消えてゆくもの - 穀雨篇 【裏窓から】

(四月二十日 穀雨)

ムスメの旦那さんのおばあちゃんが亡くなった
旦那さんにすれば実の父の母(だからおばあちゃん)です
ムスメ側から見れば私の母と同じ関係になる

幸いに私の母は生きていて
今日も電話を掛けてきて
「タケノコをもろたのでどうや」と言うていた

タケノコは今年になって二回めで
一回めはしっかりと湯がいたものを用意してくれて
それをもらって帰って炊いて食べた

明日も受け取りに行くという約束をした
この先 あと何度受け取りに行けるだろう
100歳まで生きたとしても春は十回あまりしか来ない

ムスメ家族のおばあさんのことを考える

若い夫婦はどのように
八十歳を過ぎた人の死を捉えたのだろうか

自分が歳をとるにしたがい子どもが大きく成長する
それと同時に、血や義理で繋がった血族・姻族を失う機会が増える

まだ三十歳ほどのころの自分を思い出してみる
つまり
自分の身の回りで人が死んでしまうということに
未経験であった時代のことを私は回想した

若い二人はどんな風に死別というものを捉えているのか
これには計り知れないものがあるのだ

ひとこと 死別と言っても
様々な死に方がある

なかには
若くして無念な死に方をする人もある

憎まれながら死ぬ人もあれば
惜しまれて死ぬ人もある

別れについて考えても
人それぞれである

いつかは別れがくるのだが
幾つものドラマがありシーンが起こる
喜怒哀楽、非情不条理に満ちていることもある

あれこれと思うと
私が歩んできた三十年前に遡って
あのころの自分を思い出すとか
その後の歴史を掘り返すのは
今更のことながらきわめて辛い

その忸怩たる思いを
誰に引き継げるわけでもないし
夫婦の仲で話題にしても
分かり合えるものでもなかろう

若い二人も三十年後に私と同様の感情や思いを抱くとは限らない
それは当然のことだ
あらゆる条件やモノ組合せが変わって
心もまったく違った感性や感情の上で生きているだろうから
新しい時代には新しい心情が生まれているのだろう

このような哲学めいたことを考えはじめると
迷路のなかを歩き回るようである

糸口などまったくないようでありながら
必ずとあると信じている自分の力のようなモノの感触を
掴むことができる

私は
昔からこんなことを考えるのが好きだったのかも知れない
しかし
この年齢になってからある年代まで戻って
考え直すからこそ意味があるだとも思う

ある意味では
すでに無力なのだけれども
考えることによって
小さな炎を灯し続けて
これからの年令を生きていきたいと願っているのかも知れない

その炎を
聖火の火のように
受け継げたら最高の幸せだろう

あの子たちのおばあちゃんが亡くなったことを
最も悲しんだのは紛れもなく息子であったはずで
この人の心は揺らぎながら
その人から生まれて
あの人と共に60年間を生きてきた時間や歴史を
死別する前後の相当の時間に静かに
考え思い出し尽くしてきたに違いない

そのことを
つまり、何を回想し何を考え何を悔やみ何を喜び……
などということを
子どもたちに伝えることはできない

けれども
炎として受け継ぐことであるならば
できるかも知れない

(通夜から帰ってきて)
穀雨の夜はそんなことを考えておりました

生きている - 清明篇 【裏窓から】

(四月四日 清明)

社会悪を切り
世間の不条理を掘り起こし
人間関係のつまらなさを嘆き
友情の脆さを指摘し
愛情というものは儚いことを悟り
情熱は冷めやすいものだと見つめ直す

併しながら
長くて冗長な時間に大きな価値を見出し
生涯を共にする人との出会いに感謝し
人生で出会った師匠にこの上なき敬意を抱き
新しい時代を受け継ぐ人に最低限度で最大の言葉を残したいと願う

