十月の満月 - 霜降篇 (裏窓から)

霜降篇

20日に熊野古道を歩きに出かけて
ご機嫌で家に帰って
いつものようにお酒を飲んで
その後に居間で横になって
うたた寝をする

飲んで食べて
うたた寝をして
風呂に入ってねる
という日常の繰り返しです

仕事はそれほど複雑ではなく
高度な知識や技術を求められているものでもないとは思うものの
もうこの歳なって
正規の職員と同じような成果を望まれているとしたら
光栄ではあるものの幾分重荷ではある

脳梗塞の症状は
そんなのんべんだらりとした日常の真っ最中に起こったのだった

20日の夜のこと

うたた寝から目がさめると
手が痺れていて風呂から上がっても心地が良くない

布団に寝転んで
スマホ(iPod touch)を仰向けになったまま
左手で操作しようとするけれども
手が痺れている

まるで
足が痺れて動かなくなり
突いても痛くなく
立とうとしても力が入らない状態になったときの様子に似ている

来たか 冷静にそう思った

(終)

霜降

十月のある日に
届いた手紙は
雨に濡れてインクが滲んでいた

返事を書こうと思うものの
意気込みすぎてなかなか書き出せない

メールは出しても読んでもくれない憎いやつ

ぼくも滲むインクで返事を書けたら

と ふと思う

意地っ張り

泣きっ面

🌱

ごめんねと言い出せなくて俯いて

🌱

満月の静かな夜のひとりごと

満月や思い出すのは君ばかり

🌱

25日は満月でした
今更眺めに庭に出ることもなく
しかし
夕刻の頃にどこかで真正面に向かい合ったが
さらりとかわして行き過ぎた

月を見あげるのが辛いというわけではないが

心が飢えていないいないと
人間は枯れてゆくのだと思う

星を見ても月を見ても
思い出すことはいろいろあるわ

暮れゆく秋に
今更何を
言えというのか

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ひとつの節目が過ぎてゆく - 清明篇 (裏窓から)

ひとつの節目が過ぎてゆく
古い時代が終わってしまい
新しい時代が始まったのだ

つい先ごろまでは
そのようなドラマじみた
あるいは 誰かの説教のような
ありふれた筋書きを
現実へと受け入れる心づもりなどは
全く持つつもりもなかった

還暦祝いや厄払いをしたわけでもなく
淡々と仕事を辞めて立ち去る挨拶をし
心から清々として三月を終えて来たのだ

四月からは新しい場所で
新しい面々に挨拶をし
心を新たにして
今までをさっぱりと切り捨てて
毎日に臨んでゆこうと考えた

🍀❤️

エイプリルフールが
そそくさと終わって
二日から仕事に出かけた

『清明』の五日は
何やかんやに夢中になって過ごし
四月になってからの日記は
一向に書き進まない

本当は休みたかったもしれない八日の日曜日に
友だちを誘ってお花見ウォーキングに行った

誰かに伝えたいと思って書く日記はもうすでに終わった
何かを遺したいと思うこともそれほど強くない

自然消滅でいいのだ
遺してきたものは昔の文化だ
遺産とはそんなものだ
そう思うようになった

🍀❤️

新しい時代の人は
新しい文化の上を生きてゆく
それが苦しくても
寂れたものであっても
その人たちが構築してゆくものであり
改革してゆくものなのだと思うから
私の文化は遺す必要はないのだ

歴史とか足跡は
残された人のために書いたのだ
確かに
新しい文明を開拓するときに
役立てばと思い
少しくらいは
記録に残るようにしてもいいかも知れないが

これからの水夫は
新しい海へと
新しい船で出帆してゆく

未知である宇宙には
自らが考え出した技術でゆく

社会は
新しい人の認めた法律や秩序で築かれてゆく

深夜の自画像(七日間)- 春分篇 (裏窓から)

秒読みが始まったとは誰も気づけない
したがって架空で語ってゆくか
過去を巻き戻して書きとどめるしかない

この際どっちだっていいだろう
七日後には消えるというものがたりを追いかけてみる

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◆ 七日前
朝はいつもどおりに目ざめている
歳を食ってからは床をあげるようなことは全くない
身のまわりの几帳面さも欠乏して
寝床の周りには着さらしの服を放置したままだ

