人生は第四コーナーから 夏至篇 - 裏窓から

第一コーナーから第四コーナーまで
それは15年という月日で区切れることに気づく

1コーナー:15歳で高校入試(失敗)
2コーナー:30歳でムスメが生まれる
3コーナー:45歳で仕事を離脱
4コーナー:60歳で再び仕事を始める

大雑把に言えばそんなところだ

振り返ってみればどの時期もすべてかけがえのない思い出がたくさんある

しかしどれも幸せには満ちてはおらず荒波に揺られている苦渋の時節だということもじわりとわかる

幸せ度という指標でみれば第二コーナーから第三コーナーへ向かうときが最高であったのではないか

ムスメが生まれて仕事もしんどいなりに充実して人生にも迷いはない

自信を持って前進をしている

一方でツーリングばっかし行っていたと非難も受ける

ペラペラとおしゃべりを始めた子どもが2歳になったばかりの夏に、二人を置き去りにしたまま北海道へとツーリングに行ったという事件がある

後年ツマとあのころのことを振り返り合うことがあたびに、ツーリングに夢中になっていた自分はいったい何だったんだろうか、と回想する

子どもを置いて休日はバイクばかり乗っていたのだが、今もしもあの時代に戻ったらそんなことは絶対にしないだろう

子どもと一日中触れ合っていることは間違いがないのだが、あのころは全く違ったカタチで日常を満たしていたし、過程をお座なりにしていたわけでもなかった・・・のではあるが

子どもを置いたまま一人ででかけてしまい、残された母と娘はどれほど寂しく心細かったのかを知っているのか……とツマは言う

ひどい父である。だから「家庭をどう考えているのだ」と指摘を受けてもそれは当然のことであろう

もしも万一の交通事故にでも遭おうものなら言葉では吐き尽くせないほどの最低の父になってしまうこともある

ともかく勝手な父であったのだが、偉大なる反面教師であったと誰かが言ってくれるだろうか

夏至

月はひとり 星は二人で見上げたい」のブログのサブタイトルに
人生は第四コーナーから」と書いている

そこへ「少しダッシュしてみた」と続けてみる

どの直線を走っている時もどのコーナーの時もいつも必死だった

割と手抜きのなかった人生だったとも思う

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『父の日』で検索してみた 父の日篇

  1. 三十数年の歳月が過ぎて幻の日記が見えてくる
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  2. 父の日記 はじめに
    父の日記 はじめに   (秘伝本篇はリンク先です)わたしが子どものころ、そう小学生から中学生のころのことだ。父は、就…
  3. かき氷
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  4. 人生なんて 出番など ないままそっと 幕が降りる
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    思うのですけど家族はお肉がいいみたい▶ 父の日や仕事に来てる父ばかり写真日記から …
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  8. 飲むで検索する
    6月下旬篇つぶやきない。6月19日▼父の日や普通に1杯酒を飲む▼父の日や部屋で形見の絵を睨む▼父の日に鬼の顔して我を見る父の日に、三句いじって、黙り込む…
  9. 父の日記
    (10月15日)という日記のなかで「父の日記を読ませてもらった。父が日記をつけていたとは知らなかった。」と書き出している。親と子どもというのはギャップを…
  10. 父の日や貴方はあの日の朝のまま ─ 6月台風4号接近中
    ですな。台風がくるそうです、もうすぐ。▼父の日や貴方はあの日の朝のまま▼ねえ線路の向こうに繋がった町にいる貴方便りをおくれよただいま6月18日(月) こんな…
  11. 好きだよとイチゴを噛んでキスをする ─ 5月下旬篇
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  12. ヒソヒソとあなたの好きなウイスキー 6月下旬篇つぶやき
    まり好まないのかも知れない。6月19日▼父の日や普通に1杯酒を飲む▼父の日や部屋で形見の絵を睨む▼父の日に鬼の顔して我を見る父の日に、三句いじって、黙り込む…

かけがえのない贈り物 芒種篇 - 裏窓から

ジャパネットたかた社長・高田明
「私は、商品はただの物じゃない、生き物だと思ってるんです」
「ビデオカメラを買ったら、お父さんやお母さんを撮ってください」
と高田社長は強くすすめる。
子どもは成長してから自分の昔のビデオなど大して見ない。
むしろ両親の若いころの映像こそがかけがえのない贈りものになる。
2011年8月6日朝日新聞土曜「be」で

