一人旅がブームらしい (裏窓から) − 寒露篇

♠️ 一人旅

一人旅がちょっとしたブームらしい

いかにも今の時代に誰がが何処かで何かに火を着けてやれば瞬く間にブームになりそうだ

そしていかにも何もポリシーのない人たちがブームに群がりそうなキーワードである

今まさにそんな時代ではないかと思う

♠️ しかしそういう人たちをなじって悪言を吐きたいわけではない

ブームに群がる人々の陰で本当に一人旅の歓びと楽しみと味わいに出会っている人も多いはずだ

これもいかにもで、きっと多くの旅人が一人辿る旅のルートを噛み締めていることだろう

♠️ 淋しさを一人で受け止めて一人で完全燃焼するような人たちが様々な迷いや妄想や泣き言や歓喜を経てその果てに行き着くところが一人旅だとも言えるかもしれない

即ち究極の淋しさを自虐的に噛み締める時代にあって今という時代の主人公の姿が変化しつつあるのかもしれない

そんなことを思うと一人旅の旅人をちょっと応援してやってもいいような複雑な心境も生まれてくる

🍀

♠️ 何故一人を選ぶのか

1980年代私は一人で旅をするバイクソロツーリストだった

あのときどうして私は一人旅を選んだのだろうか

一人旅なんてものは話し相手も相談相手も存在せず寂しいし心細いし弾むような楽しさも味わえないし独り言の繰り返しで答えのない自問自答を繰り返すばかりの旅だ

なのにどうして私はそんなスタイルの旅を選んだのだろう

どうしてそんな旅のスタイルが今ごろになって人気があるのだろう

♠️ 昔キャンプ場で酒を飲みながら自問自答のような会話を交わした名も知らぬ一人旅の若者を思い出す

逃避ですよ

その人は今現在日常を過ごしている社会や人間関係や仕事そのものから(たぶんあらゆるストレスから)逃避をしてきていると明確に語っていた

🍀

♠️ 人一倍の寂しがり屋が一人旅に出た理由は

ぶらりと無計画に家を飛び出せる軽さにあったのかと思う

本当は神経質で行く先に迷い道など絶対に無いようにありたいといつも考えて暮しながら仕事をしているやつだから糸をプツンと切ってしまうとやたらと遠くに行きたがった

♠️ 一度も行ったことのないところを未知なところという

いつも未知なものや未知な場所そして未知な人を求めて走った

いつも新鮮でありたかった

感動が欲しかった

行きているモノの息遣いを肌で感じて興奮していたかった

🍀

時代の大きな波が巡ってふたたび一人旅の時代がきたからといっても今の人たちの愉しむ旅と私の昔の旅とは随分と違うように感じるのは私の旅が十分にあらゆる地方を網羅したからであろうか

もしくは私がそれなりの年齢に達しているからか

「一人旅」という言葉は同じでもその言葉の意味が全く同じとは限らないだろう

さらにそれが誘うイメージなんてものはかけ離れてきても不思議ではない

素直に今の人に混じって昔のように一人旅に出てみるのも一つの選択だろう

けれども古い旅人は新しい旅人のように旅に出ることはできないだろう

❤️

社会人になって最初の秋の連休

十月の体育の日の連休は私の一人旅の第2回目のチャレンジ記念日だった

日記によると夏に紀伊半島を一人旅しているので記念日ではないらしいことも思い出しながらわかってきたからチャレンジ記念日と呼ぼう

あてもなく地図さえも持たずに高速道路に飛び乗るような旅だった

ひょいと家を飛び出し紅葉を思い浮かべ漠然とあてのない旅の道を探しなら北に向かって走った

泊まる場所も宿も決めずに走った

目の前にあるものや飛び込む景色は全てが私には感動だった

🍀

この世には悪人なんていないと思っていたし美人で魅力的な人ばかりだと考えていた

そんなピュアな人間に無意識に立ち戻ってゆけるのが快感だったのだろうか

一人になって現実から逃げ出してきている快感に惹かれていったのだろうか

家庭を置き去りにして一人で旅に出ることはいつの時代であっても我儘なことだったはずだ

そのことを承知で家を出てくるし家族は送り出してくれた

そこには語りつくせない深い愛情があったのだろうと後年になって回想している

🍀

今になってふたたび一人旅がブームになっても、それは私が一人で彷徨うように走り回っていたときとは全く違うものだと明白に感じることができても、あの時間に私がどんな激情で旅を続けたのか、どう言うわけか上手く説明ができずにいる

じれったいながらも言葉を探し続けている

そう 私の一人旅はもっと淋しくて哀しくてとことん一人でとてつもなく馬鹿げていながらもどこの誰もが羨むような自由さを秘めていて、もっとロマンがあったような気がする

懇懇と満ちてくるドラスティックでセンチメンタルなモノを求めようとしていたのかもしれない

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