日記はもう数年前から書かなくなってしまった
枕元に昨日の夜の書きかけの日記があったのは
もう数年前のことで
今では幻の風景になってしまった

最初に脳梗塞で倒れたとき
激しい衝動が湧き上がり
何十冊とあった若い頃からの日記に
火をつけ燃やして灰にした

大きな事件であったが
誰も深刻な脳梗塞の重篤さを
気にかけなかった

生涯で怒りを噴出させたのは
二度だとすると
このときがその二度目だった

寒いなあ、正月が過ぎて一段と寒いなあ
と呟いたかどうかはわからない

1月15日木曜日
脳梗塞の症状ものらりくらりだ

むかしからときどき
ひとりごとをいう癖はあった
ツマの誕生日が近いことは
気づいていただろうから
もうじき歳を食うなあと囁いたかも知れない

そして自分の誕生日が
あと二か月後にくることに
何かを期待したのだろうか
まだ67歳ではないか
しかし80際までは生きられない
そんなことを漠然と思っただろうか

まさかこの冬に
自分が67歳を2か月後にひかえながら
逝ってしまうとは想像もしていない

もう少しだらだらと生きてゆくのだと
漠然と感じていたのだろう

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◆ 六日前

その朝いつものように起きて
いつものように朝ご飯を食べて
寝たままで一日をはじめた

救急車まで自ら出向いて
病院まで運んでもらったことが過去にあった
死んでたまるか
そう思ったのだ

あのとき
頭蓋骨の中には
毛細血管から吹き出た血が
満ち溢れていたのだ

そんな事件があったことを
ムスコ(長男)には話したことなどない

あのときは生きていくことに夢中で
ムスコと会話を愉しむというような歓びはなかった

いつか忘れてしまうほどのむかしに
体調を崩して寝込んだことがあって
あの日のできごとが蘇る

身体は丈夫な方ではなかった
だから寝込むことが多かった
あのときは今までにない痛みを感じたのだったか
家族が(たぶんツマが)
冗談めいて
「それはガンかも知れない」
などというものだから
落ち込んでしまう

二日間ほど床に伏していた
気持ちが落ち込んだのだ

家族は
おとうちゃん気が弱っとるわ
と冗談を言ってケラケラとしたような気がする

根っから怠け者ではないので
明るい時刻に寝ているようなことはしない
そんな姿を見た人もいないはずだ

もしも寝ていたなら
たとえそれが朝であって
誰よりも遅くまで寝ていれば
どこか具合が悪いのではないかと
誰もが疑う

頭痛や腹痛で横になることもない
根っから身体が弱かったのだが
特化した症状が出るのではなく
弱い身体が全体で悲鳴を上げるタイプだった

66歳という若い年令で
死に絶えてしまったことを考えると
身体そのものの頑丈さは持って生まれたものであり
弱い人は長くは生きられない宿命を秘めていると気づく

努力をしても早く坂道を駆け上がることもできなければ
どんなに節制してさらに上質な栄養を摂取し続けても
元々が弱い人があるのだ

それがウチのこの人であり
ウチの血脈の宿命なのだった

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◆ 五日前

当然、自分の命が果ててしまうとは想像していない
18歳で出て行ったムスコだが
まずまずのところに住んでいる
ひと目でもいいので逢っておこう
などとは考える必要もない

この日は1月17日土曜日
ムスコも休みではないか
正月に顔を見せたきりだ

クルマで1時間走れば飛んできてくれる
その時間くらいはいつでもあるだろう
そう考えていたのか

まだ生きると信じていたから
遺言を伝えようとも考えない

そもそも遺言などと言うものは
ヒトが元気なときにぼやく愚痴に似たものでもある
オラには何の不満もなければ
言い伝える言葉もない
と思っていたかも知れない

ムスコのことを
子どものころは賢かったが
大人になっても大きな人間にはなれなかったな
と思い続けていただろう

小学校の卒業文集で
アナウンサーになりたいとか
もっと小さいときには
船乗りになりたいと
言っていたのを
強烈におぼえていて

そんな夢を大人になるまで持ち続け
実現するまで粘るだろうと
心の側面で固く信じているような人だった

つまり
自分の子どものころに抱いた夢がきっとあり
それが幾つになっても夢として心の片隅に
存在していたのではないか

夢は誰にも語ることはなく
秘めたままで
誰も夢の存在すら知ることはなく
消えていったのではないだろうか
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◆ 五日前

