長い人生凸凹だらけ 凸が5割で凹が5割 秋分篇 (裏窓から)


秋分のころに考えていたこと・あれこれ

▶  古い船

古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう
古い船を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう

なぜなら

古い船も新しい船のように新しい海へでる
古い水夫は知っているのさ新しい海のこわさを

(これって吉田たくろうの詩です)

むかしのフォークソングになるが
それほど陳腐化したものでもないのではないかと
このごろになって感じている

ぼくも古い水夫だが
新しい海に出て行かねばならない

▶  新しい海

あらゆるものが変化をしている

変化のないものもあるが
それはひっそりと目立たないようにしている

情報化の波が押し寄せている
決して荒波ではないものの

これまでとは形も勢いも
向かってくる方角も
手強さも天気や気象までもが異なっており

短時間で波動が豹変するものだから
手を焼いている人が想像以上に多い

大海に漕ぎ出る船も時代と共に立派になり
高度な知識や技術を身につけている水夫も多い

もしも遭難してしまい
無人島に流れ着いたりすることを想定すると
サバイバルな力や知恵に少し物足りなさや不安があるが
否定ばかりもできないだろう

▶  しおれる

壇蜜日記3を断続的に読んでいる

ある日彼女はその日の最後に「しおれる」と書いた

この言葉が印象的でメモ帳にさらりと書きとめた

人の心が弱っているとき
挫けているとき
失意に満ちて前進する気力を失くしたときに
花はしおれるし
心もしおれる

実績などをみれば
彼女のそんな弱々しさの裏に
逞しさも感じるので
これは決して悲しい日記ではないのかもしれない

世の多くの人は
日々を必死で生きている中で
時にはしおれてしまう日もあろう

日記を読んで
壇蜜さんがしおれる(萎れる)と書くと
背中をそっと抱かれたような気持ちになる

萎れた花であれば
水をもらえばまた復活できる
早く活力を取り戻し花を咲かせたい

▶ 秋の陽射し

6月7月ころの県内の測定ポイントで
日射計の1日平均値が
30メガジュール/1平方メートル(MJ/m2)ほどの日が連続していたのだが
秋分のころになると
20(MJ/m2)以下の日が多くなる
間違いなく
陽射しの勢いが約半分になってきているのだ

東京辺りの年間平均値が15〜20MJ/m2らしいので
お昼と夜の時間が半分ずつとなっていることから考えても
ぼくの住む地域は一年を通してまさに
平均的な日射エネルギーを受けてることになる

秋を感じながら
人生を振り返るわけでもなく
なんとなく
「人生は第四コーナーから」
という傍題を掲げてみた(ブログ)

▶  1年フライングで

友人が1年フライングで退職をした

その知らせを聞いて驚いた
と同時になるほどとも思った
他にもたくさんのことを思ったり
ツマとそのことで話をしたりした

書ききれないほどたくさん喋ったので
中途半端に書くのもイケナイし
辞めた友人にはノーコメントのままである

そろそろ書ききれないほどにもなった感想の数々が
沈殿化してきたので
少しずつ掬い上げていけないかと考え始めている

まあ、第四コーナーからゴールまでは長いから
もう少しぼんやりと考えていてもいいだろうけど

▶  秋の空

「女心と秋の空」というてみたり
「男心と秋の空」いうてみたりして
微妙に男女の心の違いを
皮肉ってみたりするのも面白い

詰まるところ
秋を過ごす心や夏の暑い思い出などは
とうに忘れ去り
これからやってくる冬の寒さへの支度を始めている

心も体も実は切り替わっているのではないだろうか

そういう意味では
人生の結末の支度もできているのかもしれない

▶  第四コーナー

ブログで少し遊んでいる
日記を書く以上は後世の人に読んでもらえるようなことを書こうと考えたこともあったのだが
遊びで書くのだから忘れても構わないことを書いて日常を「吐き出して」みようかと思う

▶  友人も第四コーナーから

様々な意見や見解があって
ぼくの家族の中でも
そのことを考えると話題になる

他人の人生に踏み込むのは一般的現代社会ではタブーであるから
お茶の当てにして申し訳ないのだが
わからないことや考え方の違いやらを
想像したり代わりに夢見て
自分なりに未来を想像しはじめると
限りないところまで夢が膨らむ

▶  資金が必要ですね

何をするにも資金が必要なのは世の常だ

そうでもないという意見ももちろん出るが
それは至って条件が揃ったときの例外的なケースで
現実の社会では苦労をしている人が多い

そのことを本意を胸にしまって一端ウンと言って
受け止められないような柔軟さが人物にないと
今の複雑な社会構造を理解することはできないだろう
私は堅物で窮屈な人間ですと公表しているようにも思える

▶  素直な人ゆえに

さて、
自分の人生を
第四コーナーからゴールまで
計画どおりに走り抜けていただきたい

彼はちょっと変人が入っているところもあるけど
普通に天真爛漫な明るい人だ
真面目に自分の人生に向き合いたいのだと思う

▶ 彼が思いきったトリガーや動機はわからない

1年間という終幕前のステージを早く切り上げたのには
おそらく深い理由があったのだろう

通常ならば終幕前のステージであれば
それまでの良かったことや
見せ所、あるいは苦心から
成功へのステージをコマ送りにして
音楽ならば指揮者が髪を乱して
グランディオーソの章に全力を注いでいるところだ

