夜が静かで長い季節 十月中旬篇

■ 巻頭言

10月号をお届けします。

夜が静かで長い季節を迎えています。

ついこの間、子どもにお風呂が沸いているので早く入るように促すときに
── お風呂が沸いとるので「早よいり(入り)」
と言いました。

そのあとで、ふと、この言葉は通じるのやろうかという心配が浮かんできました。

はて、そうすると、今の季節であるなら
── ええお月さんが出とるのを観るから、みんなをオモテに「よぼって(呼ぼって)」
という言葉も通じないかもしれない、とも思えてきました。

少し質問をしてみると、言葉の使われ方の違いが分かってきました。

お風呂に「いる」(入る)と言うことや人を呼ぶことを「よぼる」(呼ぼる)と言うこの地方特有の音便や活用形は、聞けば分かるのですが、自分で話すことはほとんどないと説明をしてくれました。

── 「夜さり」に遅うまで起きとったらあかんわ、早よ「ねりぃ」
と、夜更かしを注意してもチンプンカンプンの時代はやがて来るのでしょうか。

地域特有の言葉において、その活用は、母から子どもへと受け継がれます。
漬け物や、味噌汁、お雑煮などの味付け度合いやコツも母から子どもへ…です。

コミュニケーションの消滅だと一言で済ますこともできますが、名月を見上げて感じる風流もしっかりと伝えたいと、丸い月を眺めながら考えていました。

すっかり秋めいてきました。

風邪などお召しにならぬように(インフルの流行も今年は早そうですし)
暮れてゆく十月をお愉しみください。

 

■ あとがき

巻頭で月の話を書きましたが、今年の中秋の名月は過ぎてしまいました。

きれいな月を見上げて、美酒を愉しんだ方々も多いかと思います。

十月よりも十一月、さらに十二月と冬至に近づくにしたがい、お月様は空のてっぺんあたりまで登るようになります。

幾分大きくなるようにも思えます。

凍えるほどの寒さのなかで見上げる冬の満月が私は大好きです。

来月号のメルマガもそんな大きな月を見上げたあとのころに発行します。

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父の日記 はじめに

父の日記 はじめに

わたしが子どものころ、そう小学生から中学生のころのことだ。
父は、就寝前にいつも必ず日記を書いていた。
枕を胸に当てうつ伏せで書いていたと思う。

居間や奥の間(寝間)には机などなかったし、卓上の電気スタンドもなかった。
だから、薄暗い奥の間の部屋の灯りだけで書いていたのだろう。
ペンは、鉛筆だったのかボールペンだったのか、今となっては不明である。

わたしはその日記に感心を持ったことはなかった。
こっそりと読んでみようという気も起こさなかった。
子どもというのはそういうものなのだ。
そういうことに気づくのは自分が父を亡くして、娘に昔話をしておきたいと考えるようになってからであろう。子どもは、昔話や親のことにはさらさら感心がないのだ、と知ったからだ。

日記は全く現存しない。

毎日丁寧にじっくりと時間をかけて綴っているのを見てきた。
日記帳は、1年分の分厚いもので、毎年同じものを使っていた。
部屋の片隅か押し入れには何年分もの日記が積んであったのを憶えている。
おそらく、わたしが生まれる前か子どものころから書き始めていたのだろう。
そのことを考えると相当な冊数の日記があったわけで、あれは曖昧な記憶ではないのだ。

だが、日記は消失している。
無くなった理由を想像すると二つのことが思いつく。

母がある時期に家財の整理をして、その際に廃棄するか焼却したかもしれない。
子どもが高校に行くので(または大学に行くので、または社会人になったので)
生活が一段落して、過去のあれこれやモノを整理した可能性がある。
しかし、そのように廃棄したとして、父は廃棄の様子をどう思ったか。
そこまではもっともな想像はできない。

もうひとつ日記が消滅する可能性がある。
それは父が定年前後から脳梗塞の症状で苦しんでおり、入退院を何度か繰り返した。
その症状が思わしくない時期があって精神的な(一種の強迫症のような)障害があっ たのかもしれない。
その際に、母のバックや貴重品を庭で無理矢理(病的に)焼却してしまうというちょっとした事件じみたことがあったかもしれない。

永年父が、おそらく30年も40年も継続してつけていた日記なのだから、そんなに簡単には焼却できるものではないと想像する。
父はどんな気持ちで消えてしまう記録を見つめていたのだろうか。

