伝えるということはなんと難しいことだと思う

ムスメに二人目の子が生まれたころに考えてメモっていたものを書き写しておく

++

伝えることの難しさを考え続けている
十箇条にまとめればいいというものでもない
そう思いながら自分のための整理を繰り返している

しかし、そう簡単に自分の思いは伝わらないだろう
その理由は、ひとつひとつを丁寧に噛み砕いて渡せないからだ
噛み砕いて話す間に意見の食い違いが生まれるだろう
膝を突き合わせて本意を汲み取りながら、お互いの考えの根拠を噛み締め合わねばならない
時には意見がどこまでも食い違うことがあろう
食い違いが寄り添えない時には、その部分を明示して記録しておくのが良いかもしれない
どちらの言い分にも間違いはないはずだ
考え方の構築手順の順番や視点が違うだけで、本質にそれほど違いはなかろうと思う

さて、
そんな風にしながら考えたのが十箇条に押し込めた私の思いだ

ひとつひとつは短いタイトルにしたが、その奥には長くて、くどくどしく説明をしたくなることもあろう
辻褄の合わないような未完成・未完熟な箇所が各論には潜んでいる

それをここでどこまで書いていいものやら
書いたとすれば、大きな気概の流れを折ってしまうことにもなりかねない

だが、
ひとまず十箇条を書いてみる
意味や思いは、これを読んでも通じないと思う
押し通せる自信はない
もちろん間違いがない自信はある

  1. 企画力を磨く、俯瞰性を備える
  2. 情熱を絶やさない、旗をたてる、諦めない
  3. 見つめる、振り返る
  4. 人を育てる
  5. 嘘をつかない、裏切らない
  6. 笑顔を絶やさない
  7. まずい酒は飲まない
  8. 夢を描く
  9. 座右の銘を持つ
  10. 才知を磨く

(番外)倜儻不羈、失意泰然、得意澹然

—–
(続く)

参考に
宮本常一が父から旅立ちの日に授かった旅の十ヶ条

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喫茶コリン

恋い焦がれ続けた人を目の前にして銀座の夜は過ぎた

彼女は話す

**

あのねその下宿の一室を「喫茶コリン」と呼んでいたの
神経伝達物質のアセチルコリンから戴いてきたの
そこでおしゃべりをする仲間は同じ大学の同じクラブにいた仲間で
バスケット部と合唱部を掛け持ちしている子たちでした
女子が三人で男子が一人で
歌の歌えるバスケット選手たちでした(ケラケラ)
下宿といってもほとんど寮のような雰囲気です
大学は一つしかないですし
学部も薬学部しかないのですもの
小さな大学で学生もみんなの顔をくまなく知っていたし
名前もほとんどわかった
日本海に面した海を見下ろす高台にあって
下宿屋さんは大学のキャンパスから麓へ降りる斜面の坂道沿いに散らばっていました
地方から出て来て下宿をして薬剤師を目指している人がほとんどでしたから

**

大筋ではそんな話しだった
しかし、ほかの面々の名前やら仲間との親密度やら好意の度合いなどを想像させるようなことを鶴さんは何も語らなかった

**

寝台列車のような形の下宿屋さんだったという
住まいや町のこと、学校のこと、友だちのこと、毎日の楽しみのことなど
鶴さんはときどきそのころのことをとても楽しく懐かしがりながら話してくれた
けれどもひとつひとつはどれも断片的で
ベールに包まれたドラマのようであった
大好きだったその人のある時代の青春の一コマを想像するには
とても物足りない話の集まりだった
四年間もの長いあいだ心を寄せ続けた人が
どのように日々を送っていたのか
忘れたころにひょっこりと手紙をよこしてくれた人が
その合間にどんなふうに毎日を送っていたのだろうか

**

喫茶コリンというところで青春時代を送った鶴さんとは
東京で一年半だけ時々会って銀座のパブで話をする友達だった

東京を離れてから二度会った
京都市と郡山市で

あの人は喫茶コリンをもう忘れたのだろうか
あれから私は夢ばかりを見ている
鶴さんという人が「喫茶コリン」というお店を
日本のどこかでやっているという物語だ
————————————————————————
喫茶・コリン
居酒屋・鶴さん
酒房・あうん
カフェ・六角堂
古書・わはく

ぼちぼちと冬に向かう ─ 立冬篇 (裏窓から)

二週続けて県南部沖を襲った台風であったが、幸いにも被害や怪我に見舞われることもなくホッとしている

台風や大雨などの災害は、不運をいう前に自らの油断や奢りによる点も振り返るべきである

自然の猛威は、近代の地球温暖化による影響だけではなく、ずっと原始の時代からニンゲンが闘ってきた歴史のなかにある

決して今に始まった訳ではないと言ってもいいだろう

河川の氾濫、山壁の崩落は、大地を我が身の都合の良いように人類が改造をしようとした時から始まり、地球の上である種の均衡を保っていた力を、自分たちの都合でねじ曲げてしまったことが大きな起因要素であろう