夢は叶わずとも儚きことに美学があると独りごち
自分の正義を自問をし
怒りと諦めと無駄の流転の中で
泰然と生きている

🍀

ここに書いた一行一行の中に
それぞれ展開をして
あれこれと書きたいことがある

けれどもそのことには触れずにいよう
角が立つこともあるし
反発も食らうし
毎度のこと 変わり者扱いされるだろう

🍀

思いがきちんと伝わらないのは
私の力量不足に他ならない

ともだち-春分篇 【裏窓から】

友だちは大切だという
大切には変わりないが


これまで散々世話をかけたりまた心の支えになってもらったり
ときには人生への訓示となるような話をもらったりしながら
友だちに支えられて生きてきたわけである

しかしここに来て
そのような間柄にあった友だちとは一体どういうものなのだろうか
と考えさせられることがこのごろ多い

それは「果たして」という自問から始まってゆく

友だちって掛け替えのないもので何よりも大切なものです
という声は当たり前のように聞く

「果たして」の正体とは何か

ほんとうに大切なものなのだろうか
とい疑問が湧いてきたあとに
その自問に自責の波が覆い被さる

🍀

友だちのおかげでこれまで生きてこられた

つまりそのことに感謝をする一方で
その人たちは人生において
寄り添いながらも掛け替えのない大切なものなのだろうか
いつまでも燦然と輝く宝のようなものなのだろうか
と再考している

🍀

今を生きるのが精一杯で
暮らしにゆとりを失い
お手本のような人物になれるわけでもなく
毎日を生き抜くのに必死で
明日からの日々に遭うかもしれぬ予期せぬインシデントに
怯えながら私は生きている

そんな私から周りを眺めれば
押しなべて
富める人と富めない人の両方を見て
考えることができる

十分に幸せに毎日を送り
暮らしにゆとりがあって
まっとう日々を過ごしている人は
この先を読む必要はないだろう

問題なく暮らしている人がいる一方で
正反対の暮らしをしている人がいる

不安定な日常を刻々と送り
金のやりくりも苦心して
それなりに我慢をしながらも
いつか夢を叶えるために
無心に頑張っている人がいる

その人たちは言葉にしてしまえば
寂しい日常でありながらも
気持ちを切り替えて
元気を出して
哀しみは見せずに
生きている人たちだ

幸せな人の声が
(ネットやSNSでも)
自分の耳にい届いてくるのは
幸せな人が自分の幸せなことだけを
あちらこちらで呟いたり
吐き捨てたりするからであって

その反対座標の先には
言葉にならないため息が
おそらく掃いて捨てるほどに
たくさんあるに違いなく
それらはじっと堪えて
噛みつぶされているに過ぎない

🍀

友だちや先輩やかつての同志などにも
随分と会わない日々が続く

お互いが叱咤激励し合いながら
ときに競い人生を着々と歩んできた過去があった

アクティブに変化をしていたあのころの興奮から
煮え滾っていた熱気を急速で冷却してやり
俯瞰的に振り返って眺めてみると
もはや遠い存在のようになってしまっている友だち像が見えてくる

或るときは遠くから
あるいは近くにいて
刺激し合い支え合った仲だった

富める暮らしならば筋書きどおり
けれども
貧しく不幸な人生を送っていて
何も力になってやれない人物がいると
(まさにそれは自分自身であるかもしれないのだが)
無力を感じる

詰まりは
友だちなんてのは触媒にはなるのだけど
中和剤や解毒剤にはなれないのだ

🍀

ある種の隔たりや格差や不運が
さらには仕事の都合で遠くに住み
家族ができて疎遠になり
やがてお互いの距離が遠くへと離れてゆくのを
感じるのは仕方のないことなのかもしれない

不幸にみえていても幸せなこともあれば
幸せにみえても悩みを秘めていることもあろう

春分の日の車窓から
春分の日の車窓から

こんな世の中だからなのか
自分が生きるのに精一杯だからなのか
他人は他人と割り切っているからなのか
それって自業自得だろうと思っているのか
世の中を生き抜くのは金だと思っているのか
負け犬にはなりたくないと思っているのか
今を燃え尽きようと思っているのか

・・・

🍀

そんなふうに
友だちは
幸せなときは幸せなりに幸せを装飾させてくれた

けれども
今の自分自身に化学変化を起こさせてまで
何かに近づこうとはしないから

だから
友だちってのは
もう役目を終えているような気もするのである

🍀

行き着くところは
自分を映した鏡の中の自分であるような
逃げ場のない一瞬であり
睨み合う自分の姿なのだ

人生を生き抜く - 啓蟄篇 【裏窓から】 

平成29年3月3日の朝日新聞コラム(おやじのせなか)で小島慶子さんが

—>
片働きになって痛感したのは、女性は仕事を辞めても責められないけど、多くの男性は「死ぬまで働け」というプレッシャーを背負い続けているんだ、ということ。男性だってもっと色々な生き方があっていいはずなのに、「しんどい」なんて言おうものなら負け犬扱いされる。その上、家で「粗大ゴミ」とか言われたら、心が折れるよな、と。
<—