🍀

芒種がすぎても「裏窓から」に着手してません
机に座っても考えをまとめようとせず怠けている
まとめたい考えも漠然としているし焦点が定まらないままだ

そんな折に
ジャパネットたかたの高田明(前社長)語録を思い出す
偶然にも高田さんがTVで語っている場面も見かけた

お母さんお父さんと高田さんは語録では言う
おじいちゃんとかおばあちゃんと子どもが写っているところでコメントをしていた

子どもは写真なんか見ないでしょ・・・とはっきりとした上で語っている

🌱

この言葉の意味をじっくり考えてみると良い

写真やビデオに自分の姿が映って残るというのは夢の出来事だった
昭和四十年頃までは、写真は白黒で貴重なものだった

人生の歴史というアルバムのページをパラパラとめくると
昭和五十年頃になると写真はカラーが当たり前の時代に変わる

今や、写真は身近なものである
けれどもその分アルバムに貼ったりすることは怠るようになる(軽率化)
写真に写る自分は、珍しくもなく驚きもない時代が到来する

昔でも
父母と撮った写真は残っている
けれども、父母が子どもの頃の写真となるととても貴重であった
持っている人はお金持ちだろうと思う

昔の人たちは
父母や祖父祖母の若い頃の写真が見たいとは考えなかった
何故ならそれはハナから叶わぬ夢の話だったからだ

一方で今の子たちは
おじいさんやおばあさんが写っていたらいいなあ
とも思わないだろう
何故なら、写す事か簡単な事だから

ゆえに
そんな白黒世代の人のなかには、
過去の中に消えていった歴史を惜しむ人や
少しでも残しておきたいと願う人たちが多い
消えてゆくものの価値に掛け替えのなさを切実に感じているからだろう

🌱

三十年という世代交代の周期は想定しなかったほどに大きな段差を生んでいる
その段差を隔てて現代社会の文化はある

この変化の様子をしっかりと捉えて分析できていることが重要なのだと感じている

時代につれて変化する人々の心のようすとか、その心の礎となるものは何か、 そしてその礎の上に築き上げるものはどのようなもか
現代社会の犯している過ちを発生源まで遡って伝えておくことがわたしたちの使命であろう

高田前社長の言葉はわかりやすい語録であるが、その背景にある厚みやと深さには計り知れないものがあると思う

酒房・あうん

「居酒屋・鶴さん」
「喫茶・コリン」
その店の話はこれまで書いてきたとおり

劇的な出会いがありました
情熱的な恋もしました
それに悲しい別れも経験しました

++

ねえ、ぼくと
ケッコンして欲しい

ダメなのわたしには
大好きな人がいるから

そんな会話があったわけではない
二人の間を 確かめようと僕はしないし
鶴さんは自分からも話しはじめようとはしなかった

月日は過ぎる
コツコツと音を立てるように刻まれてゆく時間の
その間に何度も逢う
話もしたし
お酒も飲んだ
夜の銀座を彷徨った
だが 何を話したのか 記憶にない

憶えていないって こんなことを言うのだ

多分ぼくたちは将来の夢の話をしたのだけど
大人たちが言うような記録なんか残ってない
楽し過ぎて日記にも書き留めていなかった

++

ぼくと鶴さんがケッコンしなかった訳は
誰も知らないのだけど
鶴さんとぼくは知っている

酒房・あうん

二人の間には 現実はなかった
夢しか見えてなかったのだろうか

すべては「あ・う・ん」なのだ
しゃぼんのようにふわりふわりと漂いながら
どこかに紛れて行ってしまう

その訳は誰も知らないけど
ぼくたちは知っていたのかもしれない

二人はお互いに
この国のどこかとどこかで暮らしていて
「酒房・あうん」で辛口の旨い酒を飲んだ時にだけ
幻の乾杯にこたえてくれるだろう

————————————————————————
居喫茶・コリン
居酒屋・鶴さん
酒房・あうん
カフェ・六角堂
古書・わはく

休日には日記を書こう 小満篇

休日には日記を書こう 小満篇

六月一日から重松清の「ひこばえ」の連載が始まる

ちょこっとだけ期待をしている

五月二十日の新聞記事にインタビュー記事があった

🌱

少し離れて、重松さんは一家を見つめていた。「遺骨が真っ白できれいだなあと感じました。まいたそばから葉が落ち、虫が歩く。この瞬間から森の中に溶け込んでいる。風が吹けば飛び散り、雨が降れば地面に染みて溶けてなくなる。自然に溶けていく、というイメージを抱きました」

重松さん自身、2年前に父を亡くした。年に何度か岡山に帰郷して母を墓参に連れてゆく。「僕の中では、生きていたときよりも死んでからの方がおやじが身近になった。おやじという存在が僕のなかに溶けている感じがする。人が死んで形なきものになるとき、残された人の記憶に溶け、この世界に溶けていくんだと感じます」

