鶺鴒鳴 ─ 白露篇 (裏窓から)

九月十二日になりました

暦によると二十四節気で七日から「白露」を迎え、七十二候では十二日から「鶺鴒鳴」の時候になっています

八月の下旬ころから庭でピヨピヨピュルルと鳴く小鳥がいますが、あれはセキレイなのかもしれません

環境学習情報センターの木村さんに問い合わせたら声を録音するか姿の写真を撮って欲しいといわれて早々にくじけてしまいました

小鳥はそう簡単に私の前へ出てきてどうぞというように記録を取らせてはくれませんけど、きっとセキレイなんだろうということにしておく

セキレイって一年中家の付近で見かけるのですけど、あんなに綺麗な声で鳴くのかと驚きながら毎朝透き通った鳴き声を聞いています

++

月がかわって朝夕がめっきりと過ごしやすくなりました

窓を開けて外の空気を部屋に呼び込むのは清々しく気持ちが良いのですが、少しひんやりするので夜中に窓を閉めに行かねばなりません

ぐっすりと寝ていたいのでタオルケットの他に少し厚めの肌布団を用意しておいてものぐさをしています

仕事帰りも日が暮れているのに驚くことがあります

夕焼けも綺麗になってきました


車窓の景色は10日の朝のもので、いつもの撮影ポイント付近です

たくさんの大豆が青々と茂っています

秋が深まると枯れ色になってきます

6日は三年ぶりの大腸カメラの検診で、5日から食事を抑えていました

うまく下剤が働くようにと、9月になったら消化の良いものを食べるように心がけて、無事6日の検査もクリアしました

ポリープはポツポツと小さいものが見られますが、気にしなくてもいいでしょうという先生の話で、現在生検に回っています

憩室が多いので先生は驚いてられました

どうもそっちの方を心配した方がいいのかもしれません

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(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子

半月ほど前から新聞連載に佐藤愛子さん「(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子」が登場し、9月1日が、最終回・その15でした。

その14のときに

書き始めると、ハチローのエゴイズムの裏側に潜んでいるものが見えてきました。小説の基本は、人間について考えることです。そして、そのためには、さまざまな現象の下にあるものを見なければならない。

という部分がありました。

そしてさらに、その15では、

私の人生はつくづく怒濤(どとう)の年月だったと思います。しかし、その怒濤は自然に押し寄せてきたものではなく、人から与えられたものでもない。私自身の持ち前の無鉄砲でそうなったのだと気がつくと、よくぞ奔流に流されず溺れずにここまで生きてきたものだと、我ながら驚いてしまいます。とにもかくにも自分の好きなように力いっぱい生きてきました。決して楽しいといえる人生ではなかったけれど、恨みつらみはありません。何ごとも自分のせいだと思えば諦めもついて、「悪くなかった」と思えるのです。

とはじまっています。

二度目に離婚をした夫のことを回想し、思わずマーキングをしたのですが

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:15 最後はわからずとも受け入れる

 最後の作品になると思い、88歳で長編小説『晩鐘』を書き始めました。小説で彼を書くことによって、私はその変貌(へんぼう)を理解しようと考えました。人間を書くということは現象を掘り下げること。一生懸命に掘れば現実生活で見えなかった真実が見えてくる。そう思って書いたのでした。

 しかし書き上げても何もわかりませんでした。わからないままでした。いくらかわかったことは、理解しようとする必要はない、ただ黙って「受け入れる」、それでいいということでした。

と書いている。
その後、ふらんす堂の yamaoka さんも同じ箇所を自分のブログに引用して「ただ黙って受け入れる」というタイトルの所感で「丹田にズンと来た」に書いた。

ぼくは嬉しくなってきました。

受け入れる、ということは人生の幾つもの節々でぼくたちに要求されてくることで、或るときは否応なしなこともあります。

受験においても、子育てにおいても、社会人になっても、結婚しても。
夫婦お互いに対してもそうでしょう。

受け入れることによって滲み上がってくる身体中の抹消神経を痺れさせるような「苦味(にがみ)」のようなものに、多くの人が共感するのではないでしょうか。

ほんま、ぼくもズンときました。
まだまだ若輩モノですけど。



(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:14
書き始めると、ハチローのエゴイズムの裏側に潜んでいるものが見えてきました。小説の基本は、人間について考えることです。そして、そのためには、さまざまな現象の下にあるものを見なければならない。

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:15
最後の作品になると思い、88歳で長編小説『晩鐘』を書き始めました。小説で彼を書くことによって、私はその変貌(へんぼう)を理解しようと考えました。人間を書くということは現象を掘り下げること。一生懸命に掘れば現実生活で見えなかった真実が見えてくる。そう思って書いたのでした。