日曜日
NHKの日曜美術館を見るのを楽しみにした

ドラマは見ないし
バラエティーも見ない

脳梗塞で倒れて頭が……
というか
記憶が曖昧になってきた頃から
絵も描かなくなった

几帳面な性格で
絵を描く自分の部屋はいつも片付いていた
目を閉じても何がどこにあるかを探り出せるほどだった

それも
脳梗塞の進行とともにかすれてゆく

酒も飲まないので
遊びもしないので
時間が止まったように過ぎる日々を送り

秒読みが始まると
秒針がいらないほどに
静かに呼吸だけを続けた

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◆ 四日前

寒さが来るとニュースが伝えても
元々が寒さには弱音を吐かないので
それほど苦にしていなかった

死の時刻が迫っていた
そんなことには気づかない
誰かが察することができたのだろうか

姉には
わかるのだ
予感なのか

ジンはどうや
電話をかけてくれたのか
前もって問うこともなく
この家に来たのか

兄弟には淡白だった
喧嘩をするようなこともなく
付き合う人たちにも
悪く評されることなど一切ない

日常の人付き合いも
そのままの顔で
蔑まれたり妬まれたり
憎まれることなどもない

自分を主張することもなければ
無駄に意地を張ったり
相手を貶したりもしなかった

寝床に伏しても
我が儘をねだることもなかった

したがって
人間関係において敵など居なかった

しんしんと一つの方向へと
向かっていたのだろう

静か過ぎて
気づかなかったのは
ムスコがアホだったとしか言いようがない

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◆ 三日前

明日は大寒
明後日はツマの誕生日
そう思っていたのだろう

自分の心臓の勢いが弱くなっている
そのことに気づいていたのだろうか

周りが少しざわつき始めるけれども
隣に住むムスコは仕事に出かけてゆく
月曜日

30キロほど離れたところに住むムスコ(カズ)は
この人の微妙な変化など何も知らない

正月に会って
話したことすら
どんな内容だったかも忘れている

まさか……
と楽観的に考えているのか

最期に及んでどんな言葉を交わしたかなど
誰も知ることができない

逝く人のほうも
意識がぼーっと朦朧になり始めて
あらゆることが記憶にとどまらない

カズのことも
気にとまらなくなっている

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◆ 二日前

隣のムスコは仕事に出かけ
危篤が迫るのを
ムスコたちは何も知らずにいる

ざわざわと人が集まってくる
しかしながら
いつものようにお粥を啜り
えらいなあ、ぼーっとするなあ
と言うていたのか

カズは何をしとるか
正月から顔を出しておらんな
東京に行って就職で京都に来て
そのあとこっちに帰って来ても
ロクに話もしなかったなあ
と思ったは夢の中のことか

もしも
あの世で再会できたら
そのことを問うてみよう

夢うつつの時間が過ぎて
食欲も衰えてきている

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◆ 一日前

ミエコさん(姉)が来る
家族(ツマ)と並んで布団に入って
さすってもらったり
何やら話しかけてくれたりする

記憶はうっすら・ぼんやりとして
周囲の人は予感を感じたに違いなかろう

離れたムスコは何も知らない
誰も知らせようともしない

ムスコ(フトシ)は覚悟をした
しかし兄を呼ばない
まだ生きると信じている

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◆ その日

姉やツマが悟る
残された人の話によると
既に相当に意識がぼーっとしてたらしい

ビールが飲みたいと言う
しかし付き添っているツマは
こんな状態で飲ましてはならんと考えた

代わりにお茶をやる

「ビールと違うやないか、まずいなあ」
そう言うて寂しそうにする

他人(ヒト)が飲むと真似して飲んだ
だから楽しそうに飲むことが多かった

タバコも嫌いなくせに吸う真似をしたし
お酒は好きだったわけでもないのに
好きなふりをした

くしくも
そんな言葉が
最期になった

死んでしまう間際でも
そういうところがあった

旅路のはてに求めたもの

遥かむかし
旅路の果てで
心から切実に願ったこと
それは何にも縛られぬ
解き放たれた自分の姿だった

だが、しかし
ある場所に辿り着いてみるとそれは
幻想にも似たもので
空間をさまよう得体の知れないもの
カタチのなどなく
影もなく

現実からはかけはなれた夢物語であり
負け犬が見た逃げ道の筋書きにも思えた

夢など追うて生きてゆくことなど
実に儚いことだと感じたことと
それに気づくことの遅かったことを
