アートに生きる

或るとき、わたしは父のことを回想している。
そのメモに書き出されてくる人間の姿は
そのまま子どもに受け継がれたのではないか
とわたしは考える。

即ち、父の遺した人物像はそのまま「わたし伝」にもなり得る。

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(メモ書き写し)

あの人は何かを書き残したいと考えたのではないか。

あの人は、書くことにおいては何も足跡を残さなかった。
誰にもいわなかったのか、いえなかったのかは不明なままだ。

ほんとうは詩人のように何かを書くのが好きだったのではないだろうか。
または、そういうものを書かずにはいられない自分をどこかに秘めていたのではないか。

そのようなことをこのごろ想像することが増えた。それも年齢が近づいてきたからだろう。

一枚の紙切れも残さなかったから、当然のこと、作品も残っていない。

しかし、ある日の夜に日記の片隅におよそ日々の出来事とは思えないような思いや物語が書いてあるのを見つけた。
それが意図的な作品だったと断言はできないし、わたしの記憶も曖昧である。

だから、今となってはわたしがこうして掘り起こそうとすること自体が既に物語りじみてしまうのであるが、あのとき のノートの端くれに細かい字でびっしりと書かれていたのは、あの人の叫びであり夢であったのではなかろうかと思う。

日記は、十数年あるいは二十数年かもしれず書き続けていたはずだし、どっしりと分厚い日記帳が枕元や押し入れとか屋根裏の倉庫とかに積んであっ たのを見た記憶がある。

ただ、母は父の日記にはほとんど関心を示さなかったようで、家を建て替えたときか、父の身体の具合が悪くなってしまったころに、ガラクタと混じって棄てられてしまったのかもしれない。

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父の物語にはオンナの影は出てこない。

そこだけが大きな相違点になるのである。深く調べると宝が隠れされていた時期もあっただろう。今は掘り起こす物的なものさえも残っていない。