と書いているのです
このインタビューには前後があるので
この一文だけではわかりにくいですけど
お父さんの偉大さと苦労が後になってわかってきた
というようなお話です

🍀

私は
小島さんのお父さんのように一生働き続けませんでした

50歳前に仕事を放り出して
定職のない私がいる家庭でありながら
ムスメは私学の中学高校大学を出しました

450万の日本育英会の借金ができまして
就職したムスメにさらにそれも委ねました

10年以上早く仕事を辞めてしまいましたので
年金も最低レベルしかもらえないことがわかっています

一流大企業を退職して年収は4分の1ほどになっても
しかしながら
お金がないこと以外は充実した毎日を
精神的に大きなストレスもなく送れたことは
幸せであったと思っています

世の中にこんな生き方が存在したのだと
人生の終盤になって気づいたのでした

仕事のない恥ずかしさや
社会的地位や名誉がない情けなさよりも
それまで企業というところで
そんなことも知らずに
無知に働き続けていた自分が
むしろとても恥ずかしかった

平均年令よりも10年以上早く死んでしまった
父親の年令に近づこうとしています

父は定年になってから数年間に
どれほど充実した人生を過ごし
どれほどまで満足をして
人生を終わることができたのか

生前の言葉や遺作などを集めて
それを調べたり考え始めてみると
「人生を生き抜く」という
哲学めいたことを考えてしまいます

私は
仕事を勝手に10年あまり早くやめて
いつ何時に死んでもいいような人生を
貧しく(ある意味では)幸せに送りました

あと数年で父の享年になります
その年齢になったら私の新しい人生が
無一文で始まるのです

社会人になった時の同期と比べても
年金は4分の1に満たないでしょう

でももうそんな欲はありません
老後は前借りして過ごしたようなもんです

ですからこれからの私の人生は
いつ死んでもいいような
明るく軽く愉しい人生であって欲しい

だから健康に生きることが必須なんです

🍀

(こんな一筆を知り合いに吐き出しながら)

一瞬でも私がこんなことを考えていたのなら
それを後になって訂正してもあるいは願いが叶っても
書き残しておきたいと思っています

子どもが社会人になる頃から頻繁に思うことは
「人生は恩返しをすることで終わっていきたい」
ということです
そして
その心を引き継いで遺していかねばならない
それはヒトの使命であって
故に結婚もしなくてはならないし
子どももできなくてはならない

私自身も家族も子どもも
みなさん社会の中の様々な繋がりの中にいて
助けててもらいながらここまできたのですが
ちょっとそのことに
気づくのが遅すぎたんではないか
言葉だけでわかったつもりになっていたんではないか
ということです

さらに、しかしながら
何一つ恩返しなどできない私が居るんです

だったら(反面教師であっても)
ヒントになる言葉を遺すしかないです

積読(つんどく)

大きな流れの波の上を
漂うように彷徨うている
そんなふうに思うことがある

若くて元気なころは時に無謀なこともしてきたけれど
今は考えもしなかったような自分がいて
それがやけにしおらしくて苦笑する

周りから仲間が抜けてゆくときもあったし
息が合わずに逸れてってしまったこともある
どっちが本流だったのか
いつまでも考え込んだものだ
さらには、この世から逝ってしまったものもいる

わたしもそんな波の上を
ときには大きく揺られながら
ここまでやってきた

もう沈んでもいいいやと何度も思い
漂うだけで幸せと泣いたこともあった
ほんと
私は今日まで生きてきました♬
と口ずさんだものです

たくさんの人に手を差し伸べてもらい
命を助けてもらい
沈まないように静かな波間を導いてもらい
ここまでやってきた

これからは
恩返しをする番なのです

若い時とは違った使命が山ほどあって
パワーは昔のようになくて
なんの取り柄もなくて
でも
人生の後半戦は忙しい

一緒に頑張ろう
まだまだ この先も

最近どうよ?