しかし書き上げても何もわかりませんでした。わからないままでした。いくらかわかったことは、理解しようとする必要はない、ただ黙って「受け入れる」、それでいいということでした。

ビールの季節が終わってゆく - 処暑篇 (裏窓から)

🎥  ビールの季節

ビールの季節が終わってゆく

一年中飲んでいるビールであっても
夏が終わってゆくときに眺めていると
お前の季節も終わってゆくのだな
と思うのだった

カロリー・オフ、プリン体・オフという
素晴らしい発泡酒があって
味もまずまずと思うので
麦とホップをメインに飲むあいまに
「のどごし オールライト」も飲む

🎥  一段落

およそ二十年ほど勤めた仕事を辞めまして
孫育てに力を注ごうと
八月十八日の出勤が最後になりました

感慨深く思っていた私とは違って
当人はそばで見ていても淡々としているようです
内心はよくわかりませんが、長年一緒にいるので
それほど見誤りはないと思う

二十三日が処暑でした

そんなわけで
今月を振り返り、さらに20年を振りかえったのです

父が亡くなるころからだと思っていたが
改めて振り返ると
少し前から勤めていたこともはっきり思い出して
なおさら長い年月を染み染みと回想する

最後の勤務を終えたうちの人には
本当に長い間ご苦労さんとしか言いようがない

この人の働きのおかげで
こうしてここまでやってこれたのだし
支えられていたからこそ
(心が)危ない時にも倒れずに
仕事を続けることができた

野暮なこともしてしまっても
助けてもらって生きている

まさに支えてもらったというよりも
(溺れているところを)
引きずり上げてもらっている姿が当てはまるだろう

思い切ることは勇気のいることだ
ひとつの区切りと判断をし仕事を退くことは
しっかりとした手応えを感触として持った上で
勇気をふるわねばならない

仕事から身を引くことは今にあって
必然であり
我慢の限界であり
夢でもあったのだろう

毎日、仕事に出かけるのが嫌で
継続することが辛い時代もあった

人との関係に心をすり減らしやすいタイプであるにも関わらず
およそ20年という歳月のあいだ、苦心に苦労を重ねた

上手に感謝の気持ちを伝えられなかったのだが
本当にご苦労さんと抱きかかえたい気持ちです

🎥  アメブロ

最近になって
アメブロを始めました

ツイッターが詰まらないものへと
変身しつつあるので
新しいステージを探りたいのだろう
と自己分析をしている

だが
何にも書くことがないのに開設したので
思いつくこと
つぶやき
ひとりごとのようなこと
を書いて遊ぶのだろう

よかったら遊びにきてね
気軽にコメントを書いてね
そんな
雰囲気にしていきたいと思っています

タイトルは次のようにしてみた
(気が変わることはあり得ますけど)

貧乏・暇暇 前略・早々

人生は第四コーナーから

🎥  人生の後半戦を考える

高橋順子さんの「夫・車谷長吉」を読んで
心の中に様々な波紋が広がっている

読後感想は、別に書いた通りですが

人生終盤戦
第四コーナー
夕暮れから

それからが楽しいと
がはははと言いまくっている先輩方を見ていると
私もしっかりせなあかんな
と思うである

二人目の孫が
十一月に生まれる予定です

八月号の雑感(巻頭言・あとがき)

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■ 巻頭言

先月号を書いたのが大暑のころで、桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)という季節でした
そのあと、土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)を迎えて、「溽暑」(じょくしょ)な日々を我慢で乗り切り、やれやれという思いで8月を迎えます

七十二候では、8月になって立秋を迎えるまでのあいだを、大雨時行(たいうときどきふる)というように呼び、暑い夏から秋へと移ろうのを待ちます

今年はちょうど、7日(月)に台風5号がやってきて、その前日(6日)、夕刻のジョギングに出かけるとツクツクボウシが鳴いているではないですか

あら!と思い日記を繰ってみると、2年前には立秋の前日に初鳴きを聞いたと記録してあり、カナカナと悲しそうに鳴く蜩がすぐそのあとに鳴き始めたと書いています

さて、夏休みが真っ盛り

澄み渡る青空にモクモクと入道雲がわき上がると思えば、激烈な雨が突然に降るような日々が続きます。小学校の校庭の一角にあるプールからは涼しい歓声が響いてくる

やがてお盆

先祖の恩に感謝をし盆棚を飾り、お墓参りに出かけたり、忙しい日々をお過ごすことになります

フォークソング歌手のよしだたくろうが歌った「夏休み」は、麦わら帽子、たんぼの蛙、絵日記、花火、スイカ、水まき、ひまわり、夕立…と叙情を呼ぶ言葉がたくさん並んでいます

