眼科で糖尿病の所見があるといわれる
眼科所見
日記に書くことはこれくらいや
仕事なし 健康状態は不安定だ
歴史的に昔の人の視点で見れば
社会を生き抜くには能力不足の判断をされて 仕事などさせてもらえない
まさに 私はそんな状態か
人間が持つ時間軸と社会が提供する時間軸のズレあって
その中を生きていくには 暮らしにくい世紀を迎えている
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つまりは
野生で生き獰猛な獣たちと戦って暮らしていたらなら
もはや生き延びることなどできない身体になっている
落ちぶれてきているのを認めねばならんのだ
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京都日記
車折神社の三船祭りは 来週 第三日曜です
十三日(土)のお昼過ぎから雨が降り始めまして 外に散歩に出かけるのは諦めました
そういえば「十五日は葵祭ですやんか」と思いついたのが昨夜のことでした
お天気は雨の予報ですから きっと翌る日に順延でしょう。僕は その前に京都を離れようと思っています
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『いっせい』の鰻をお持ち帰りで買って とーさんに届けてきました。「母の日」なので お店は予約で満杯で追加予約は受け付けず 次々とお客さんを断っていたようです
とーさんのいるSOMPOの家へも入れ替わり立ち替わり遠くから家族が訪れて 玄関先には車が溢れていた
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どこの じーさんも ばーさんも この季節だけは束の間の幸せだ
未来が暗い人ばかりではないものの、明日から急展開で明るくなりそうな人もいない
このまま 明かりが消えるのを待っている人たちばかりみ見える
この施設の玄関で ウチの人が帰ってくるのを待っている
時々ふらりと どんな意味か不明だが じーさんやばーさんがソファに並んで腰掛けて 話を始める
どんな程度の知り合いなのか わからないまま 静かに耳を傾けてみる
街の公園のベンチで偶然に隣り合わせになったように
━ 九十四歳ですんや、おたくは?
━ わしは八十四歳ですわ
などと挨拶を交わしているのがわかる
もしかしたら 昨日もここで会って同じように話したのではなかろうかと思うような会話をしたかもしれない
実際に 同じ話を毎日していても どちらも全く迷惑でもなく苛立ちもないような人が この建物中には 何十人もいるのだ
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うなぎ
とーさん うなぎ美味しかったかなあ
京都の人は、見栄っ張りで、ブランド志向なので 最初は 嵐山の『廣川』の鰻というていたのですが『いっせい』でもええという。ボクにすれば そんなに美味しい鰻でないのだけれど、そして江戸前と聞くとさらに それほど・・と期待も薄らいでしまうけど、ココと決めたら カタチを大事にするから 美味しいかどうかは二の次になってしまうのかもしれない。もしかしたら最初に食べて感動したとかいう思い出もあるのか
確かに とても上品ですし 江戸前なので蒸してあるので柔らかい。来客に出すならこんな鰻だと いかにも京都の味です
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老人施設でも、結核病棟でも、軍事収容所でも、癩病施設でも そう変わりがないような雰囲気のSOMPO高齢者住宅の外容ですが、とーさん自身にはそれほど悲壮感もなく、送り込まれたとか閉じ込められたという感覚はなさそうだ。それが病気のせいか、認知症の薬の投薬のせいか、人間として自然な姿なのか、不明である。だけど 切ないことにボクから見れば 穏やかに 三途の川の方を向いて 座っている毎日のように見える
時間を過ごすことにも苦心もせず 野球を見たり 相撲を見たりしていると時間が過ぎてくれるから、悲壮的なものはなく 悲しみや苦しみも 何もない、恨み辛みも湧き上がってこない。時間が淡々と過ぎるのです。人が来てくれるのが切々と待ち遠しいこともないのだが 電話をすると「今度 いつ来てくれるのや」と口癖のように尋ねる。だからと言って 行かなければ 早く来てくれとせがむこともない。
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一日の時間は止まったようであり刻々と流れているようでもある、日々に愛想つかして悲鳴を上げることもない、目の前で起こっていることを記憶に残すこともないので 来客が来てくれてもやがて忘れてしまい、特に日時の感覚はなく その日が何日で何曜日であるかも (動物と同じように)意識に持つこともなく時間の流れに浮遊しているだけだ
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うなぎがとりわけ好きなわけでもかったはずだし、もともと食い物の味にうるさいわけでもなかったと思う。幼少だった戦後の苦労時代の食い物の苦労や生きるための苦労が頭にこびりついているから 上級なものにあり着きたいという貪欲な根性が激しく体の中を流れているので 味がわかるよりも 人並み以上に食いはぐれたくない意識がある。それを克服していつかは稼いでやろうという強い意識があって、その上での 京都の人の格式とブランドとプライド、評判と値段と見栄などが合体して いかにも京都の人らしくモノ選びをする。そこに満足があって達成された幸せを築いて来たのだろう
だから、こんな環境で「うなぎが食いたい」と言い出したとーさんの気持ちには 人生の苦心を乗り越えてきた上での栄冠をもう一度味わおうという感覚が滲み出ていると感じる。
江戸前の鰻は やはり関西好みの味では無いはずだし、京都人などは鰻なんてものよりも もっとおいしくて安いものが好きなはずだけど ある意味で鰻が高級感を持っているので 心をその点で満たしている
京都流の美味しい料理というのが頭にこびりついていて、それは守らなければ (京都人のプライドを破棄してしまうことになりかねず)よそモンに成り下がるような意識が奥深く潜在的にあるのだろう
自分たちの本質から(京都)文化を生み出したのではなく 外部からの人々が融合して侵略し合って 騙し合って、見栄を張りあって築き上げた(京都という)土地に息づいた訳で、そこで人間が生きる手法のようなものがあるのだ
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「そんなもんを食べさしたら 冥途への招待の晩餐になってしまう」と感じてしまうことは誰にも言えない。その考えは 間違っているかもしれないから、ボクの『悪言・毒舌』で留めておかねばならない
しかしながら、鰻を食べている姿は 可哀想で よー見ておらんから、(椅子もないけど)無理に同室で同席して一緒に食べると言い出せずに、ボクは部屋に帰って一人でいただきました
『ごちそうさま』と電話をして とーさんも『満足に』食べられたと 報告を聞いて やはり いっそう 悲しさが募るのだった
京都でのつぶやき
🐝 紐のなか三人寄れば汽車ぽっぽ
#ぽっぽの意味を知っとるか
🐝 大堰川暴れて待つ葵祭
🐝 新緑の嵯峨野を濡らす本降り
🐝 十五日うっかりしてた葵祭
🐝 たんぽぽや 恋の花咲くぽっぽっぽ
🐝 雨降り出しとりました昼過ぎから(京都)
🐝 たんぽぽがふわふわ嵐電コトコト