と尋ねられて

井上靖の「孔子」を
もう10年以上鞄に入れて
持ち歩いているけど
やっと読んでて泣けるようになったよ

と答えている


平成28年12月17日中日春秋(中日新聞)から
「積ん読」という言葉は、世界に誇るべき日本語らしい。オックスフォード大学出版局は、「愛書家が知っておくべき十の言葉」の筆頭に、tsundoku(ツンドク)を挙げた
▼買った本を読まないまま、積んでおく。そんな状態をずばりひと言で表す言葉が、英語などにはない。日本の読書文化が生み出した見事な言葉なのだ
▼だが、胸を張ってばかりもいられない。本棚からあふれ、廊下や枕元などで山となった本に、自己嫌悪さえ覚えるのに、その山は確実に成長し続ける。そういう「積ん読病」患者にお薦めなのが、若松英輔さんの近著『言葉の贈り物』だ
▼若松さんのお父さんも大変な愛書家で、晩年に目を悪くして満足に読めなくなっても、買い続けた。どう見ても無駄である。父の「積ん読病」を若松さんが同僚に嘆くと、こう言われたという。「読めない本は、読める本より大事なのかもしれない」
▼<人は、いつか読みたいと願いながら読むことができない本からも影響を受ける>と、若松さんは書く。<私たちは、読めない本との間にも無言の対話を続けている。それは会い、話したいと願う人にも似て、その存在を遠くに感じながら、ふさわしい時機の到来を待っている>
▼いい言葉だなと思い、こういう本はじっくり噛(か)みしめるように読もうと、枕元の本の山の一番上に置く。かくして積ん読の山は、また高くなる。

林檎がぶりと囓って人生を回想す (裏窓から)− 霜降篇

▼何故になかなか言いたいことが言い出せないのだろうか

いいえ 違う
言いたいことは言っているけど
本質に到達するまで
相手がそっぽを向いてるか
その逆で
わかったような気分になるかで
「オレのいうことをきちんと聞いてほしい」
と叫んでいるのさえ届いていない状態なのだ

つまり分かり合えていないという不満ばかりが募っているのだ

▼言いたいことがいくつかあっても

都合のいいこととか
直感的に理解できることを
物分かりのいいやつになりきって
理解したようにウンウンと頷いてくれて
納得をしてくれているようにも思えるのだが
真意が伝わってゆく過程のどこかで減衰している
結局のところ上手く伝わらないのだ

と言うように 今のところ私は思っている

▼それでも そう簡単には理解し合えないと思う

昔も今も変わらないように思っていたのであるが
小中学校時代の友人に声をかけて少し話し込んで見ると
その後の人生の何かが影響して私の想像している人と違っていたりすることがある
まさかの人が社長になっていればサクセスストーリで
私が話し込む前の一種の想定のあるかもしれない
しかし
まさかの社長のような話とは正反対であったら
どうしたらいいのだろうか
私に引き止められた方が迷惑と思うかもしれない

同じ学校を出て
それぞれの希望を持って高校に進み
夢と志を持って大学へ進む人もいる
同じ環境で学び
順風満帆な人生の始まりのように
社会に羽ばたいたはずだ

だけれども足跡が筋書きと違っていたことで生まれる
無意識の中の凹みのようなものが
確実にあるのを感じる

▼ものさしはそれぞれ違ってもいいのだと
わかっているように喋るけれども

自分と違う暮らしぶりなんてのは
机上の理論なのだとつくづく思う
だから
幸せであっても
不幸であっても
苦しみでも
痛みでも
悩みでも
辛さでも
わかったふりをしてくれる友だちは
とても優しい親友であることには変わりがないが
実際のところは
理解し合えないのだということも
きちんと理解していなくてはならないと思う

▼儚いよね
それじゃあ

そう言いたくなるのだが
そこに現実がある

▼でもそんなものなんだよ
社会はそんなもの
だから
そこから考えることを始める

▼考え始めると
止まってしまう

* 子育てに行き詰まって虐待や殺人に至る人の話
* 貧困で家庭までもが崩壊してしまうような現実の存在
* そういう人々とそうでない人との格差
* その格差を解決しようとする行政サイドの現実認識レベル
* 社会の一部だけが華やかに進化してゆき取り残されてしまっている面があること
* 現代社会が実は安定しているように見えるけれど結構ガタがきているのではないかということ
* その泥が吹き出さないこと

▼ほんとうはもっと自然に打ち解けあえる仲間だったはずだ

イデオロギーの違いは
何の壁にもならず
お互いに理解し尊重し合えたはずだった
今の社会が仲良しクラブ的になり
思想や思考が軽薄になって
金太郎飴的になっているのを見て憂いながら
考察は無限ループのように続く

そんな中でかれこれ思うのだが
あまりこう思いたくはないのだが
それぞれがいわゆる金持ちになり
社会的な地位も名誉も得ることができて
それなりに不自由なく暮らせるようになり
出世はしないが安定した暮らしが得られて
人によっては出世もして
付き合いもそれなりで
仕事も順調で失速の予想もなく
困ったこともないし
悩みもないんだ