消えゆくもの、伝統をしっかりと伝えるもの、様々ということでしょう

━━━━━
■ あとがき

七十二候の暦が、第三十八候「寒蝉鳴」(ひぐらしなく)に変わりました

「寒蝉」とは「秋の訪れを告げる蝉で、ヒグラシやツクツクボウシ」のことです
まだまだ暑い日が続くものの、稲穂は日に日に色づいて、秋は着実にやって来ているのもわかります

稲穂は七夕のころに出てほぼ四十日余りで刈り取りの時期を迎えます
伊勢平野ではお盆を過ぎたころに稲刈りが真っ盛りになります

先日、ふらんす堂の山岡さんが編集日記で
  包みたる桃の匂ひの古新聞  細見綾子
という句を載せているのをみて、子どものころに庭になった桃をもぎ取って囓ったのを思いだしました

店頭に並ぶ桃は今やすっかり高級品になってしまいました
スイカも桃も葡萄も、いまでは甘くて美味しくなっています

お盆に大勢の人が集まるとそんなむかしの味を一生懸命に思い出そうとします
懐かしくもあり滑稽にも思えてきます

あのころには、甘くなくとも美味しかった時代があったのですね

飾り気のない素朴なものを摘みながら明日は忘れていてもいい話をする 【裏窓から・立秋篇】

ともだち (七月中旬号)を書いてから何日かが過ぎる

その間にさりげなくツマにこの話を持ちかけてみたところ
「ともだちってのはなんでも話せるけど話せるだけやからな」
と喋りはじめたところで、ツマは大きく相槌を打ちながら
「そういうところがええのよなあ~」
という

「何の支えにもならないし命を賭けて協力し合うなんてほとんど稀で所詮『なかよし』なだけで『ともだちって大事ですよね』という言葉がもたらしているほんとうのともだちのイメージと大きな隔たりがあるのではないか」
と言おうとしていたところを遮られてしまった

そこでさらにぼくは
「たかが学生時代に偶然に同じ釜の飯を食うことになっただけで、一、二年の短い時間に何が分かり合えるわけでもなかったと思うのよ。どん底で一緒に苦労をして過ごしたりしたなら別やけど、たまたま出会ったお見合いの相手も変わらんやろ。もちろんお見合いというシステムは素晴らしい出会いのシステムではあるけど、ともだちをお見合いで決めるというのは一種の無謀な気がするのや」
と付け足した。

++

そのあと、ツマと何を議論したわけでもない

(ぼくたちは)一瞬のタイミングで偶然に出会った仲であり、我々をつないでいる不思議なチカラは、すごく安定してプラス(+)もマイナス(ー)もうまい具合に吸収しているのだ・・・
と似たり寄ったりなことを考えていたのではないか

「我々をつなぐ」不思議なチカラは決して世間一般にある「なかよし」なものではないし、「一日じゅう喧嘩をするように言い合いをしている」と身近な誰もが言うくらいだから「なかよし」でも「ともだち」でもないだろう

「なかよし」や「ともだち」というものはそう簡単に言葉やカタチには表現できないものなのだということが、考えてゆくに従ってわかってくる

おまけに、夫婦というものも得体の知れないチカラで繋がるのだということを再確認して、そんなことを考えて妄想にふけっているのだった

そんなときに大学時代に一二年を共の過ごした「ともだち」の一人がメーリングのグループから抜けてしまった

可哀想に、抜ける決心をするまでは、さぞかし窮屈な時間を過ごして辛抱を重ねたのだろう

これまでの人生をおくった様々な社会のなかで、ポチッとボタンを押して簡単に次のステップへとステージを変化させるようなこと、それは、組織を抜けたり、誰かを動かしたり、何かを壊したりということにも共通することで、このように変化を求めて移れるようなことはとても珍しい部類になる

何事も思い通りに使いこなせる術を、完璧に習得できることは素晴らしいことなのだから、そのことを考えると、思案時間の長短にかかわらず、ポチッと押してグループから抜け出て、新しいステージへと移ろうとする人には、さぞかし窮屈な瞬間があるのだろうと想像するのである

今は、スッキリしたことを願ってやまない

++

ヒトは、絶対に完成できないようなジグソーパズルみたいなシナリオの上で生きている

合わないこと、できないこと
悔しいこと、憤ること
許せないこと、不条理なこと
悲しいこと、うれしいこと
涙さえ出ないようなこと
などにまみれて暮らしている

そんな中で、
涙を見せたり、隠し通したり
笑ってごまかしたり
怒って見せたり
幸せを粧ったり
して生きているのだ

そしてこれからもそうして生きていかねばならない

 

