休日には日記を書こう 小満篇

休日には日記を書こう 小満篇

六月一日から重松清の「ひこばえ」の連載が始まる

ちょこっとだけ期待をしている

五月二十日の新聞記事にインタビュー記事があった

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少し離れて、重松さんは一家を見つめていた。「遺骨が真っ白できれいだなあと感じました。まいたそばから葉が落ち、虫が歩く。この瞬間から森の中に溶け込んでいる。風が吹けば飛び散り、雨が降れば地面に染みて溶けてなくなる。自然に溶けていく、というイメージを抱きました」

重松さん自身、2年前に父を亡くした。年に何度か岡山に帰郷して母を墓参に連れてゆく。「僕の中では、生きていたときよりも死んでからの方がおやじが身近になった。おやじという存在が僕のなかに溶けている感じがする。人が死んで形なきものになるとき、残された人の記憶に溶け、この世界に溶けていくんだと感じます」

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重松さんは「溶けていく」と表現しているので、引き止められて切り抜いた

弔いがテーマになのだろう
わたしにはわたしなりのの考えがあるので静かに拝読する

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人が死に生命が終わるとき
多くの記憶が薄れていき
やがては消えてしまう

カタチを持つものは
百年、一千年と面影を誘うように遺り続ける
しかし、果たして本質はどこまで正確に残存するのか

死んでしまうのだから
この世から消えてしまってもいいのだ
と思うこともある

魂が残ればいいではないか
という気持ちだろう

しかし、過去の多くの人は何かを残そうと苦心をしてきた
生前を敬い業績をたたえて
後世の人に偉業や意思を伝えようとしてきた

もしも「溶けていく」のならば
それは消えてしまうのか同化するのか
新しいものに姿を変えて「生まれ変わる」のだろう

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(二十年舞絵に逝ってしまった父は)
たった六十六年しか生きなかったのだから一千年、五千年の歴史の中に何を刻むことができた(る)のだろうか

そんなことを考えると潔く影も形も記憶も足跡も残さずにドロンと消えてしまいたいと思う人も出てこよう
人の記憶の強さのようなものは、y=指数関数exp(1/2)の x 乗で減少を続けるのだろうと思った
つまり、死んだすぐ後は偉大さを振り返ってくれても
三代もあとになれば伝説の人となる

もっとも、この関数は五千年経ってもゼロにはならないことも意味していて

その点も重要で見過ごすわけではないのだが、ここでは深く考察はしない

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科学技術の進化によりヒトの足跡を保存する技術も向上している
だから、千五百年とか二千年前の歴史的な遺品を解析し
現代から過去を想像するような作業は、後世では不要になってくるだろう

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八嶋さんがFacebook でわたしの孫の写真を見て

「ちょうど一世代分の時間が過ぎたんですね。早いものです。
バイクに乗る機会がめっきり少なくなり、昨年バイクは
手放しました。近くのレンタルバイクで借りればいいと
思いましたが、バイクに乗りたい気持ちにならず、一度も
借りていません。
またその気になったらヘルメットとブーツを押入から
出します。」

と書いてくれた

わたしは以下のように返事を書いた

バイクに乗り続けることを硬い目で見つめるよりも
新しいことを次の世代に受け継ぐという観点で 
バイクがあった時代を伝承することは 
昔バイクツーリストであった人の責務だと思います
広義に 
旅がどうして私たちに必要だったのか
何かを実現するために旅という世界に足を踏み入れたその背景は何であったのか
この時代の幸せ 現実 逃避 などはどんな形で若者に夢を与えていたのか
そんなことを次の世代に受け継ぎたいと私は思います
バイクに乗り続けたいけど
新しく使命としたことも多くて 

うまく言えませんけどね。
また機会を見てこんな話を書きたいです
酒の肴にもならんけど

小満

小満になってもなかなか書き出さないので
ひとまずこの辺で放り出す
つづきは「秘伝」で

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小満をすぎて憂いの夏近く─最近の余白から 小満篇【裏窓から】

小満をすぎて憂いの夏近く─最近の余白から 小満篇【裏窓から】 (原版)


最近の余白から 小満篇

▼ 焼き鳥の三本を二人で分ける

と最初に書いて

▼ 焼き鳥が三本ふたりで見つめ合う
と改めようと閃く

そのあとに「見つめ合う」なんていう生易しいものではなく
「睨み合う」ほどに激しい感情が「ぶつかり合う」ほうが激情的でオモシロイと思い直す。
私たち二人は周囲から「おまえらはいつも喧嘩をしとる」ように見えると言われる。
実際には喧嘩などではなく大声で喧嘩のような口調で普通に対話をしているのだ。