早く辞めたということは
そういうステージはすでに終わったか
ハナからやる気がなかったのか
できなかったのか

などなど
ちょっとマイナス要素の想像も勝ってしまう

▶ 思いついたらすぐアクション

体力も行動力も
資金力も柔軟性も
段々と衰える
そんなあたりまえのことが
第四コーナーに差し掛かったころに
ようやくわかってくる

適切な時期を逸すると成功を逃すことになる
手を打つならば早い方が良い
そのように考えたのだろうと思う

▶ 友だちなんてのは水モノよ

ぼくは人生の半分ほどでそういうふうに思うことが多くなった
みんな自分に精一杯だから
格好つけているだけで
友達は大切と教科書に書いてあるかのように繰り返す反面
実際には振り向くゆとりなどないのではないか

▶ 子育てに必死よね

田舎なので
4千万円ほで家が建っているだろうか
子どもの教育費も同じくらいだろうか
大体の数字だが

やっと解放されたところだ

▶ 貧しくても生きてきた

新人時代の初任給は15万円もなかったから年間でも300万円にはとてもとても
40歳少し後にでスピンオフするときには年間800万円くらいで
それがいきなり200万円ほどに急降下だったのだから

育英会からの450万円の借金を子どもに背負わせたまま社会人に放り出してしまった
なんてひどい親だったのか

今はやっと、ムスメ夫婦の所得はぼくたち夫婦の3、4倍になったか

世の中には
もっと悲惨な家族や
悲惨というよりは
不運とか不幸という家族も多いだろう

▶ 座標の話

このごろは
貧困 - 豊か
不幸 - 幸せ
は同じ座標にはないのだなと思うことが多い

そりゃ同じ座標であればわかりやすいし
世界の人がある意味平等に幸せを享受するのかもしれないけど

つまりは
貧しくても幸せになれる
という可能性を
自分のために信じたいのだ

▶ 人生は枝葉が多くてスリリングだ

それほどたくさんのことが次々と出てくる
ひとつずつにコメントが書ける
人生が長くなるとそんな枝葉に思うことがあるのだ

でももうそれが面倒でどうでもいいよと
十把一絡げにしてしまうこともある

▶ 細かいことは考えない

明日の楽しみに影響あると困るので
細かいことは考えない
詰まらないことでも悩まない
些細なことで怒らない
明日や何日も先のことを早いうちから考えない
考えたって始まらないことは考えない
失敗をしてもくよくよしない
成功してもアホみたいに喜ばない
好き嫌いはあってもそれほど気にかけない
長い人生凸凹だらけ
凸が5割で凹が5割
周りを見渡せばいい人ばかりでもないけどそれでいいのだ

 

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人生を回想する(断章) 裏窓から-秋分篇

22日は秋分
随分と過ごしやすい日々が続いています
台風も暴れていますが

🍀

三千枚の金貨(宮本輝)の中で(上巻192ページ付近)▶️日記

「小宮先生は、水墨画の基礎だけを教えて下さるの。 筆の持ち方、墨のすり方、墨の濃淡の作り方…。○を何百回も描いて、次は横線を一本、それも何百回も描いて、」

どんな世界にも基礎としての決まり事がある。 この決まり事をしっかりと修得しておかないと、自分独自なものは生まれてこない。いわば不動の型で、それをおろそかにして我流で次ぎに進もうとしても必ず行き詰まってしまう。

「いまはとにかく自分で描きたいものを忠実に写生するようにって言われてるの。鉛筆でいいのよ。でも忠実な写生でないと駄目だ、って。適当なデ フォルメは断じて認めない。風景をスケッチするとき、遠くの電線四本を、ずるして三本にしてはならない。瓦屋根の瓦の数を誤魔化してはならない。私、それ を先生の仰有るとおりにやってて、ひとつ気づいたことがあるの」

「私はこれまで風景を見ても花を見ても、人間の顔を見ても、じつはなんにも見えてなかったんだ、ってこと。 斉木さんも一度やってみたらいいわ。 奥さんの顔がいちばんいいかもしれない」

と書いていたことを私の頭がうっすらと覚えている。

すぐには思い出せないし日常は思い出しもしないのだが、どこかに断片が残してあるのだろうことはわかっていた。

それを、とある人の日記で拝見した一文で再び思い出すことになって(簡単なコメント足跡を残して)、自分の日記を懐かしんで探していると上のような切り取りメモが出てきたわけです。

そしてついでに、同じころに読んだ「水のかたち」の読後の日記もあった。宮本輝の言葉が残っていた。

「善い人」もことに触れている
 * 現代社会ではどんどん希薄になっています。それはどうしてなのかと考えてみると、人間って非常に嫉妬深い
 * 友達の旦那は大会社の役員になったのに自分の亭主はリストラされたとなれば、仲のいい友達だろうが妬み心が生じ
 * 立場が逆になったらどうか。そういう嫉妬心が強い人が、今度はきっと必要以上に上から目線になる
 * 収入だとか地位だとか、そんなものを尺度にして物事を考える人の一番欺瞞的なところは、今の自分よりいい人に思われたいという気持ちが人一倍強いということ
 * 僕は人間の一番汚いところは、じつはそこなんじゃないかと思っている
 * 人からもっとこんなふうに思われたい、いい人に思われたいという気持ちは表裏一体で
 * 自分より劣っている人をさげすむのと同じことです。これを同じだ と考えない人が、今すごく増えています

と宮本輝のインタビューをメモ書きしている。▶️日記

人生は、後半戦がおもしろい
という日記もあった

むかしの方が真剣だったのか、このごろの方が腹が据わったのか
横着になったのか、諦めがついたのか

そんなことを考えながら

さて、
秋分篇は何を書こうかとぼんやりと考えている間にアレヨアレヨと時間が過ぎていった。

つづく