🌱

重松さんは「溶けていく」と表現しているので、引き止められて切り抜いた

弔いがテーマになのだろう
わたしにはわたしなりのの考えがあるので静かに拝読する

🌱

人が死に生命が終わるとき
多くの記憶が薄れていき
やがては消えてしまう

カタチを持つものは
百年、一千年と面影を誘うように遺り続ける
しかし、果たして本質はどこまで正確に残存するのか

死んでしまうのだから
この世から消えてしまってもいいのだ
と思うこともある

魂が残ればいいではないか
という気持ちだろう

しかし、過去の多くの人は何かを残そうと苦心をしてきた
生前を敬い業績をたたえて
後世の人に偉業や意思を伝えようとしてきた

もしも「溶けていく」のならば
それは消えてしまうのか同化するのか
新しいものに姿を変えて「生まれ変わる」のだろう

🌱

(二十年舞絵に逝ってしまった父は)
たった六十六年しか生きなかったのだから一千年、五千年の歴史の中に何を刻むことができた(る)のだろうか

そんなことを考えると潔く影も形も記憶も足跡も残さずにドロンと消えてしまいたいと思う人も出てこよう
人の記憶の強さのようなものは、y=指数関数exp(1/2)の x 乗で減少を続けるのだろうと思った
つまり、死んだすぐ後は偉大さを振り返ってくれても
三代もあとになれば伝説の人となる

もっとも、この関数は五千年経ってもゼロにはならないことも意味していて

その点も重要で見過ごすわけではないのだが、ここでは深く考察はしない

🌱

科学技術の進化によりヒトの足跡を保存する技術も向上している
だから、千五百年とか二千年前の歴史的な遺品を解析し
現代から過去を想像するような作業は、後世では不要になってくるだろう

🌱

八嶋さんがFacebook でわたしの孫の写真を見て

「ちょうど一世代分の時間が過ぎたんですね。早いものです。
バイクに乗る機会がめっきり少なくなり、昨年バイクは
手放しました。近くのレンタルバイクで借りればいいと
思いましたが、バイクに乗りたい気持ちにならず、一度も
借りていません。
またその気になったらヘルメットとブーツを押入から
出します。」

と書いてくれた

わたしは以下のように返事を書いた

バイクに乗り続けることを硬い目で見つめるよりも
新しいことを次の世代に受け継ぐという観点で 
バイクがあった時代を伝承することは 
昔バイクツーリストであった人の責務だと思います
広義に 
旅がどうして私たちに必要だったのか
何かを実現するために旅という世界に足を踏み入れたその背景は何であったのか
この時代の幸せ 現実 逃避 などはどんな形で若者に夢を与えていたのか
そんなことを次の世代に受け継ぎたいと私は思います
バイクに乗り続けたいけど
新しく使命としたことも多くて 

うまく言えませんけどね。
また機会を見てこんな話を書きたいです
酒の肴にもならんけど

小満

小満になってもなかなか書き出さないので
ひとまずこの辺で放り出す
つづきは「秘伝」で

端午の節句に考える 立夏篇 (裏窓から )

三月のエクボを緩ます春の風

という つぶやき のメモに残し
どこにも人目につくところに
それを置いてこなかったことに
深い理由はなかったとは思うが

のちに 三月が暮れるときに

言い出しかねて
名曲がふぅーっと浮かぶ
今日が最後の登庁の日

と書き残しているところを振り返ると

自らの人生が「順風満帆」とは
決して言えなかった過去を
自戒を込めながらも許しているのである

もう いいじゃないか 許してやろう

そう言ってみたい夢のような自分の姿がある

死んでもわかってもらえんやろ
見渡せば八割以上があかんやろ

輝く人生の時
幸せだったとき
幸之助の言葉と人間
幸之助の遺したもの
会社が放ったパワハラ

そんな言葉のひとつひとつは
私にとって
安易には棄てられないものだったのだ

🌱

ラジオ番組から流れる『自由』をテーマにした街頭インタビューで
世の中の多くは『自由』を求めて生きているのがわかる

何者かによって束縛を受け
不自由であることに不満を抱き
やがて自由になって何かを実現することを夢見て
頑張っている人が多い

では いったい『自由』とは何であろうか
そういうことを考えてみる

🌱

はて私は
いったい何を求めているのか

わたしは「自由」だろうか
ここでいう「自由」とは何であるのか
そんな自問が生まれてきたのだった

(つづく)


(作成中) 穀雨篇 (裏窓から)

穀雨の時節を迎えている

🌱

(作成中)と書いたままで『穀雨』の時間が過ぎてゆく
もう新しいことを書き足す気力がなくなったのか

🌱

言葉なんて
無力だったのだと
つくづく思う
では一体何が私に
力を与えてくれるのだろうか
沈黙だったのだろうか

18日のメモにそんな言葉が残っている


 

♠♠

20日の夜に親睦会があって
置きっ放しにした車を取りに行って
家を訪ねて母の話を畑で聞く

おとうとは田植えの準備で
裏の田んぼへ出かけていて留守

ムスメは
「もしも家を建てるならどこが良いか」
という話が少し拗れて二人がギクシャクしている

🌱

人生とはそんなもんだが
幸せボケの域に入りつつあるのだと思う

設計力を失い
将来を見抜いて行く力と
築き上げる知恵を
失ってはいけない

🌱

私を
奮い立たせたのは
何であったのか
沈黙だったのであろうか

(作成中)のままにしておこう
(28日)