六月の終わりに咲く花

この頃は猜疑的な人間になって来て
「別れる男に、花の名を一つ教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます」
という言葉が川端康成のものかどうか疑っている

それゆえでもないが
ムクゲの花を見るたびに
憎い女が蘇る

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酒房・あうん

「居酒屋・鶴さん」
「喫茶・コリン」
その店の話はこれまで書いてきたとおり

劇的な出会いがありました
情熱的な恋もしました
それに悲しい別れも経験しました

++

ねえ、ぼくと
ケッコンして欲しい

ダメなのわたしには
大好きな人がいるから

そんな会話があったわけではない
二人の間を 確かめようと僕はしないし
鶴さんは自分からも話しはじめようとはしなかった

月日は過ぎる
コツコツと音を立てるように刻まれてゆく時間の
その間に何度も逢う
話もしたし
お酒も飲んだ
夜の銀座を彷徨った
だが 何を話したのか 記憶にない

憶えていないって こんなことを言うのだ

多分ぼくたちは将来の夢の話をしたのだけど
大人たちが言うような記録なんか残ってない
楽し過ぎて日記にも書き留めていなかった

++

ぼくと鶴さんがケッコンしなかった訳は
誰も知らないのだけど
鶴さんとぼくは知っている

酒房・あうん

二人の間には 現実はなかった
夢しか見えてなかったのだろうか

すべては「あ・う・ん」なのだ
しゃぼんのようにふわりふわりと漂いながら
どこかに紛れて行ってしまう

その訳は誰も知らないけど
ぼくたちは知っていたのかもしれない

二人はお互いに
この国のどこかとどこかで暮らしていて
「酒房・あうん」で辛口の旨い酒を飲んだ時にだけ
幻の乾杯にこたえてくれるだろう

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居喫茶・コリン
居酒屋・鶴さん
酒房・あうん
カフェ・六角堂
古書・わはく