あの日記にはどのようなことが書いてあったのか。

あらゆることを思い出せるだけ思い出して、想像してみたいと、先日、ふと、思った。
真相はわからないのだが、あの日記にはどんなことが書いてあったのか。

架空のような夢のような想像を混じえて、少し考えてみよう。
そう思いながら、私はこれを書き始めている。

ひつじ田が露光らせて寒さなし 寒露篇 - 裏窓から

▶️ 寒露
七十二候の暦が冬の前触れみたいにヒヤッと寒さを漂わせる
早朝に駅へとゆく折にも頬を撫でてゆく引き締まった空気に真剣味を感じる

ひつじ田の朝露が水平に照らしてくる太陽光で銀色に輝いている
稲架がけが並んだ田んぼも見なくなってしまった

暑くなったり寒くなったりの日々を繰り返している
九月のような日だと思えば十一月の寒さがくる

毎年のことだが
寒露のころって誕生日が近いのでソワソワとしている

長袖にしたり半袖にしたり
いかにもぼくの性格に似ているようでもある

▶️ 京都
十月初旬になってまもないときに三日間ほど京都へ出かけていた
その帰りに寒露をの時節を迎えた

六日から七日にかけて雨が降った
横殴りになるような激しいものではないものの
静かで淑やかを装いつつ豊かな降水量を記録したのではなかろうか

三十余年ぶりにむかしの職場の同期の子と会うのだという
ツマといっしょに出かけた
会って話し込んでいる間には
秋の国宝の特別公開にでも行ってこようか
と軽く考えてていたのだが
雨降りを避けて地下街やそこに連なる大型店舗を
行ったり来たりしていた

▶️ 「壇蜜3」という日記
電車の中で日記を読むのがなかなかリラックスできる
一日分の短い日記を読み終わっては外の景色をぼんやりと眺めている
あらっと思うキーワードがあるときは付箋を貼るかメモ帖に書きとめている

「泣くなら一人で、出来事は日記に」

味なことを所々で書く人である
見たこともないし声を聞いたこともない真っ白な印象の人である
知性を見せびらかす風でもない

▶️ 日記を書く
司馬遼太郎を読んでいるときに書く日記は「街道をゆく」ふうになるし
壇蜜日記を読めば壇蜜ふうになってしまう

もちろんそれは自分がそう思っているだけで他人が読んでも似ていないのに
人というものはそういう人物や人物の生き方に知らぬ間に傾倒してゆく

▶️ 総選挙
それが正しかろうが間違っていようが
1つのことをぐいっと考え込むことは大事なことで
この十月に大騒ぎをする総選挙であっても
考えることなく送ってしまう人が多いのではないか

何でもネットなどの情報網で検索し流れるままに決定してしまう人が多い
そういう人がこれからの社会を構築してゆくといえばこの上なく儚く情けない

▶️ 不便であることを活用する
負けるとわかっていても
戦さに挑む人の心の奥深くを
一度でもはかってみる柔らかな視線が必要だろう

論座を返す
白黒を互いに入れ替える
そういうふうにじっくりと考察をして未来を設計する
考える手間や勇気や手段を失ってはいけない

何でも任せっぱなしの便利な時代である
不便であることを活用することを忘れないように心がけたい

鶺鴒鳴 ─ 白露篇 (裏窓から)

九月十二日になりました

暦によると二十四節気で七日から「白露」を迎え、七十二候では十二日から「鶺鴒鳴」の時候になっています

八月の下旬ころから庭でピヨピヨピュルルと鳴く小鳥がいますが、あれはセキレイなのかもしれません

環境学習情報センターの木村さんに問い合わせたら声を録音するか姿の写真を撮って欲しいといわれて早々にくじけてしまいました

小鳥はそう簡単に私の前へ出てきてどうぞというように記録を取らせてはくれませんけど、きっとセキレイなんだろうということにしておく

セキレイって一年中家の付近で見かけるのですけど、あんなに綺麗な声で鳴くのかと驚きながら毎朝透き通った鳴き声を聞いています

++

月がかわって朝夕がめっきりと過ごしやすくなりました

窓を開けて外の空気を部屋に呼び込むのは清々しく気持ちが良いのですが、少しひんやりするので夜中に窓を閉めに行かねばなりません

ぐっすりと寝ていたいのでタオルケットの他に少し厚めの肌布団を用意しておいてものぐさをしています

仕事帰りも日が暮れているのに驚くことがあります

夕焼けも綺麗になってきました


車窓の景色は10日の朝のもので、いつもの撮影ポイント付近です

たくさんの大豆が青々と茂っています

秋が深まると枯れ色になってきます

6日は三年ぶりの大腸カメラの検診で、5日から食事を抑えていました

うまく下剤が働くようにと、9月になったら消化の良いものを食べるように心がけて、無事6日の検査もクリアしました

ポリープはポツポツと小さいものが見られますが、気にしなくてもいいでしょうという先生の話で、現在生検に回っています

憩室が多いので先生は驚いてられました

どうもそっちの方を心配した方がいいのかもしれません

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子

半月ほど前から新聞連載に佐藤愛子さん「(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子」が登場し、9月1日が、最終回・その15でした。

