かけがえのない贈り物 芒種篇 - 裏窓から

ジャパネットたかた社長・高田明
「私は、商品はただの物じゃない、生き物だと思ってるんです」
「ビデオカメラを買ったら、お父さんやお母さんを撮ってください」
と高田社長は強くすすめる。
子どもは成長してから自分の昔のビデオなど大して見ない。
むしろ両親の若いころの映像こそがかけがえのない贈りものになる。
2011年8月6日朝日新聞土曜「be」で

🍀

芒種がすぎても「裏窓から」に着手してません
机に座っても考えをまとめようとせず怠けている
まとめたい考えも漠然としているし焦点が定まらないままだ

そんな折に
ジャパネットたかたの高田明(前社長)語録を思い出す
偶然にも高田さんがTVで語っている場面も見かけた

お母さんお父さんと高田さんは語録では言う
おじいちゃんとかおばあちゃんと子どもが写っているところでコメントをしていた

子どもは写真なんか見ないでしょ・・・とはっきりとした上で語っている

🌱

この言葉の意味をじっくり考えてみると良い

写真やビデオに自分の姿が映って残るというのは夢の出来事だった
昭和四十年頃までは、写真は白黒で貴重なものだった

人生の歴史というアルバムのページをパラパラとめくると
昭和五十年頃になると写真はカラーが当たり前の時代に変わる

今や、写真は身近なものである
けれどもその分アルバムに貼ったりすることは怠るようになる(軽率化)
写真に写る自分は、珍しくもなく驚きもない時代が到来する

昔でも
父母と撮った写真は残っている
けれども、父母が子どもの頃の写真となるととても貴重であった
持っている人はお金持ちだろうと思う

昔の人たちは
父母や祖父祖母の若い頃の写真が見たいとは考えなかった
何故ならそれはハナから叶わぬ夢の話だったからだ

一方で今の子たちは
おじいさんやおばあさんが写っていたらいいなあ
とも思わないだろう
何故なら、写す事か簡単な事だから

ゆえに
そんな白黒世代の人のなかには、
過去の中に消えていった歴史を惜しむ人や
少しでも残しておきたいと願う人たちが多い
消えてゆくものの価値に掛け替えのなさを切実に感じているからだろう

🌱

三十年という世代交代の周期は想定しなかったほどに大きな段差を生んでいる
その段差を隔てて現代社会の文化はある

この変化の様子をしっかりと捉えて分析できていることが重要なのだと感じている

時代につれて変化する人々の心のようすとか、その心の礎となるものは何か、 そしてその礎の上に築き上げるものはどのようなもか
現代社会の犯している過ちを発生源まで遡って伝えておくことがわたしたちの使命であろう

高田前社長の言葉はわかりやすい語録であるが、その背景にある厚みやと深さには計り知れないものがあると思う

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癒される ─ 芒種篇 【裏窓から】

癒すという言葉がいつのころからか気にかかっている

ネットに登場し少し氾濫気味にみんながやたらと大事に使うし安易に使いすぎるように感じることまであって時々反発のようなものも感じることがある

そこでその言葉について考えこんでしまった

まるでショーウインドウで流行りの服を眺めるようにちょっと立ち止まって考え続けている

答えは出ないのだが、その前に問題が見えてこないのだとも気づき始める

癒やすという言葉は昔からあっただろうが、よくよく考えると、近年やたらと使われるのが気に喰わないだけなのかもしれない

それにしても「癒やされてみたい」というように猫も杓子もが愛用しすぎていないか

つまり安易に癒やしという言葉にすがりつき過ぎてはいまいかとも思うのだ

身の回りで私たちを癒やしてくれるものはたくさんある

犬さんや猫さんから赤ちゃんまで、更には、音楽からスイーツまで、テレビドラマ、映画、演劇、伝統工芸品、絵画、焼き物を眺めても癒やされる

変わったところでは、ぼんやりと日課のように眺める窓辺から遠くに見える大きな木の陰に停まっている赤い車が想像させる架空の物語……を自作したりしても癒しがある

一体どんな人が乗っているのだろうかというような空想から始まり他愛もない小説の場面が流れるように想像が膨らんでいけば心の突っ張りを取り去ってくれる

現代社会を生き抜く人たちは、みんな、そんなに癒やしに頼らねばならなず、癒やしなしでは生きていけないほどに疲れているのだろう

それほどまでに社会のなかにストレスが病巣となって広がって人々の心を蝕んでいるのか

ストレスって何だろうと考える

仕事、人間関係、見栄・虚栄、意地っぱり、衣食住の欲求不満などから生まれるものが真っ先に思いつく

みんな逃れるところがなくて四苦八苦しているのだ

逃げ道が用意されずに行き着く場所を見失っているのだ

少し斜め(ナナメ)からそういった現象を眺めてみるとオモシロイ

のらりくらりと暮らしながら社会にこうしてストレスがもたらす心の棘や歪をじっと観察してみる

その奥に大きなモノが潜んでいるようにも思えてくる


芒種のころに考える ─ 考えはまだまだ続く