きさらぎの日和もよしや十五日 上島鬼貫

■ 巻頭言

例年になく寒い冬になりました。

立春を過ぎてもいっこうに寒さは衰えず、友だちが「三寒四寒」と言って笑わせてくれました。

建国記念日の朝にはうっすらと雪が道路をおおいました。

パソコンに向かうときも、冬山に出かけるような防寒対策をしています。

それでも、手が冷たいです。

二月は「如月」ともいいます。

寒さで着物を更に重ねて着るからでしょう、漢字で「着更着」とも書きます。

「きさらぎ」と読みますが、むかしの人は洒落た名前を付けてくれるな と、まことに感心をします。

きさらぎの日和もよしや十五日 上島鬼貫

鬼貫の句にはもっと難しくてインパクトのあるものを密かに期待してしまいますが、この句はホッとします。

立春も過ぎましたし「きさらぎ」とひらがなで綴ってじっと春を待つのでしょうね。

■ あとがき

先日、鳥羽市の離島を訪ねて、小さな旅を愉しんできました。

定期船で島に渡るのですが、それはそれは冷たい風が海上を吹き抜けます。

海に出て木枯帰るところなし 山口誓子

島の住人の人たちは誰もデッキに出ようとはしませんけれども、船に乗るのが大好きなので冷たい風に吹かてきました。

島の中を健康ウォークを兼ねて散策をするうちに、港の小屋の軒先で日向ぼっこをしているお年寄りを何組も見かけました。

言葉にならない暖かさを感じながら島旅ができました。

旬のお魚も美味しかったです。

この峡(かい)の水を醸して桃の花 飴山實

春は、飴山實の句がほっこりします。

居酒屋・鶴さん

「居酒屋・鶴さん」

それは京都の古い町屋の並びにポツリと潜んでいる店だった
十年ほど前から気にかかっていた

初めて知るまではそんなに存在感などなかったし
華やかな看板を通りに向けて出しているわけでもなければ
レトロな店構えでもない

古ぼけた暖簾は3つに割れるもので
一番左に「鶴」真ん中に小さく「さん」と手書き風に書かれているだけ
戸口に小さく「鶴さん」と彫り込んだ木の表札がある

居酒屋だと思ってみれば居酒屋だ
メシ屋だったら「鶴さん」は不似合いにも思えるので
やはり居酒屋だろうとじわじわっと飲み屋感が湧いてくる

ふとしたことで店の暖簾が目についた
素人の書いたようなデザインであったが
私の脳裏を「鶴さん」のことが
ぐるぐると回っている時だったのかもしれない

鶴さんとは、北国の田舎町にある薬科大学の学生で、
下宿で「喫茶コリン」という集いの部屋を作って、
学生時代を送った一人の女子の名前の一字だ

もちろん、店とその女性とはまったく関係いない
だが私はある日から何も用事のない週末などに
ふらりとこの店で道草をするようになる
「ふとしたこと」と知り合いや同僚には説明をするけど、
その理由がはっきり言えず曖昧なのは、
理由が理由らしくなく意味がないからである

今となっては暖簾が急に気になり出した瞬間などのことは
まったく記憶になく、不明になってしまった

ただ、

むかしの女友だちに千鶴子さんという子がいたこと
その子が懐かしかったので店の名前で思い出したこと
さらには
その店に行けば何かいいことが起こるかもしれないような予感があったこと
あくる日にいいことが起こるような気持ちになれたらいいなと考えたこと

そんなおまじないのような気持ちで
暖簾をくぐったのだろうと話している

鶴さんという店が日ごろの通勤で通る路地にあっても
特別に気にとまることさえなかったのに、
ある日突然気になり出した理由について
「やはり何か事件か大きな変化あったのではないか」
と親しい友だちが尋ねてくる

けれど、
鶴さんはある昔に私の前から姿を消してそれきりで
今となってはどこで何をしているのかさえわからない

そんな人なんです

++

そんな「居酒屋・鶴さん」に
立ち寄っている私がいる

一人で店に入って
焼き串か串カツかを二三本つまんで
冷やのお酒を二合飲んで
帰ってくる

ゆっくりとお酒を飲む稽古をしようと思うことがある
何かいいこととか
誰かがおめでたいとか
昼間にちょっとラッキーなことがあったとか

そんなふうにつぶやきながら
無理やりな理由をつけて
言い訳をつけてやって来る

財布の小銭を気にしながら
時間の使い方が下手だな
飲み屋で過ごす時間は窮屈だな
などと思うくせに

カウンター越しに見える酒が並んだ棚の片隅に
「鶴さん」と彫り込まれた彫刻を見ている

店には滅多に来ない

そこにはドラマにもならないような平凡女将さんがいる
そして、ちょっと意気が合うところがある
でも、それ以上は何も知らない
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喫茶・コリン
居酒屋・鶴さん
酒房・あうん
カフェ・六角堂
古書・わはく

父の最期の言葉

父の最期の言葉

二十年前の大寒の二、三日後に父は亡くなっている

残された母の話によると
亡くなる日の二三日前には
既に意識がぼーっとしてたらしい

ビールが飲みたいと言うのであるが
こんな状態で飲ましてはならんと思い
お茶をやったという

「ビールと違うやないか、まずいなあ」

言うてやったわ
と あのときを母は回想している

それが父の最期の言葉であったことになる

2018年1月29日 (月曜日)
増殖する(秘)伝

 

三十数年の歳月が過ぎて幻の日記が見えてくる

三十数年の歳月が過ぎて幻の日記が見えてくる

子どもが結婚をしたときに
遠く京都に住んだままで
家のそばに新居を構えることもなく
将来のいつ頃になって帰ってくるのかも
はっきりとさせなかったこと

父はこのことについて
眠れない日が続くほどに
考えて続けて
あらゆる可能性を求めて構想を描いたのではないか
と思う

子どもは
自力でこれからも生きてゆくつもりだろう

自信に満ちているのはわかる
しかし、たとえ自分が頼れるような親でなくとも
親を頼ってそばにいたいというような素振りさえもしなかった子どもを思い
好き勝手にしている様子を見せられるときは
おそらく寂しい思いをしたに違いない

