喫茶コリン

恋い焦がれ続けた人を目の前にして銀座の夜は過ぎた

彼女は話す

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あのねその下宿の一室を「喫茶コリン」と呼んでいたの
神経伝達物質のアセチルコリンから戴いてきたの
そこでおしゃべりをする仲間は同じ大学の同じクラブにいた仲間で
バスケット部と合唱部を掛け持ちしている子たちでした
女子が三人で男子が一人で
歌の歌えるバスケット選手たちでした(ケラケラ)
下宿といってもほとんど寮のような雰囲気です
大学は一つしかないですし
学部も薬学部しかないのですもの
小さな大学で学生もみんなの顔をくまなく知っていたし
名前もほとんどわかった
日本海に面した海を見下ろす高台にあって
下宿屋さんは大学のキャンパスから麓へ降りる斜面の坂道沿いに散らばっていました
地方から出て来て下宿をして薬剤師を目指している人がほとんどでしたから

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大筋ではそんな話しだった
しかし、ほかの面々の名前やら仲間との親密度やら好意の度合いなどを想像させるようなことを鶴さんは何も語らなかった

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寝台列車のような形の下宿屋さんだったという
住まいや町のこと、学校のこと、友だちのこと、毎日の楽しみのことなど
鶴さんはときどきそのころのことをとても楽しく懐かしがりながら話してくれた
けれどもひとつひとつはどれも断片的で
ベールに包まれたドラマのようであった
大好きだったその人のある時代の青春の一コマを想像するには
とても物足りない話の集まりだった
四年間もの長いあいだ心を寄せ続けた人が
どのように日々を送っていたのか
忘れたころにひょっこりと手紙をよこしてくれた人が
その合間にどんなふうに毎日を送っていたのだろうか

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喫茶コリンというところで青春時代を送った鶴さんとは
東京で一年半だけ
時々会って銀座のパブで話をするという友だちだった

東京を離れてから二度会った
京都市と郡山市で

あの人は喫茶コリンをもう忘れたのだろうか
あれから私は夢ばかりを見ている
鶴さんという人が「喫茶コリン」というお店を
日本のどこかでやっているという物語だ
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喫茶・コリン
居酒屋・鶴さん
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カフェ・六角堂
古書・わはく

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