不安と疑いの気持ちで知らされるのだが

認めたくもない気持ちが
自分自身と葛藤していた

あのときにあそこで気がつけば良いものを
運命の知らせも察することなく
願いも叶わず
ひたすら夢を追いかけ続けていた

間違いではなかったと
言い続けている自分を
いち早く捨てねばならないのにもかかわらず
着地点から目をそらせ続けていた

ぼくは
遥か遠くまで
旅をしてきたのだが
辿り着いたところは
青い鳥が見つかった夜明けのように

ぼくと背中合わせに
潜むかのようにあったステージだった


夕焼けを待つのさよなら言いたくて

ボクがノートの片隅に
夕焼けを待つのさよなら言いたくて
と書き残したのは11日のことだった

どんなことをそのときに考えていたのかはまったく思い出せない
けれども、どこかで美しい夕やけが見えたのだろう

誰を待つわけでもなかったし
待ちたい人がいるわけでもない

かつて
夕やけを仰ぎながら坂道を二人で歩きながら帰ったことはあったかもしれないが
それも後になって数々のドラマを書いているときに
日常と非日常が混ぜっこぜになってしまったのかもしれない

確かに
そんな風に二人で睦まじく坂道を帰れるような仲良しな人は数少なかった
或るとき偶然にバッタリと校門ではち合わせになった人が
クラスの人気者の可愛らしい子だったりすることは
ドラマでなくとも限りなく日常に近いことであったかもしれない

しかしボクの学校時代の思い出は
授業が終わると誰かの自転車のケツに飛び乗って駅までぶっ飛ばしていったような
校則との闘いのような青春だった

さようならを言って別れてまた明日会えるようなピュアな
ドラマのような日常を夢見たわけではないものの

夕やけを見ると
胸がときめくような人を
坂道の下で待ち伏せして
取り留めもない話を交わして
さようならをするというドラマを
頭のなかで創りだしてしまう

同じ夕やけを見ているかもしれない人のことを
切なく思い続けるような人は
もう今はどこにもいないのだろう
そんな気がする

泣き笑顔

きみが空を見上げているのは
星を見あげていたいのではないことくらい
わたしには簡単に想像できる

そこにあるのは
月でもないし
飛行機でもないし
スペースシャトルでもなかった

真っ暗闇という巨大な神秘だけが
いつも泣き笑顔でいるのは辛いという
きみのジョーダン混じりのような照れの
無言の問いかけに
答えようとしている

しかし
答えなどない

芝生のセリフのようなリズムで
捨ててきた過去を語りながら
明るい素振りで昔を許しているきみは
隠し通したい秘密を幾つも持っているのだと
わたしは気づくべきだったんです

でも
あのときのわたしは
きみの魔術にかかっていて
さざなみに向かって歩いてゆく
きみの後ろ姿を
見つめていただけだった

きみの面影を暗闇に葬ったあとにも
嵐が去ろうとしている秋の朝にも
わたしはきみのいなくなった海に向かって立ち
ただただ雨に打たれていたいという戯言は
やはり非日常の夢の片割れでしかなかった

そんな意地悪で
ありふれた模範解答に
気がついたのは
ずっとずっと
時間が過ぎてからのことだった

届ける

一枚の葉書にその人の近況が書いてありました。

引っ越しをしたことや仕事を辞めたことのほかに、近ごろさらにまた新しいことを始めていて、自分がどんどんと進化しているのが伝わってきました。

とても安心させてくれる内容で、少しホッとして、わたしの心や身体が温まってくるのが、その便りから分かりました。

最後に手書きで、メールは苦手で返事をなかなか書けないのだとも書き足してありました。

メールのことはおよそ想像していたからへっちゃらだったけど、もしかして気を使わせていたならば悪いことをしてしまったと悔やみました。

でも、わたしがメールを構わずに出したとしても、怒ったり凹んだり投げたりするような弱くて負けやすい人でないと思います。

大丈夫です。また、交流が復活します。

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むかしはもっと子どもに見えて、あんまし頑張って仕事をしているのを見ていると、いい人見つけて早く幸せになることを祈りました。

今はあのころと比べたら、ほったらかしにしておいても大丈夫な感じが出てきて、すっかり大人になって安心できる子になってきたと思います。

ほんとうに少しずつ話をするたびに、知らない面などが少しずつ見えてきて、どんな子なのかわかってきます。

それがわたしとは全く正反対の方向に向いている人なのですが、ふつうならこの辺りまで分かってくると、全く違う考えとか食い違う性格なのでというよくある理由で、だんだんとかみ合わなくなるとか疎遠になるところでしょう。

けれども、わたしがこの子を手放せないで大事に引き止めています。

理由がないままですけど、好きなんです。

恋とか愛とかじゃなく、好きなだけなんです。