その14のときに

書き始めると、ハチローのエゴイズムの裏側に潜んでいるものが見えてきました。小説の基本は、人間について考えることです。そして、そのためには、さまざまな現象の下にあるものを見なければならない。

という部分がありました。

そしてさらに、その15では、

私の人生はつくづく怒濤(どとう)の年月だったと思います。しかし、その怒濤は自然に押し寄せてきたものではなく、人から与えられたものでもない。私自身の持ち前の無鉄砲でそうなったのだと気がつくと、よくぞ奔流に流されず溺れずにここまで生きてきたものだと、我ながら驚いてしまいます。とにもかくにも自分の好きなように力いっぱい生きてきました。決して楽しいといえる人生ではなかったけれど、恨みつらみはありません。何ごとも自分のせいだと思えば諦めもついて、「悪くなかった」と思えるのです。

とはじまっています。

二度目に離婚をした夫のことを回想し、思わずマーキングをしたのですが

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:15 最後はわからずとも受け入れる

 最後の作品になると思い、88歳で長編小説『晩鐘』を書き始めました。小説で彼を書くことによって、私はその変貌(へんぼう)を理解しようと考えました。人間を書くということは現象を掘り下げること。一生懸命に掘れば現実生活で見えなかった真実が見えてくる。そう思って書いたのでした。

 しかし書き上げても何もわかりませんでした。わからないままでした。いくらかわかったことは、理解しようとする必要はない、ただ黙って「受け入れる」、それでいいということでした。

と書いている。
その後、ふらんす堂の yamaoka さんも同じ箇所を自分のブログに引用して「ただ黙って受け入れる」というタイトルの所感で「丹田にズンと来た」に書いた。

ぼくは嬉しくなってきました。

受け入れる、ということは人生の幾つもの節々でぼくたちに要求されてくることで、或るときは否応なしなこともあります。

受験においても、子育てにおいても、社会人になっても、結婚しても。
夫婦お互いに対してもそうでしょう。

受け入れることによって滲み上がってくる身体中の抹消神経を痺れさせるような「苦味(にがみ)」のようなものに、多くの人が共感するのではないでしょうか。

ほんま、ぼくもズンときました。
まだまだ若輩モノですけど。



(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:14
書き始めると、ハチローのエゴイズムの裏側に潜んでいるものが見えてきました。小説の基本は、人間について考えることです。そして、そのためには、さまざまな現象の下にあるものを見なければならない。

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:15
最後の作品になると思い、88歳で長編小説『晩鐘』を書き始めました。小説で彼を書くことによって、私はその変貌(へんぼう)を理解しようと考えました。人間を書くということは現象を掘り下げること。一生懸命に掘れば現実生活で見えなかった真実が見えてくる。そう思って書いたのでした。

しかし書き上げても何もわかりませんでした。わからないままでした。いくらかわかったことは、理解しようとする必要はない、ただ黙って「受け入れる」、それでいいということでした。

ビールの季節が終わってゆく - 処暑篇 (裏窓から)

