鶴さんとの出会い

[人生のトビラ]

人生を歩んでゆくうちに開けてみたくなるような扉(トビラ)がいくつもある。開けなくとも人生は滞ることはない。どれだけの人がトビラを開けることを試みて、そこへ踏み込んでゆくのだろうか。出てこられなくなるかもしれないのに。

トビラの存在に気がつかないことだってあろう。トビラではなく路傍の石であるかもしれない。いったん腰掛けて休まれば今まで歩み生きてきた道が違って見えてくる。これから行く道が明るく見えるかもしれない。

[旅とバイク]

1987年に北海道に旅立ったときのことを「小さな旅」と「旅の軌跡」のなかに書いてい る。ふと立ち寄った本屋で手にする北海道の観光ガイドブックがきっかけだった。無鉄砲に急行銀河に乗って北海道まで行っている。中学時代から文通友達だっ た裕ちゃんという女の子が天塩町にいたが、訪ねる意思があったわけでもなかった。ただ、頭の片隅に置いて北海道を選択していることは間違いない。

後にバイクでも行っている。最果ての場所への憧れがあったし、高校時代に仲良しだった友人が二人とも先を越して裕ちゃんを訪ねて行っていることもあったのかもしれない。だから、大学1年の夏に北海道周遊券で行くことを思い立ち、迷いもなく実行している。

しかし、学生時代には長い旅には出ていない。これは貧乏だったことが理由であるため、社会人になって爆発したかのようにバイクに乗ってあちらこちらへと出かける。オートバイとのつながりは子どものころにまで遡ると不自然ではなく、根っから二輪が好きなんだろう。

[旅で出会った女性]

1987年の汽車の旅で鶴さんと出会う。余別という町の行き止まりのバス停で一人の女の 子と言葉を交わすところから「鶴さん」の物語は始まる。きちんと書いてないので、断片から二人の関係や気持ちを想像して読むことになる。この人は鶴さんが 好きだった。おそらく、人生で最も好きだった人ではないか。大学時代には手紙のやり取りが続き、それがダンボールいっぱいになる。写真を送ったことは1度もなかった。

東京で再会をするのが4年後のことだった。高田馬場の駅前で待ち合わせるが、互いに向かい合うように歩いてきて一旦は行き違っている。それほど面影が記憶になかったのだ。

遺された膨大な日記を隈なく読んでいくとそのことを始めいろいろなことがわかってくる。この人とはもう会えない絶望の時を迎えてもまだ、もう一度会いたい、と強く激しく思い続けていたこともわかる。

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いつか二人が

クルマのステレオがユーミンをシャッフルして流し始めた。咄嗟には題名が浮かばない。
思い出せなくてイライラする。

でもそれはほんのいっときで、気にかけないでアクセルを踏みこむ。
ターボチャージャーがエンジンを軋ませるように唸っている。

クルマは快適にスピードを上げてゆく。

埠頭を渡る風。
歌の題名が頭にフラッシュのように甦る。

青いとばりが道の果てに続いてる
悲しい夜は私をとなりに乗せて
街の灯りは遠くなびくほうき星
何もいわずに 私のそばにいて

埠頭を渡る風を見たのは
いつか二人がただの友達だった日ね
今のあなたはひとり傷つき
忘れた景色探しにここへ来たの
もうそれ以上 もうそれ以上
やさしくなんてしなくていいのよ
いつでも強がる姿うそになる

セメント積んだ倉庫のかげで
ひざをかかえる あなたは急に幼い
だから短いキスをあげるよ
それは失くした写真にするみたいに
もうそれ以上 もうそれ以上
やさしくなんてしなくていいのよ
いつでも強がる姿好きだから

白いと息が闇の中へ消えてゆく
凍える夜は 私をとなりに乗せて
ゆるいカーヴであなたへたおれてみたら
何もきかずに横顔で笑って

青いとばりが道の果てに続いてる
悲しい夜は私をとなりに乗せて
街の灯りは遠くなびくほうき星
何もいわずに 私のそばにいて

魔法にかかったように情熱を注いで惚れてしまった人のことを父は日記の片隅に書き残している。でもそれはほんとうのことを知っていないと間違いなく見逃してしまう。
詰まらない日記しか書けない人だったから、もしもあとで誰かが読んだとしてもどこの何が大事だったのかとか一番主張したかったのがどこかなどがわからないままだ。
けれども、わたしは他にも残された資料とふだんから口癖のようにつぶやいていた言葉から、あの人が何を言いたかったのかを斜めの視線で考察してみようと考えた。

あの人が、ほんとうに心から惚れていた人は一人だけでそれはツマだけだった。そのことを最初にきちんと明確にしどんなことがあっても疑いを持たないように頭に入れておく。
その点に揺らぎや疑いを持ってしまうと、数々の日記の言葉が一人歩きをするおそれが生じるので、くれぐれも気をつけて考察を進めてゆく。
ツマだけであったと書いたのだが、この人の心を揺るがした人は、何名かあった。3人とも5人とも推察できる。
たしかに気の多い人であったためにそのあたりを誰にも特定されまいと考えたのかもしれない。だが、きちんと読み進むと、大きく影響を与えたのは3人、いや4人であったといえようか。