というような友だちに発展して行けば
ホイホイと声をかけても
なかなか応じてもらえなくなってきたように感じる
僻みじゃないの?言われるけど
ニンゲンって僻まずともそういうものだと切実に感じる
でも
そうじゃない友だちもたくさんいるから
ちょっと救われて生きてゆけるわけだが

▼純粋に損得ない時代の仲間たち

それはそれで本当の友だちであるし大切な人だが
こちらがそう思っていてもそう思ってくれてもいない人もいるし
ちょっとショックですが
新しく築き上げてきた社会のつながりの中で新しいものを獲得して
古いものを捨ててしまったのか
忘れてしまったかのように冷たい人もいた
人間が冷たいとは思わないものの
でも僕には無愛想にみえたのだ

そういう意味でも
あの頃の友達ならば分かりあるだろうと
損得ない時代の友だちを思ったこともあったが
なかなかそうも行かなかったし行かないらしい

▼新しい時代には新しい船が出て新しい時代の水夫が乗るのだ

僕は残念な気持ちでしたが
新しい時代を生き抜いている友は
古い時代の人は不要だったのだ
それでいいのだと思ったと同時にそれでいいのか
瓦解が待っているぞ
とも考える

気持ちの真の部分では
昔を忘れて欲しくはなかったのだ
しかし…と諦めざるを得ない

▼私には私の道しかない

それは貧しいながらも
格差の最低ランクの中で生きていく
僻みとしか思ってもらえないような
屈折したところで生きていく

そうだそこには
健康な私がいて
孫がいて
その子の親はしっかりとした展望を抱いていて
何も心配がなければいいのだ

▼自分の大きな夢を叶えるために無心に努力をしてきた
間違いとは言わないけど

自分の次の世代や
さらに自分の見ることのできない次の世代を
見つめて生き抜くことが大事なんだと思う

自分が成功して地位や名誉、お金を得ることも大事だが
言葉は難しいけど
受け継ぐことがもっと大事だと思う

優秀な思想を
理想の行動力を
次の世代に伝授して
長い歴史の
永遠ある発展に役立てるための一役を果たすことが
人間としての使命であり
親としての今の時代の務めなのだと思うようになったこのごろだ

私はそれほど社会に貢献できなかったけど
私の祖父や父が社会において
果たしてきたことを
復活させて
私の子孫にも受け継がせて
歴史を曲げてはいけないのだと思う

そのためにも
自分が自分のためだけに生きて
名誉とか地位とかお金を得ようとしたことは
とても恥ずかしいことだった
巻き戻せぬ失態だったと思う

▼思い直したことを
受け継いで生きたい

人生は死に向かう歩みである

年齢を重ねていくとは、心が豊かになっていくことだと思っています

先日ある方からいただいたメールに
書かれた一文が目にとまった

するりと読んだものの気に掛かるので
少し思いを揺らせている

その1通前の便りには
まだまだ思い出を語るには早い年齢
とも書いている

いろいろと回想することやら想像が頭の中を巡る

🍀

悩みや悔やみに満ちてこれまで生きてきたことの苦悩から脱出して
少しでも緩やかに穏やかに楽しく愉快に暮らしたいと
晩年を迎えて多くの人たちは夢見る

ストレスに締め付けられる時間を過ごすのではなく
我が儘で気まぐれな時間を送りたいと誰もが願う

豊かなモノに満たされて
欲しい物など何1つ辛抱することなく手に入れて
満足で豊かな暮らしをしたい人もあろう

人生の道筋の先に1つの姿を目標として置き
例えば幸せをこういうふうにして掴みたいと考える
それは叶うかどうかはわからない
叶わずに終わる人も多かろう

私たちは生まれたときから幸せを追い求め続け
苦しみや悲しみを踏み越えて
夢を食べながら一生懸命に歩む

ある形をしたものを描きつつ
そこに豊かさを見いだそうとしている
そんな気がする

🍀

私の想像は
単なる想像というよりも
ドラマの創作のように多様なものに変化し
もらったメールとはかけ離れていってしまう

世の中には
無数の人生の筋書きがあり
価値観があるわけで
私が考えたのは
きっとその1つを
掘り出して組み立ててみただけなのだ

豊かさを求めながら
幸せとは何だろうか
考え続ける

人生は死に向かう歩みである