🍀

ツマがおゆうはんのまえに小鉢を出してくれる
居酒屋風でちょっと気に入っている

この日は長芋とオクラ
またある日は、カマスの塩焼き

飾り気のない素朴なものを摘みながら取るに足らない話をする
明日は忘れていてもそれはそれでいいのだ

鯖をくう骨一本ずつ数えて人生─土潤溽暑 【裏窓から・大暑篇 】

鯖をくう骨一本ずつ数えて人生

++

土潤溽暑 と七十二侯に出ている

あっという間に7月中旬から下旬へ
「桐始結花」(きりはじめてはなをむすぶ)の時節を送り
「土潤溽暑」(つうるおうてむしあつし)を迎えて
「溽暑」(じょくしょ)な日々を我慢で乗り切って
やれやれ8月を迎えることができそうです

七十二候では、8月になって立秋を迎えるまでの間に
「大雨時行」(たいうときどきふる)という言葉をあてはめ
暑い夏から秋へと移ろうのを待つのだ。

巷では、夏休みが真っ盛りです
通勤列車は生徒たちが消えてしまってしんとしている

澄み渡る青空にモクモクと入道雲がわき上がるかと思えば
激烈な雨が突然降るような夏がきて
小学校の校庭の一角にあるプールからは
涼しい歓声が響いてくる

子どもたちの元気な声を連日聞きながら
秋を迎える支度を少しずつ進めてゆく

お盆まではあと半月

先祖の恩に感謝をし
仏教ではお釈迦様に感謝をして
盆棚を飾ったり
お墓参りに出かけたり
京都では五山の送り火ある

フォークソング歌手のよしだたくろうが歌った「夏休み」は
麦わら帽子、たんぼの蛙、絵日記、花火、スイカ、水まき、ひまわり、夕立…
と叙情を呼ふ言葉がたくさん並んでいた

消えゆくもの、伝統をしっかりと伝えるもの、様々

寂しいともっと寂しい遠花火 (わ)

週末には花火大会の便りが届く(26日夜・津市)

あまり花火を間近で見上げて鑑賞した記憶もないな

熊野の花火、宮川の花火
むかしむかし、旅の途中の浅虫温泉でも花火大会に遭遇したな
思い出は大事なところだけしっかりと残っている

ふと

桑の実を前歯でちょっと噛み故郷 池田澄子

という句が目にとまる

夏という季節は少し遠くから
目を細めて見ている方がいいな
と思う

人間は我儘なのだというところに行き着く-大暑篇(号外)

▶︎テレビや映画でおなじみの人たちが相次いで亡くなってゆく知らせを報道で知りながら人の儚さを感じている

その一方で、人物の大きさや足跡の偉大さ、心の持ち方、生き様のそれぞれ、遺した言葉などなどをみてそこには筆舌に尽くしがたい多くのものがあったに違いない

そのことを想像をして、お涙頂戴の風潮につられてもらい泣きばかりをしたり悲愴的になってばかりにもいかないのではないかと、自分に向き合う

▶︎向き合う

これはとても難しいことだ

武道の真剣勝負ならば真剣であればあるほどに「向き合う」技加減が勝負を決める
揺るぎない姿勢は心身に要求される

平行線が交わらないとしても
向き合った二つの力は平行線のように限りなく一直線のうえでバランスを取ろうとする

死と向き合う
あるいは消滅してゆく人生と向き合うときに
わたしたちが構える姿勢において
力の逃げ道はないのだ

▶︎逃げ道

わたしたちは「あ・う・ん」というものをとても大事にしてきた

子ども叱る時にも、逃げ道を用意してから厳しく指導をする

目標に立ち向かう時も、逃げようとするわけではないものの、逃げ道がなくては押し進む一瞬に揺らぎが生じることがある

「逃げ」を許すのではないが、必要なのである

▶︎人間は我儘

世の中には人の数だけドラマがあって悲哀がある

還暦の節目を迎えるころから
事あるごとに
死ぬまで不安や余命についての話が増えてくる

大きな病は避けたい
痛みを伴う患いごさは勘弁してほしい
子どもや孫と幸せに暮らしたい
お金に不自由したくない
海外旅行などにいけたら行きたい
悠々自適・のんびりと暮らしたい
悩み事を抱かえたくない
揉め事も困る
誰からも干渉されたくない
人との付き合いで気を揉みたくない

そんな話が形を変えながら数々の事例に合わせていくらでも出てきて
老後を生きるということはこれほどまでに辛そうで苦しそうなものであったのかと
驚いてしまう

つまりは、人間は我儘なのだというところに行き着く

つづく

(裏窓から・大暑篇書きかけから