🎥  ビールの季節

ビールの季節が終わってゆく

一年中飲んでいるビールであっても
夏が終わってゆくときに眺めていると
お前の季節も終わってゆくのだな
と思うのだった

カロリー・オフ、プリン体・オフという
素晴らしい発泡酒があって
味もまずまずと思うので
麦とホップをメインに飲むあいまに
「のどごし オールライト」も飲む

🎥  一段落

およそ二十年ほど勤めた仕事を辞めまして
孫育てに力を注ごうと
八月十八日の出勤が最後になりました

感慨深く思っていた私とは違って
当人はそばで見ていても淡々としているようです
内心はよくわかりませんが、長年一緒にいるので
それほど見誤りはないと思う

二十三日が処暑でした

そんなわけで
今月を振り返り、さらに20年を振りかえったのです

父が亡くなるころからだと思っていたが
改めて振り返ると
少し前から勤めていたこともはっきり思い出して
なおさら長い年月を染み染みと回想する

最後の勤務を終えたうちの人には
本当に長い間ご苦労さんとしか言いようがない

この人の働きのおかげで
こうしてここまでやってこれたのだし
支えられていたからこそ
(心が)危ない時にも倒れずに
仕事を続けることができた

野暮なこともしてしまっても
助けてもらって生きている

まさに支えてもらったというよりも
(溺れているところを)
引きずり上げてもらっている姿が当てはまるだろう

思い切ることは勇気のいることだ
ひとつの区切りと判断をし仕事を退くことは
しっかりとした手応えを感触として持った上で
勇気をふるわねばならない

仕事から身を引くことは今にあって
必然であり
我慢の限界であり
夢でもあったのだろう

毎日、仕事に出かけるのが嫌で
継続することが辛い時代もあった

人との関係に心をすり減らしやすいタイプであるにも関わらず
およそ20年という歳月のあいだ、苦心に苦労を重ねた

上手に感謝の気持ちを伝えられなかったのだが
本当にご苦労さんと抱きかかえたい気持ちです

🎥  アメブロ

最近になって
アメブロを始めました

ツイッターが詰まらないものへと
変身しつつあるので
新しいステージを探りたいのだろう
と自己分析をしている

だが
何にも書くことがないのに開設したので
思いつくこと
つぶやき
ひとりごとのようなこと
を書いて遊ぶのだろう

よかったら遊びにきてね
気軽にコメントを書いてね
そんな
雰囲気にしていきたいと思っています

タイトルは次のようにしてみた
(気が変わることはあり得ますけど)

貧乏・暇暇 前略・早々

人生は第四コーナーから

🎥  人生の後半戦を考える

高橋順子さんの「夫・車谷長吉」を読んで
心の中に様々な波紋が広がっている

読後感想は、別に書いた通りですが

人生終盤戦
第四コーナー
夕暮れから

それからが楽しいと
がはははと言いまくっている先輩方を見ていると
私もしっかりせなあかんな
と思うである

二人目の孫が
十一月に生まれる予定です

八月号の雑感(巻頭言・あとがき)

━━━━━
■ 巻頭言

先月号を書いたのが大暑のころで、桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)という季節でした
そのあと、土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)を迎えて、「溽暑」(じょくしょ)な日々を我慢で乗り切り、やれやれという思いで8月を迎えます

七十二候では、8月になって立秋を迎えるまでのあいだを、大雨時行(たいうときどきふる)というように呼び、暑い夏から秋へと移ろうのを待ちます

今年はちょうど、7日(月)に台風5号がやってきて、その前日(6日)、夕刻のジョギングに出かけるとツクツクボウシが鳴いているではないですか

あら!と思い日記を繰ってみると、2年前には立秋の前日に初鳴きを聞いたと記録してあり、カナカナと悲しそうに鳴く蜩がすぐそのあとに鳴き始めたと書いています

さて、夏休みが真っ盛り

澄み渡る青空にモクモクと入道雲がわき上がると思えば、激烈な雨が突然に降るような日々が続きます。小学校の校庭の一角にあるプールからは涼しい歓声が響いてくる

やがてお盆

先祖の恩に感謝をし盆棚を飾り、お墓参りに出かけたり、忙しい日々をお過ごすことになります

フォークソング歌手のよしだたくろうが歌った「夏休み」は、麦わら帽子、たんぼの蛙、絵日記、花火、スイカ、水まき、ひまわり、夕立…と叙情を呼ぶ言葉がたくさん並んでいます

消えゆくもの、伝統をしっかりと伝えるもの、様々ということでしょう

━━━━━
■ あとがき

七十二候の暦が、第三十八候「寒蝉鳴」(ひぐらしなく)に変わりました

「寒蝉」とは「秋の訪れを告げる蝉で、ヒグラシやツクツクボウシ」のことです
まだまだ暑い日が続くものの、稲穂は日に日に色づいて、秋は着実にやって来ているのもわかります

稲穂は七夕のころに出てほぼ四十日余りで刈り取りの時期を迎えます
伊勢平野ではお盆を過ぎたころに稲刈りが真っ盛りになります

先日、ふらんす堂の山岡さんが編集日記で
  包みたる桃の匂ひの古新聞  細見綾子
という句を載せているのをみて、子どものころに庭になった桃をもぎ取って囓ったのを思いだしました

店頭に並ぶ桃は今やすっかり高級品になってしまいました
スイカも桃も葡萄も、いまでは甘くて美味しくなっています

お盆に大勢の人が集まるとそんなむかしの味を一生懸命に思い出そうとします
懐かしくもあり滑稽にも思えてきます

あのころには、甘くなくとも美味しかった時代があったのですね