ヒトは勝手な生き物だと思う

住みよいように山を削り、川を曲げ、海を埋め立てておきながら、自然からのしっぺ返しには知恵という力で立ち向かおうとする

いつまでたっても、人類への驚異を封じ込めようとしている壁のどこかで綻びるところが絶えない

なのに、いつまでもどこまでも開発をやめようとしない

地球温暖化というもっと大きなパワーでやられるかもしれないのに、まだ、高を括ったようなところがある

台風が過ぎて日一日と秋めいてくるので、荒ぶれた心も秋のしっとりとした雰囲気と相まって、落ち着きを見せ始める

静かに冬を迎えようとしている姿は覚悟を決めた生命体の一つの姿でもあるのかもしれない

◉ 雨の日や傘かくれんぼ尻尾追う
◉ 誕生日リセットボタンに指乗せる
◉ 柴漬けを食うや酸っぱき人生思う

誕生日の頃に書き留めた三作ですが

なかなか、うまくまとまらない
苦汁を飲んで暮らしているときとか
不満に満ちているときとか
夢を追いかけているときとか
そういうときにびっくりするような作品が生まれて

なかなか、それなりに幸せなときは
緩んでしまって
作品に締まりも切れも情熱も欲望も
そのかけらが出てこないものだ

🍀

立冬に当たって所感が
スラスラと浮かばないのは
どういうことだ

ムスメは13日の予定日を控えて
いつでもオッケーの気持ちなようですが
なかなかです

父の日記 その3 ─ 月のはじめに思う

父の日記 その3

役場勤めだったおとやんは息子に夢を描いたのだろうか
曽祖父が村長、曽祖父が村会議員だったので
わが家系はその道を選ぶことを強く願っていたのだろうと思う

しかし、わたしの意思を尊重しようとした
本心は高ぶるほどに悩ましかったに違いない

自分の意思があるならばそれに従うべきだという
自由な発想を持つ側面があり
わたしが東京の大学に進学したいと言い出したときにも
何一つ反対の意見は言わず
引き留めることも
考え直すように促すこともしなかった

のちに何度か
「若いうちは勉強をしておきなさい」
「金の心配はしなくてよろしい」
「しっかり勉強しなさい」
「しょっちゅう手紙を書くと勉強の気が散るので手紙はあまり書かないことにする」
「学費を振り込んだので、しっかり勉強しなさい」
「健康に気をつけて」
などという鉛筆書きの便箋(多くは広告チラシの裏紙だった)に
走り書きをしている手紙が
小荷物と一緒に届いて
そのたびごとに
のらりくらりと怠けていた自分を見つめ直し
強い自責の念に苛まれる夜を送った

▶︎ (架空日記)

カズは勉強しているのやろうか
なまくらこいとらんかな
若いうちは勉強しろと書いておいたが
大人になったらアナウンサーになりたいと小学校の卒業の時に書いておった
もっと小さい時は船乗りになりたいと言うておった
諦めておるのやろうか
家に帰ってきて農業をしながら
役場に勤めるということは考えんか
夢はあったほうがええやろうなあ
(某月某日) ◀︎

わたしは公務の道を選ばなかった
自分で勝手にシナリオを書き換えてしまったと
血族の多くの人々は思っただろう

わたしの選択が
途轍もなく想定外だったことに
わたしが気づくのは
父が亡くなって
わたしが仕事をやめて
色々な出来事があって
幾らかの時間が過ぎてからのことだった

台風21号 一過の月曜日 〜 裏窓から 霜降篇

10月23日は霜降
立冬まであと15日であると思うと愈々きたなあと染み染みと感じ迫るものがある

先日から産休で帰泊しているムスメも臨月の期間に入った
インフルエンザの予防接種も済ませた

今年の10月23日はそんな日である

そして台風21号が未明に大暴れして行った日でもある
記録史上初という降水量を記録しながらも近隣で大災害が発生しなかったのは幸運だったといえるかもしれない

予報技術の進化により半日ほど前には相当精度のいいレベルで豪雨や雨雲の予測ができるようになった
当たり前のように流れている危険警報が耳に残らないのかそれとも舐めてかかっているのか、はたまた怖さについて無知すぎるのか

悲しい報道がいくつかある

台風一過となったあくる日は月曜日、通勤で使用するJRが一日中運休したため仕事は休ませてもらった

昼過ぎになっても強風は収まることがなく、マゴの手を引いて住宅地のなかを散歩に出ても1歳半の軽いカラダは吹き飛ばされそうになっている

宇治山田駅に床に浸水があったというニュースを見た
高2の七夕の豪雨で宇治山田駅の周辺は水浸しになった
あれ以来だろう、きっと

霜降の夜に考える

あの雨は只者ではない雨だと気づき始めたのは台風が最接近する6、7時間ほどまえだった
夕暮れどきに玄関に出て庭の水たまりと黙々と振り続く雨にゾクッとする静かな勢いを感じた