電車や街中でときどき夫婦喧嘩をしている二人に隣り合わせたりすることがあるが、あの言い合いを隣で聞かされるのは非常に不愉快で腹が立ってくることもある。そんなものは誰もいないところでやって欲しいと文句も言いたくなったりして後味がいつまでも悪かったりする。私たち二人もそういう不快を撒き散らしていることが多いのかも知れない。
しかし焼き鳥を食うときに「睨み合う」っている心の姿は「見つめ合う」に等しいことを弁明しておく。

ツマが一本でええわとつぶやくようにいい私がそんなこと言わんでもええと同じようにつぶやくように言う。
黙って一本ずつを囓ったところでもうちょいともらうわといってそそくさと二切れほど切り離して持ってゆく。
そんなことは惜しくもないしやらんつもりもない。
むしろ作った者としては食われて嬉しい。

十七音で心のせめぎ合いをすべて表現するのは難しい。この作品は駄作だろうからたぶん十年もたってからもう一度私が読んでも、他の誰かが読んでも、この夜の二人がどんな気持ちで焼き鳥を食ったのかは蘇らないかもしれない。
しかし、私たちはそんな刹那を生きているのだからそれでいいのだとも思う。
お父さんの焼き鳥はおいしかったとだけ語り継がれたらそれでいいのではないか。

「憎しみは忘れられるか」
そんな言葉を紙片に殴り書きして自分なりの答えを頭の中で反復している。
憎しみを抱くには訳があるだろう。たとえどんな事情があってもそれを忘れてしまうようなことがあるならばそれは許してしまったことに他ならない。
一旦許してしまってそれを憎しみと呼べるのか。許さないから憎しみである。

では、憎しみを事情があって解消するとしよう。憎しみではなくなることは即ち「許す」ことになる。
許すことは忘れることともいえる。
許しておきながら忘れもしない憎しみが有り得るのだろうか。
それはもともと憎しみといえるようなものであったのか。
わたしが抱く憎しみとは、もっと真っ黒の憎悪に満ちたドロドロの憎しみだ。

果たしてわたしはそんな憎しみを意思をもって忘れることができるのだろうか。
もっと広く考えて、ヒトは忘れたいことを意思のチカラで忘れられるのだろうか。

世の中の誰もが持つものでもないだろうが、ひとつの憎しみを私は持って生きている。
絶対に許し難いことがあるのだ。
自分のなかの正義がある1つのできごとをどうしても許さない。

だが、しかし、あれほどまでに烈しく憎んだのに風化してゆく気配をこのごろになって感じる。
人間は老化により記憶機能の一部を次第に退化(劣化)させてゆくのだから仕方がないかもしれない。
それも許すことになるのだろうか。


しかしながら、理由は如何にあれ、憎しみを凶器や暴力に頼って晴らすことは許されない。
ならば許すしかないのだが、忘れられないから困る。
風化してゆくのは悔しい。

憎しみのことなどを書き続けると人間の品位が下がるからやめよう。

♠ 小満をすぎて憂いの夏近し
♠ 小満をすぎて憂いの夏近く
♠ 小満やすぎれば憂いの夏近し

理論も何も持っていないから
ただ出任せに呟いてみる

わたしは夏がキライなのだ
ただ暑いだけの夏

バイクに乗って旅をしていた時代は
別人のように夏に走ったなあ

二人分の人生を(二色の人生を)生きている
なんか ええなあ

そうよ
GWにバイクに乗ってかっ飛んでいくツアラーをみていて
そういう時代があったことを回想していた。
みんな 癒やしを求めて走り続けている

わたしはもう癒やしなど不要になったから新しいステージを探す旅を探している

豆ごはん母去年より年老いて

豆ごはんをいただく。
格別、特別、美味しいわけでもなくても、こういう味をその季節に感謝をしながらいただくことが大切だ。
そのものの存在とそれ自体の価値と人々が大昔から嗜んできた味わいや愉しみを、普遍的な価値の上で味わうことが必要なのだと思う。

わが家の豆ごはん。
何度もチャレンジしてなかなかどこにも負けない味になっていると自画自賛して喜んでいる。
幸せとは、完成されてしまったものを、与える側のスケールでポンと置いて、幸せとして味わってくださいと贈るものではないだろう。

食や暮らしに関して、現代人はすっかり肝心な尺度の哲学を失ってしまった。
幸せボケになっているとも言えるのだが、豆ごはんなど典型的ののだが、完成された時代にポンと生まれた子どもたちにはわからない味なのではないか。

ニコニコする。

ふと、そんな言葉を思い浮かべて、身近にも日頃からニコニコとしていない人がいるかも…と考えてみた。
日常会話でも、不必要だから笑わないのだろうが、にこやかな人という表現がピッタリの人もいる。

子どもを育てていくときに、親は、にこやかであって欲しい。

もしかしたら現代が荒んでいるのは、こういった心のゆとりが欠落しているからではないか。

(5月22日)