学校にやっているときの六年間の苦労を振り返りながら
東京で学業を終えたら故郷に戻ろうと考えてくれることを
普通に筋書きにしていたかもしれない

それだけに相当に寂しい日々を過ごしたことかと推測する

さらに、後年になって
子どもは夫婦で故郷に帰って来たものの
車でⅠ時間ほどのところに家を構えてしまう
自分たちはその家にのこのこと
立ち寄ることも憚られるようなこともあった

そんな暮らしに、ある時は満足する一方で
何処かしら寂しく思ったことだろう

子は子で新しい時代を生きるのだから
むかしの世代は何も申してはいけない
申したとしても
決してそれが生きてくる言葉にもならないのだ

そう思って黙っていたに違いない

父の日記は紙切れ一枚も残っていない
しかし、こんなことを
必ずあの枕元に置いていた帳面に
書き残していたはずだ

残っていなくても
それが見えてくるような気がする

三十数年の歳月が過ぎて
自分が父と同じような立場になった時に
恐ろしいほどに

幻の日記が見えてくる

門井慶喜 銀河鉄道の父
門井慶喜 銀河鉄道の父

読み始めました
銀河鉄道の父

2018年1月28日 (日曜日)
増殖する(秘)伝

寒中ど真ん中に考える

■ 巻頭言

小寒を過ぎてただいま寒中のど真ん中あたりを進行中です。

そんな日々を過ごしながら、日暮れが少しずつ遅くなり一日が長くなり始めてゆくのを感じると、真っ暗闇をさまようような不安ではなく随分と明るくウキウキな気持ちになれます。

そういった些細な節目をくり返しながら七十二候や二十四節気をひとつずつ指折り数えて春を待っています。
これが「春を待つ」人たちに通じ合う気持ちなのだろうと思いました。

山茶花が庭に咲いてそれと競うように水仙が咲きました。

結婚何周年かの記念にと、二三年前に植えたロウバイが、そろそろ今年あたりには咲いてくれないかと覗いてみましたら、黄色い小さな蕾がついています。
けれどもまだ、硬く強くしっかりと固まっているように見えました。
晩生種なのでしょうか。

これを書いてホッと一息つけば、やがて、大寒を迎えます。

大寒や転びて諸手つく悲しさ 西東三鬼

庭のロウバイ、節分のころには咲いて欲しいなと思っています。

■ あとがき

毎年一月号を書き始めるのは成人式が終わるころで、受験生がセンター試験に挑む時期でもあります。

どうしてこんな寒い時期でインフルエンザが流行するときに受験を集中させなくともいいのに……という親の温かい声が聞こえてきます。

けれどもモノは考えようで、これから大きな節目を何度も乗り越えることを考えると、荒波に立ち向かうための入門編かも知れません。

前途は未知であり多難を覚悟する人も多いかも知れませんが、人生で何度の嵐に遭遇するか、どれほど花を咲かせることができるかは、幾らかの幸運と不運、そして弛まぬ努力に依るところが大きいといえましょう。

花が咲きそろう春という季節は、ステージの終端ではなくスタートポイントでもあります。

福沢諭吉の言葉に

|人生は芝居のごとし
|上手な役者が乞食になることもあれば/大根役者が殿様になることもある
|とかく、あまり人生を重く見ず/捨て身になって何事も一心になすべし

というのを見つけました。

この冬が大きな節目の人もそれほど大きくない節目の人も、気を緩めることなく試練を乗り越え春を迎えられますようにお祈りします。

成人式やセンター試験のニュースを見てそのようなことを感じながら新年が始まりました。

また一年間、よろしくお願い申し上げます。