一、二度か、二、三度かは定かではないが、子どものころの嵐の夜に家中の戸には戸板を打ち終わって台所と牛小屋の境の土間に担桶(たんごけ)を置きロウソクの明かりで食事をしたりして夜を待ったのを微かに覚えている

嵐が来れば停電になるのは当たり前のことだった

防災意識が高まっている昨今であるが、もしもこの日の夜に昔のように予告も避難勧告もなく突然に停電をして数時間を過ごすことになったならば・・・ということを、ふと、考えた

便利とは何か、どういうことか、科学技術とは何か
考えろと言われて考えるのではなく、必然的に見つめ直して考えることが最も有効な防災訓練かも知れない

もしも・・・の停電は起こらなかった
それが一番いいに越したことはない

父の日記 その2

あまりペラペラと喋らない人だった。
私のおしゃべりは誰に似たのかわからない。

帳面を開き鉛筆を持ち小首を傾げるようにして何かを考えていた。
さらさらと書く雰囲気は持たず、どこかを時々見つめたりしながらじっくりと眉間にしわを緩く寄せるかんじで日記帳に向かっていた。

モノの道理を考えてみようとする姿勢の持ち主であった。
しかし、他人に自己を主張しようとはしなかった。
諦めがあったのだろうか。

日記にはどのよなことを書いていたのか。
毎日の出来事の不平不満を書くようなことはなかっただろう。

耳が不自由であったから周囲からイジメや阻害・排他的扱い、誹謗中傷、噂や悪言など(私には想像もできないのだが)を受けることが多かっただろう。
そして、じっとそれらへの反発をひたすらためて食いしばって堪えて生きてきたのだと思う。

辛い(つらい)ことは気にかけない、良いことだけを見つめて生きるのがひとつの道なのだ、と言葉ではなく生きる姿勢の中に持っており、そんな生き方をときどき漏らしたこともあった。

果たして、そんな自分に向けた言葉を日記に残したのだろうか。

♣︎ (架空日記)

台風がまた来ている
田んぼには出ていけないので小屋を片付ける
東京にいるカズは急に来た秋の冷え込みで
風邪をひいてはおらぬかな
栗が採れたので送ってやろか
酒ばっかし飲んで
勉強サボっとらんかな
ニンゲンは怠けたらあかん
面倒臭いということは何もない
コツコツとすれば必ずできる

♣︎

今日のような嵐が近づく雨の日には
こんな日記を書いていたのではなかろうか

夜が静かで長い季節 十月中旬篇

■ 巻頭言

10月号をお届けします。

夜が静かで長い季節を迎えています。

ついこの間、子どもにお風呂が沸いているので早く入るように促すときに
── お風呂が沸いとるので「早よいり(入り)」
と言いました。

そのあとで、ふと、この言葉は通じるのやろうかという心配が浮かんできました。

はて、そうすると、今の季節であるなら
── ええお月さんが出とるのを観るから、みんなをオモテに「よぼって(呼ぼって)」
という言葉も通じないかもしれない、とも思えてきました。

少し質問をしてみると、言葉の使われ方の違いが分かってきました。

お風呂に「いる」(入る)と言うことや人を呼ぶことを「よぼる」(呼ぼる)と言うこの地方特有の音便や活用形は、聞けば分かるのですが、自分で話すことはほとんどないと説明をしてくれました。

── 「夜さり」に遅うまで起きとったらあかんわ、早よ「ねりぃ」
と、夜更かしを注意してもチンプンカンプンの時代はやがて来るのでしょうか。

地域特有の言葉において、その活用は、母から子どもへと受け継がれます。
漬け物や、味噌汁、お雑煮などの味付け度合いやコツも母から子どもへ…です。

コミュニケーションの消滅だと一言で済ますこともできますが、名月を見上げて感じる風流もしっかりと伝えたいと、丸い月を眺めながら考えていました。

すっかり秋めいてきました。

風邪などお召しにならぬように(インフルの流行も今年は早そうですし)
暮れてゆく十月をお愉しみください。

 

■ あとがき

巻頭で月の話を書きましたが、今年の中秋の名月は過ぎてしまいました。

きれいな月を見上げて、美酒を愉しんだ方々も多いかと思います。

十月よりも十一月、さらに十二月と冬至に近づくにしたがい、お月様は空のてっぺんあたりまで登るようになります。

幾分大きくなるようにも思えます。

凍えるほどの寒さのなかで見上げる冬の満月が私は大好きです。

来月号のメルマガもそんな大きな月を見上げたあとのころに発行します。