冬じたく ─ 立冬篇

11月8日は立冬で暦のうえではこの日から冬となる。また寒い季節を迎える招待状が届いたようなものかもしれない。

20151108立冬

それほど冷え込んでこないのは雨が近いからだろうと天気予報を見て、前日の土曜日にお出かけをした帰りにムスメと合流しておゆうはんを食べた。

鍋が食べたいというのでお手ごろな店に4人で入ったのだが、焼肉とお鍋とがセットになったコースを注文して、みんなで汗だくになって食べた。

食事が終わって店の外に出ると、傘なしでどこまでも歩くわけにもゆかないほどの雨が降りだしていた。天気予報は夜半を回ってからといっていたのが、少し外れたようだ。

今の季節などは、天気や気流、気温の予測をすることにおいて難儀な時期ではないと思えるのだが、珍しく外してしまったには訳があったことだろう。何事も安易に見えてそこには無数の奥があるのだ。

▼ 雨静かに降り出して今年の秋と別れる

家の前まで車で送ってもらって週末・土曜の夜が更けた。

二三日前に「花鳥の夢」を最後の第九章を残すところまで読み終わっていた。感想は思いつくことをメモ書きするように書き溜めていたので、第九章を読み終えて読了とする。

山本兼一の作品は「利休にたずねよ」を読んだのみで二冊めであった。

小説として作品を見ると、文芸の域より大きく文学に傾きながら、文学に偏らずに芸術をしっかりと手のひらの上に置いて書いているのを感じる。

利休の言葉がいい。第八章最後にある。

性分でございますゆえ、お許し願いたいが、見せよう、見せよう、という気持ちの強い絵は、どうにも好みに合いませぬ。絵師がおのれの技倆を鼻にかけているようで、いかにも浅薄な絵に見えてしまいます

そして、秀吉の言葉が更に素晴らしい。(第九章P485、486)

そなた、悪相になったな

秀吉の命を受け東福寺法堂天井画を描きはじめる直前の永徳は、自分と格闘をしている。悩み苦しみ命をも削っている(…ことに気づかない)

なにごともな、すべてを一人で掴もうとすると、し損じる。わしの天下統一でも、すべての大名たちが従うわけではないぞ。従わぬ者を討伐しても、皆殺しにするわけにはいかぬ。生かして残してやらねば、連中は追い詰められて、死にもの狂いで歯向かってくるぞ

・・・

絵は、もっと楽しんでゆるやか描くがよい。長谷川の絵は、観ていて気持ちがゆるやかに楽しくなる。絵のなかに、観る者の居場所がある

花鳥の夢

言葉というのは、受け取る人の心の状態でいくらでも変化する。
気にもとめられないこともあれば、言った本人がまったく違ったことを考えていたりすることもある。

秀吉が狩野永徳にそのように言い放ったとき、利休はまだ秀吉から切腹を命じられていない。

秀吉からの厳しい言葉を浴びたあとにも永徳は描き続け、龍の瞳に丸い二つの目玉を入れて、鼻の線を引いたところで永徳の命は尽きる。

小説は永徳が死んでしまうのだとは明確に記述していない。まして、利休がこの半年後の春に切腹を命じられこともどこにも触れていない。

ムスメさん夫婦は私たちを家の前まで送り届けたあと、簡単な買い物をするためにスーパーに寄り深夜に家に着いたらしい。

ツマが、あの子たち買い物してから帰ったんやって、と明くる朝に話してくれた。
そうか、と返事をするときにノドが痛いことに気づいて風邪のはじまりとなった。

ぬくい夜がおわって雨の立冬の朝を迎えた。その雨も夕方には小止みになったかのように見えたが、月曜日の昼過ぎまで降り続いた。

わたしの風邪は、雨がやんでも、知らぬ顔。ノドはまだ痛いが、明日は休めない。