が生まれるわけで、それに喜・怒・哀・楽の4つのケースを当てはめると「無数×無数×4倍」になる。現在・過去・未来を考えればさらに×3倍、憎しみと慈しみがあればさらに×2倍、富める人と貧しい人でさらに×2倍、忘れるものと忘れたくないものでさらに×2倍、男と女とどちらでもない人でさらに×3倍・・・

答えがないように見える問いかけを考え続けるのも人生なのかもしれない

たぶん大晦日の夜の闇を見つめて眠りを待っている時刻にはそんなことをぼんやりと考えていた