【利賀村】 を回想する

11月1日になった
むかしを回想している

利賀村に行ったときのことが
真っ先に浮かんでくる

検索をしてみた


  • 無謀なこと 花も嵐もⅡ その56
    いい。牛首峠に迷い込んだのが初期の頃だ。利賀村にそばを食べに行って、帰り道のルートで牛首峠を越えたときだ。線路の石ころのようなバラストのダートに迷い込んで…
  • 戸隠へ  花も嵐もⅡ その25
    ングが変わり始めたのでしょうか。富山県の利賀村に蕎麦を食べに行き、長野県の戸隠に蕎麦を食べに行く。だんだんと「蕎麦ツー」というものが楽しくなってゆきます。…
  • 蕎麦ツー  花も嵐もⅡ その24
    利賀村というところがある。蕎麦がたいそう旨いという。しかしあのころは、蕎麦にはそれほど関心はなく、新しい味覚を求め…
  • 平湯・キャンプツーリング
    して温度計を見たら1℃。昔、11月初旬に利賀村でビバークキャンプをしたときに1℃だったなあ。周りの山は真っ白だったのだから、十分にその寒さだ。しかし、平湯…
  • 1994年 夏・東北を走った
    行[6] 8/11:…日本海沿岸…富山(利賀)……自宅(松阪)[8/11-1]日本海沿岸(2)[8/11-2]利賀再訪[8/11-3]帰途119行[7] …
  • 奥飛騨・信州(1996年)
    合掌造りP106/P108/P136 利賀村の蕎麦(食べて)~名前わかんない峠~楢峠P95上→下 <奥飛騨> 飛騨・高山市P92 平湯…
  • 楢峠から水無ダム方面利賀村へ  幻想篇
    楢峠は厳密に言うと「楢峠+県道34号線(利賀村方面)」をさしている。 天生峠は飛騨古川から白川郷へと東西の峠で、楢峠は天生峠の手前から北上する。さらにその…
  • 冬じたくまでに会いたい人がいる
    奥飛騨へ、いざなうもの1992年11月に利賀村を訪ねて、秋から冬に変化する瞬間の寒さを体感した。あのワクワクを子どものように待ち侘びている。そのインセンテ…
  • 楢峠、牛首峠 【峠越え】
    富山県に利賀村と行ったときの思い出話を。1992年の10月31日の朝、テントなど一式とパンツを3枚を持って奥美濃へ行きまし…
  • 第15話【花も嵐も】 利賀村への道<奥美濃>
    富山県に利賀村というところがあります。そこの蕎麦は格別に旨いのだという話をバイク仲間から教えられて知ってしまった私は、ずっ…

木曽旅情庵 その2 ─ 寒露のころに考える

考えてみれば
失うことの連続であり
人生の第4コーナともなれば
新しいことなど
もうこれ以上に起こらない

旅情庵という宿へは
もう行くことはなかっただろうが
営業をやめてしまったことは
わたしの旅のひとつのカテゴリーに
ピリオドを打った

旅情庵に何度も泊まりに行き
信州の山々の雄大な風景や
目がさめるような秋の紅葉を目の当たりにし
大きく息をを吸って
元気な自分を取り戻そうとしていたのだろう

ちょうど十月の今ごろ
地図も持たずに
新品のオートバイで
乗鞍高原へと
鉄砲玉のように
走っていったのは
1982年10月の連休でことだった

三連休の一日目に仕事が入って
不平不満の気持ちで仕事に行ったときの気持ちの
記憶だけが強烈に残っているものの
あくる日に高速に飛び乗って
何も調べもせずに
ただ信州の方をめざすという
爆発心のようなものだけで
でかけたのだ

だから地図もなければ
宿の手配もしていなかった

あれから
信州の虜になり
木曽街道や中山道に夢中になり
秋の紅葉、初夏の新緑に
食べて走って湯につかって泊まって
という冒険のような旅をしてきた

旅情庵はそんな遊びのひとコマで出会った宿で
全国数々のユースを駆けまわったなかでも
飛び抜けて贔屓にする理由を
しっかりと持っていた宿だった

風呂に入れば窓から御嶽山の峰々が見えたし
窓のすぐ下には鄙びた田舎の山畑の景色があった

宿の建物は古くて
歴史を肌で感じることのできる味わい深いもので
タイムマシンに乗って
半世紀を飛んできたような安らぎの空間だった

ねこが
どっしりと
ふつうに
静かにいて

写真もスケッチも残していないので
わたしの記憶が老化とともに過去を捨て去る

それと一緒に消えていく記憶のひとつだ

それでいいのだ

木曽旅情庵ユース(YH) ─ 十月初めに考える

木曽旅情庵YH(ユースホステル)が昨年度末(平成27年3月)で閉鎖していた。

その話を知ったのは9月末になってからのことだった。
なるほどやっぱり という気持ちと 非常に残念な気持ち
更にはもう会えないのだな という寂しい思いだった。

何度も訪ねたYHだった。気に入っていたので友人知人を誘って
旅のみちづれになってもらったこともある。

(つづく)